見出し画像

なんだか迷子

西野亮廣さんがなんかのインタビューで、「会話のコツは相手にゴールを決めさせること」というようなことを言っていた。なるほど。と思った。


自分の話になるけど、昔の自分は、相手が理解してくれないと「なんでわかってくれないんだ」とか「馬鹿じゃないの?」って思ってた。
でもある仕事がきっかけで「理解を求めて説明を自分がしている以上、理解してもらえなかったら自分が悪い」と自省するようになって、それでも未だに自分が話したいように話す癖が強い。

それとは逆に、僕のお気に入りの劇場のiさんは、僕が「個人的主観でいいので、おすすめの映画を教えてほしい」と雑に聞いても、映画で何が好き?とかこの映画は見た?とか状態を聞きながら、響くようにおすすめしてくれるので、尊敬するしすごく好き。逆に、例えばレストランで、おすすめは?と聞いて「全てがおすすめです」と答えるのは最悪だと思ってるし、自分のポリシーとしてそういうことはしないと決めてる。話がめっちゃそれた。

西野さんが言うように、相手にゴールを決めさせる事は、言うは易しで、自分の早くゴールを決めたい欲求を抑えながら、相手の状態を観察しながら話をよく聞いて、タイミングよく確実に自分のゴールも決める、というものすごく頭とエネルギーを使う事だと思う。

ひるがえって、noteの方向性が迷ってきた。一応は自己紹介的に、とかテーマをごまかしながら、頭の思考をまとめるトレーニングだし、と言い訳して毎日書いてきたけど、noteっていう場で公開しながら書いている以上、見てくれている人に何かを与える意図がないと意味ないのかなぁって思ったり。何より、最近チャレンジになってないし、ワクワクしてない!

そもそもは現在の文章、思考能力からすると、毎日書く事はキャパオーバーで、タスク量が過大であるためにPDCA回せなくなってるのが原因かな。
noteに慣れるっていう第一段階の目的は一定の成果があったとして、二日間お休みして、リスタートします。

フォローしてる方の記事見てると、最近だ
と「分人」って考え方を整理した記事がすごく面白くて本を読んで見ようと思った。


https://note.mu/oyasumi_jiro/n/nbe4873f1416f


そんな風に、読んでる人に偶然性の出会いを与えてくれるのにしたいなぁとか、そうするにはnoteの場をちゃんと理解して、どういう人達がnoteを利用しているのかちゃんとイメージしながら書かなきゃなぁとか、気にしすぎて寄せすぎるのも違うよなぁとかぐるぐるぐるぐる。

ちなみに、トップ画はipadの過去ファイル見ていたら自分で描いた漫画がでてきたもの。
彼の名前はチュー太君。過去の自分は漫画家になりたかった訳ではない。
当事pokerにどハマりしていて、poker ブログを立ち上げるために書いた。どうしても理論的な言葉は難しくなるので漫画で柔らかく、かつ毎日簡単に書けるコンテンツとして考えたものと思われる。結果立ち上げてはいない。落書きを描くの意外と好きだったんだなぁって思い出した。
過去の記録は意外な欲求と思考の再発見になっていいから、noteをそのためだけの場所に割り切ってもいいけど‥うーん。

4コマも書いてて、過去の自分何やってんだ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?