見出し画像

あと10分ぐらい風船が飛んでいるので。

これを投稿しているのは、23時50分ぐらいで。見ている方の大半がもう過ぎた後だと思うので、誕生日でした(過去形)という表現で。

ちなみに、ツイクスト仮面のマネージャーで日本ツイクスト協会副会長のねくろん氏も誕生日が同じなので、勝手に魂の双子と呼んでます(※年は違いますが)

ちょこちょこと北海道に帰省とかつぶやいてますが、実際今の実家や親戚まわりはみんな北海道在住で、自分も出生地自体は北海道ですけど、当時両親が茨城県で仕事していたので、物心ついたときには茨城に住んでました。なので出身は茨城県な人間です(なので、お気に入りのJリーグチームは鹿島アントラーズです)。ただ北海道には幼少期からよく行っていて。夏休みまるまる1カ月親戚の家にいたとかはわりとありました。北海道は地元とは言えないながらも、愛着のある場所であることには変わりないです。

ゲームは小さいころから好きでした。自分の記憶にあるのは、ゲームウォッチの「マンホール」で、999を出して一周するというのは3回ぐらいやったとか、当時おもちゃ屋にあったゲーム機でいろいろと遊んでいたとか(記憶にある古いものだと「ジャンプバグ」とか「ロックンロープ」のような気がする…。メジャーなものだと「スーパーチャイニーズ」とか「クレイジークライマー」とか。「ハイパーオリンピック」の定規を使う(使ってはいけない)というのもわかる世代)

歳を重ねてもゲーム好きというのがかわらないなかで、読んでいたゲーム雑誌に「編集アシスタント募集」という告知があって「時給●●円」って書いてあったので、時給だったらアルバイトで誰でもできる仕事内容ぐらいのつもりで応募して入ってみたら、いわゆるスタッフライティングだったので、自ら誌面レイアウトもある程度考えて(いわゆるラフをきる)、原稿も書くというお仕事だったと。そんな感じで、記事を書くというお仕事をはじめました。当時「ときめきメモリアル」の人気が全盛から少し落ち着くぐらいの時期で(わかる人には、藤崎詩織が「教えてMr.Sky」でデビューしたぐらいのころ)、自分もはまっていたので、それに関する記事を多く手掛けてました。「ときめきアイドル」について書いたのは、そういうのも影響してます。

それから書籍出版の会社でゲームの攻略本や関連書籍を作ったり、フリーライターという名のほぼ無職だったりしつつ、ネットメディアで記事を書くお仕事を始めたのは、15、6年ぐらい前かな…。とある所を経て、今のところでゲーム専門メディアを担当して、10年ぐらい前に今のサイトに移って、それから今に続いている感じです。

本当にいろんなことがありました。力不足を感じるようなことは数えきれないですし、ありえないような理不尽な出来事もあれこれありましたし。

そもそもゲーム関連のメディアなどを中心にしてきた人間なので、ビジネス色が強いメディアに在籍していることもそうですし、それが続けられていること自体が想像できなかったですし、ビジネス系の記事を書くなんて思ってもなかったですから。それでいて、そのなかでゲームやエンタメ関連の記事が続けられるとも思ってなかったですし。細々と、ではありますけど。

このnoteはTwitterでのみ告知しているので(偶然noteの検索でいらっしゃる方もいるかもですが)、そこで知る方だとやはり「アイドルマスター」と「ラブライブ!」シリーズになると思うのですけど、それらについても、このサイトで書くことも、それが今に至るまで続いていることも、そしてゲームだけではなく、ライブイベントの記事も書くとは思ってなかったですし、今やどちらかというとライブイベントのほうを書いているぐらいで。もちろん自分が書きたい気持ちがあるから書いているのですけど、そう思うだけでは続けられるわけではないなかでも続けられているので。

そもそもアイマスはロケテからプレイしていることはたびたび言ってますが、17年続くともブランドが増えてアイドルが300人以上になるのも想像できない世界で。記事を本格的に書き始めたのはPSP「アイドルマスターSP」の情報展開が始まってからですけど、そもそもいちプレーヤーだったところから記事を書く立場になると思ってなかったし、それが15年近く続くなんて思ってもみなかったですし。

