執念の巻
ない。ない。どこに行ってもない。
もう何軒巡ったかわからない。
僕が求めている巻はそんなに珍しいものではなかった。
そう、昨日までは。
そして明日からもまた、普遍だろう。
今日なのだ。今日必要なのだ。
ない。ない。
僕が血眼になって探しているのはそう
「恵方巻き」だ。
「恵方巻」か「恵方巻き」どちらかわからなくなるあの、恵方巻きだ。たぶん恵方巻きが優勢だろう。
ない、ない、恵方巻きない。
ない、ない、恵方巻きない。
心でそう言いながら自転車を漕いでいるとだんだんリズミカルになってきた。
ない、ない、恵方巻きない。
ない、ない、恵方巻きない。
1回目のないで右ペダルを踏み、2回目のないで左ペダルを踏み込む。恵方巻きない。の部分はショックが大きいから休憩だ。楽譜で言えば休符だ。
2軒のスーパーと3軒のコンビニを巡った後がこの曲のクライマックスだ。サビといったところだろうか。
ない、ない、恵方巻きない。
ない、ない、恵方巻きない。
家に帰ってきてしまった。
結局僕の目は南南東を見ることはできなかったのだ。肩を落とし、リビングの明かりをつけたと同時に!
僕の頭の中で歓声が聞こえた。
「ない、ない、恵方巻きない。」の曲終わりのスタンディングオベーションだ。
涙が一粒溢れる。
その涙が宙に浮きキラキラと輝き始めた。
そして、僕に向かっていうのだ。
「ないなら、作ればいいじゃない。」
「あるものが正解じゃないのよ。」
僕はハッとした。
ハッとしてその涙の粒を食べた。
パクっゴクっ!うぉーーーー!!!!!
気付いたらスーパーに向かって走り出していた。歌いすぎて水分不足だったのかもしれない。
ないものに目を奪われ、あるものに目が向かなかったのだ。
僕は走った。スーパーを巡った。
そしてうちについた僕は巻いた。
何度も何度も巻いた。
南南東を濁りのない瞳で見つめ
無音のワルツを奏でた。
これが、僕の節分だ。
来年はどんな巻きに出会えるのだろうか。
そんな好奇心に蓋をする様に
午前中にはスーパーに出向くことにしようと心に誓った。
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