[Bookmark] 国債を売り買いしている投資家とは

“超大型空母”は日銀
2014年5月9日(金)
久保田 博幸
 「艦隊これくしょん ‐艦これ‐(以下、艦これ)」と呼ばれるオンラインゲームが大人気だそうである。「艦これ」は旧日本海軍の艦船を少女キャラに擬人化し、この艦船を集めて艦隊を組み、強化しながら謎の敵と戦うというものである。
 現在ブームとなっている「艦これ」にあやかって、「国債投資家コレクション」というものを考えてみた。国債を中心とした債券市場については、金融市場関係者でも金利に関わる人を除いて、詳しく知らない方も多いのではなかろうか。そこで国債市場のことを少しでも理解していただくため、国債を売り買いしている投資家を艦船に見なして解説してみたいと思う。
財務省とプライマリー・ディーラー

 国債を市場に供給しているのが日本の財務省であり、超巨大な補給艦といえる。年間の国債の供給額は2014年度で181兆円もある。ただし、このなかには過去に出したもので、それをいったん回収(償還)して再度発行されるもの(借換債)が含まれている。181兆円のなかで完全に新規に発行されるものは新規国債(建設国債と赤字国債)と呼ばれ、その発行額は2014年度で41兆円程度となっている。
 この財務省という補給艦から、入札を通じて国債を受け取るのが、業者やディーラーと呼ばれる証券会社などである。その中心となっているのが、日本版のプライマリー・ディーラーと呼ばれる国債市場特別参加社で、現在証券会社や銀行など23社ある。
 プライマリー・ディーラー制度とは、米国の中央銀行であるFRBが公開市場操作を行うときに、ニューヨーク連銀との間で、政府証券を直接取り引きすることができる証券会社などのことを示す。日本版のプライマリー・ディーラー制度は、指定を受けた証券会社や銀行に対し、一定の規模の国債の入札や落札、市場の状況等の報告が義務付けられる代わりに、一定の優遇措置が認められる制度である。
 このプライマリー・ディーラーが国債市場ではいわば戦艦級となろう。このなかには野村證券やSMBC日興証券、大和証券などの国内の大手証券会社に加え、三菱UFJモルガン・スタンレー証券やみずほ証券などの銀行系証券、さらにメリルリンチ日本証券やゴールドマン・サックスなどの外資系証券がある。
 また、三菱東京UFJ銀行やみずほ銀行といったメガバンクも加わっている。ただし、国債の入札に参加できるのは、これらプライマリー・ディーラーだけではない。都銀・地銀・外銀・信託銀行・信金・生保・損保・証券など250社が国債の入札に参加している。「艦これ」でいえば重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦、潜水艦など多数存在している。
日本国債を買っている投資家と日銀

 これらの業者・ディーラーと呼ばれる証券会社などと直接取り引きを行うことの多い巨大な投資家が存在する。国債市場にとっては空母のようなもので、その存在感は大きい。これらの投資家の多くは直接国債入札も可能であるが、巨額の国債を売買する際には、ディーラーと取り引きを行っている。
 この巨大投資家としてはメガバンクの存在が極めて大きい。メガバンクは資金の運用者でありながらディーラーでもあるという、戦艦でもあり空母でもあるという特殊な存在である。さらに国債の保有額も極めて大きい。このメガバンクを中心とした都銀・地銀など国内銀行の国債保有残高は102兆円程度ある。ただし、このメガバンクは2013年4月の日銀による量的・質的緩和政策決定以降は国債残高を大きく減少させており、その存在感は後退しつつある。
 上記のメガバンクの国債残高の数字は日銀の資金循環統計から集計したものであるが、昨年末現在の国債残高は全体で827兆円(短期債を除く)となっている。その日銀の資金循環統計を元にした部門別の国債残高をみると、国内銀行よりも大きなところが存在している。そのひとつが「中小企業金融機関等」である。
 「中小企業金融機関等」とは信用金庫や信用組合などであるが、ここには巨大な正規空母ともいえる「ゆうちょ銀行」が含まれている。昨年末での中小企業金融機関等の国債残高は約162兆円もあるが、このうち、ゆうちょ銀行の国債保有残高は約132兆円程度ある(ゆうちょ銀行の決算補足説明より)。
 より期間の長い国債を大量に保有しているところとしては、民間生命保険会社があり、約150兆円程度の国債を保有している。日本生命やかんぽ生命など、こちらも国債市場にとり大型空母群といえる。
巨大空母、GPIF

