満員電車に1ぴきの虫

人間100匹が運ばれる満員電車に虫が迷い込んできた。人間100匹は虫1匹に騒然とした。不快そうな顔をしたり、すこし叫んだり、屈んだり、素早く身を横に庇って避けたりした。

ライブ会場の一体感。グルーヴを感じる。虫の飛び方にあわせて電車内が波打つ。不規則なリズムで波打つ。虫の動きにあわせてざわめきが揺らぐ。スマホから目を離して皆で必死に虫の行方を追う。決して見逃さない!

わたしはというと、人間100匹のことを観ながらとてもバカだなあ、とこれを書いていた。アイツが飛んできたって私は動じないし、しゃがんだりしないぞ!と強気でいた。しかし、それも一瞬のことだった。アイツがこっちめがけて飛んできた瞬間、耐えきれずしゃがんでしまった。わたしも人間100匹の中の1匹だった。

だがしかし、眼鏡をかけたおじさんが「あそこですよね…」と呟きながらおもむろにハンカチを取り出した。一度ハンカチでアイツを壁に叩きつける。すこし抵抗をうける。もう一度ハンカチで抑え込む。いった。いけた。いけました。ご覧ください、あのおじさんがハンカチでアイツを捕まえたのです。ここは拍手が起きる!起きる!起きるぞ…………!




しかし、人間100匹はまた何事もなかったかのようにスマホの中の世界に戻っていった。


さっきのあのグルーヴ感は……………一体感は………………俺たちは仲間じゃなかったのか………………………………………仲間じゃあなかったんだよな…………そうだよな……………………………………


おじさんは(いやイケオジと呼ぼう)イケオジは、虫を掴んだハンカチを細いビジネスバックの中につっこんだ。周囲の反応を気にする素振りもなく、ただただ満足げな表情をしていた。




ありがとう、イケオジ。あいしてる、イケオジ。俺もそういう人間になりたいよ、イケオジ。イケオジに幸あらんことを。

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