ラブライブ!も、興味を持ったのはμ's時代の最初のテレビアニメが始まる半年ぐらい前(「Wonderful Rush」が出たころ)で、ここまでシリーズが増えて続いていくことは想像していなかったすし。最初に「スクフェス」(ラブライブ!スクールアイドルフェスティバル」の記事を書いてから、もう10年近くたちますけど、スクフェスの記事は書き続けてもライブはまったく想像してなかったし、そもそもμ's5thライブの1回だけのつもりだったのに(これは本当)、気がついたら…という感じで。
 

去年か一昨年か忘れましたけど、社内の研修で「モチベーションを上げる方法」という話題があったときに、自分は過去の記事の反応を見ることと答えたんですね。ここでいう記事は、いわゆる“いつも通り”と言ってる、特定のキャラクターにスポットを当てたゲームのインプレッション記事だったり、前述したアイマスやラブライブ!のライブイベント(いわゆる余談がある)記事のことです。大半が自分に向けられたコメントがTwitterに並んでいて。ありがたいことにポジティブなコメントが並んでいるので、あれを見て書いたときのことを思い出しつつ、記事を見てくれている方がいると思うようにしています。

ちなみに、覚えている方も少数ですが、こうしたひとりにスポットを当てた記事をやり始めるようになったのは「ドリームクラブ」がきっかけです。ゲームメディア時代はむしろ「ドリームクラブ」のほうが知られていたぐらいでしたし、このタイトルと、ホストガールの雪(せつ)がいなければ、今に続くゲームやライブでの自分らしいと思える記事も、今の自分もなかったというぐらいです。

今のサイトではそのような記事を書くのは難しいと思っていたのですけど、「ミリオンライブ!」(ソーシャルゲームのほうの)が、あのタイミングでサービスを開始してくれたのもあってできたこともそうですし、それが軌道にのったのは、アニメで人気が高まったところでできた「スクフェス」のおかげでもあって。そのめぐりあわせには今でも感謝しています。

周囲にはすごい方も多いですし、お世辞に著名なジャーナリストや記者でもなければゲームエンタメ系のサイトではないので、なかなかなじみが無かったりしますし。またウェブでの記事は、かけた労力に対して、全然読まれないとかもしょっちゅうある世界でもあります。自分に自信を持てるタイプでもないのですが、ただ、どんなときでも「見てくれている方がいる」ということは信じている、というのはあります。どうしても目の前の数字に左右されがちだし、実感できることもそうそうなかったり、実感できたのが3年も5年も先だった、ということもあるのですけど。でも、その気持ちを切らさなかったことが今にも繋がっているようにも思います。

いろんなめぐり合わせもありつつ、今もこうしてビジネス系からゲームやエンタメ、コンテンツ系ライブ記事を書くことができているのは、ありがたいことだと改めて感じています。

もちろんお仕事するうえでは、いろんな方々がいてこそ成り立っています。記事はひとりで作っていると錯覚しがちなところもあるのですけど、社内に目を向ければ編集部の方々だけではなく、サイトを安定運用している技術スタッフの方々もそうですし総務経理関係の方もそうですし。社外を見ても、いろいろなサービスやコンテンツを生み出して運営している方がいてこそ記事としてできるというところもあります。もちろん記事を見てくださる方もそうですし、Twitterでフォローしていただいている方も1600人いらっしゃていて、今だと多くないと感じられるかもですけど、自分からしたらすごくたくさんと感じていて。周囲の方も挙げるとキリがないのですけど感謝していることをお伝えしたく。

ちなみに節目となるような年齢でもなければ、何かあったとかはないです。ただ、ご時世として目まぐるしく動いているうえ、数年後がどうなっているかわらかないというのが、目の前の現実として起きているので。年齢も相応になってきているので、語れるときに語りつつ、感謝を言葉にするのも大事かなと思ったので書いた、というところです。思いついてバーッって書いたので、ただただ長文になってしまってすいません。

これからもビジネス系は役に立つとか、ゲームやエンタメ系では自分らしい記事で楽しんでいただけたら、それを書きづけられたらいいなと思います。今後ともどうぞよろしくお願いします。