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茶色く、甘く、苦い。

アヤは好きな人、誰?

いる?いない?の前提をすっ飛ばした、いたく残酷な質問だ。
放課後の教室、小学五年生の女子トーク。誰の成績がいいだの、彼がリレーの最終走者だの、やれが消しゴム貸してくれただの、そうしてハルト君が好きなの…だの、私はマスダくん…だの話したいメンバーが一通りキャッキャしたのち。
その質問はふってきた。特に話すこともないアヤの元へと。

ノリからして、ここまで聞いといて「えー、いないよー」は許されない。私たちだって言ったじゃ〜ん!攻撃がくる。ゆうて聞いてないけど。
今まで出た名前をかぶせることも許されない。話がややこしくなる。あとはササダ、ヤマグチ、カナムラあたりもだめだ。確かナナコグループの方でなんか話に出てたはず。言い方はアレだが、趣味を疑われたり揶揄されたくないのであの辺の奴らも却下…ぐるぐる考えること2秒間。

「えっっっと、自信ないけど、ナカヤ君とか、気になる…かも…でもわかんないな!」

無難に返せた筈だ。ナカヤを好きな人は今はいなかった筈。でもあいつはドッジは強い。そんで、恋愛沙汰気にしない人種だろうから色々と大丈夫だろう。曖昧に言ったし私のことなんてメインメンバーは(聞いといて)興味ないだろうしそんなに噂にもならないだろう。そう思っていた。その筈だった。その日がバレンタインで、その場が女子のお菓子交換会でなければ。


ところで、アヤの家にはオーブンなる文明の利器はなかった。理由は特にない。母親が必要としていなかっただけだ。であるからして、クッキーやらカップケーキやらを焼くことはできない。しかし、五年生にもなってチョコ溶かして固めるだけで済ますのか?友人は特に多くを気にはしないだろうが、アヤは自分が情けなくなった。もう少し作った感を出したい、どうしたらいいか。一番身近な料理人の母は力強く、得意な菓子を教えてやろう、材料も買ってやる、前日に一緒に頑張ろうと約束してくれた。アヤは母を信頼した。オーブンを必要としない母を。

「いちご大福つくるよ!」
「」

その時のアヤの心持ちをなんと表現したものか。言葉にできないとはこのことか、と呆然とした。嬉しくて嬉しくて?まさか。悲しい訳でもない。理解が追いつかない。バレンタインの友チョコ会にいちご大福を持っていく小学生がいるか。それでも母は嬉しそうに手際よく準備を進めている。恥ずかしい、なんて乙女心は通用しない。間違いなく。全てを諦めネタキャラに徹するのだと、クオリティだけを追求してアヤはいちご大福職人となった。求肥作成後のボールの後始末の大変さに泣いた。ツヤッツヤのいちご大福は、予定人数の個数をはるかに超えて出来上がった。バレンタイン当日、荷物も心も重かった。

そうして迎えた放課後の友チョコ会の開始時、アヤは一番最初に自分の包みをあけた。もじもじしたら負けなのだ。あくまで笑えるネタ職人として振る舞わねばならぬ。勢い、大事。出オチもまたオチ。そうしてどうにか笑い話にして済ませたところに冒頭の質問からのナカヤ君指名である。そろそろ解放されたい。ひーちゃんのくれた美味しい市松クッキーを堪能したい。

回答を聞いた皆は、礼儀としてキャ〜!!と黄色い声をあげる。

「アヤのそういう話しに初めて聞いたー!」
私も初めて言ったぁ〜。
「わかんないって何!何なの!キャワじゃん!」
ありがたき幸せよ。わからんのはわからんのよ。
「ナカヤ無口だけど、真面目だよね!」
そうなのか。覚えとくわ。多分。

しばし続く論評をぶった斬るべく、アヤは矛先をズラすことにした。
「いや〜、でもやっぱよくわかんないな〜。ユイやハルカみたいに言い切れるのが羨ましいしカッコいいよね!!で、お二人はチョコ渡したんすか結局!!」

矛先を向けられた2人はポッと頬をそめる。可愛いやん。そのまま語ろうぜ。

「実はね…朝、渡して…付き合ってくれるって!!!」

ユイの投下した燃料に場は沸きに沸いた。さっきのアヤに対するキャ〜の、当社比十四倍。導火線を敷いたアヤも大満足のフィーバー。よしよしそのまま…

「だからね…アヤも大丈夫だよ!」

な に が だ
まて、これはそのまま惚気に移行する流れだったろ?そうだろハニィ。

「アヤも渡そうよ!ナカヤ君多分まだいるよ!」
「」

私の装備いちご大福ですけど?またそれ蒸し返さなきゃ駄目?

絶句しているアヤにかわって、ひーちゃんが優しくフォローした。
「流石にいきなりすぎるっしょ〜、アヤだって本命には本命の渡したいだろうし。」
ひーちゃんはどこまでも優しい。アヤは泣きそうになった。色んな意味で。

「でもでもさ、友チョコの余りがって言えば反応見れるかもよ〜?」
「ナカヤぜっったい気づかないもんね。先にちょっとでも意識さしといたほうがいいって!」

「やめよう、ぜったい、かわいそうが、すぎる」

アヤは必死で言い募った。チョコを期待する純粋な男子に、意図不明のいちご大福。ゼロの方がネタにしやすいだけまだマシだろう。

「じゃあさ、まだ結構数残ってるし、今いる男子に大福配ろうよ!そんで、ナカヤは二個にすんの!」
「」

昨日から何度絶句すればいいのか。ちょっと意味がわからない。仲間内だけでもなく男子からも笑いものとなるのか。


色々あった結果としては、残ってサッカーしていた男子にいちご大福は存外高評価だった。笑われたのは致し方ない。ただ、よき施しとして受け入れては貰えた。アヤは普段の自分の立ち位置に心から感謝した。
いちご大福を何故か食べろ食べろと押し付けられたナカヤは、普通の顔で食べていた。うまいもまずいも特に言わず、感想は「おー。」のみだったためハルカが何故かプスプス怒っていたが、アヤの中でナカヤの評価はかなりあがった。だからといって惚れた腫れたは別にない。言い続けたら本当になったりしてなぁ、と薄ぼんやりと思ったがそれだけの話しである。適当言うもんじゃないよ、と帰り道にひーちゃんはアヤにやんわり釘を刺した。ぐうの音もでないとはこのことである。


バレンタインが近づくと思いだされる、フィクション、あくまでもフィクションのおはなしである。フィクションですよ。


ここまでお読みいただきありがとうございました。