 そして現在その運用が注目され、国債主体の運用の見直しを迫られている巨大空母が存在する。我々の年金積立金を管理運用している年金積立金管理運用独立行政法人、GPIFである。公的年金の国債残高は約69兆円もある。今後のGPIFの運用見直しの動向次第では、国債市場にも少なからぬ影響が出る可能性がある。
 これらの投資家よりも、ここにきてその存在感を増しているのが日本銀行である。昨年4月の量的・質的緩和、いわゆる異次元緩和により、長期国債の保有残高が年間50兆円に相当するペースで増加するよう買い入れを行うことになった。昨年末の時点では日銀は144兆円規模の国債を保有しており、すでに生保全体に近い国債を保有している超大型空母といえる。しかも、現在の日銀の国債買い入れペースは計算上、毎月の国債発行額の7割を買い入れることになる。
 現在の国債市場にあって日銀は旗艦的な存在となっており、日銀による大量の国債買い入れにより、ほかの艦船の動きにも影響を与えてしまい、国債市場の機能低下という現象も生んでしまった。ほかの艦船の戦力が相対的に後退し、それが特に顕著にあらわれたのが、メガバンクによる国債残高の減少といえる。今後の国債市場はこの日銀の動向に、より大きく左右されるであろうことは確かである。

2013年末現在の国債の主な投資家別残高(短期債除く)単位:億円
中小企業金融機関等
1,622,991
民間生命保険
1,495,698
中央銀行
1,436,162
国内銀行
1,018,688
公的年金
685,603
共済保険
340,907
海外
325,652
企業年金
276,774
ディーラー・ブローカー
259,464
農林水産金融機関
225,553
出所:日銀の資金循環統計データより集計
10年債の取り引きゼロの日の意味

 個別の空母や戦艦の撃ち合いは確認することはできない。国債の取り引きは投資家と業者が相対で電話やネットを通じて行われ、その内容は通常、外に漏れることはない。しかし、その個別の戦いがどのようなものとなっているのかを知らなければ、他の艦隊が行動できない。そこで、国債市場の哨戒機やレーダーとなるものが存在する。そのひとつが日本相互証券における現物債(本券のことであるが現在の国債はペーパーレス発行となっており券面は存在しない)の売買である。
 4月14日の債券市場で、珍しい現象が起きた。それは新聞記事となり、15日の日経新聞では「10年物国債市場 市場取り引きゼロ」とのタイトルで記事が掲載された。この場合の「市場取り引きゼロ」というのは、現物債の業者間での売買を集中して行っている日本相互証券での取り引きを指している。業者と呼ばれる証券会社などは自己のポジションを調整するために業者間での売買の場を設けた。それが日本相互証券である。
 BBとも呼ばれているがこれはブローカーズブローカーの略称である。同様の会社はほかにもあるが、業者間での取り引きは日本相互証券がかなりの割合を占めており、会員業者は専用のBB端末を持ち、日本相互証券での国債の売買でつけた利回りを参考にして、店頭での売買を行っている。つまり戦艦が空母と撃ち合った結果、戦艦の弾薬の補給等を行う場が、日本相互証券という場となる。日本相互証券の端末画面では、戦艦同士が戦っている場面を見ることができる。ここでついた現物債の値段(利回り)が市場のベンチマークとなっているのである。
 2014年4月14日に、その日本相互証券で新発の10年利付国債(その時点では4月1日に入札された333回債)の売買がゼロであった。通常であれば少なくとも数百億円程度の売買は日本相互証券であるものの、それがゼロというのは極めて珍しい。この要因としては日銀という超弩級の空母が乗り入れてきたことによる影響もあるが、ほとんど戦闘らしい戦闘がなかった最中にたまたま起きてしまったものであった。
海外投資家のシェアが高い長期国債先物取り引き

 国債の市場の動向を見る上では、日本相互証券の売買とともに、大阪取引所に上場している長期国債先物の動向も参考になる。債券先物と呼ばれるいわゆるデリバティブの一種であるが、現物債の取り引きのヘッジなどにも使われる。ここでは戦艦をはじめとした重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦、潜水艦などが多数参戦しており、取り引き時間中は日経平均先物やドル円などと同様に常に動きがあり、国債市場の動向はこちらでつかむことができる。
 国債の投資家別の残存額からみると、その96%を国内の機関投資家が保有している。保有額だけで見ると、国内の業者や投資家が持ち合っている格好であるが、その国債のデリバティブの売買高を見ると、また違った側面が見えてくる。
 長期国債先物の取り引きについては、証券会社が約40%、銀行が約15%、そして海外投資家が約44%の売買シェアを占めている(2013年の東証の投資部門別国債先物取り引き状況より)。つまりヘッジファンドなどの海外投資家の売買シェアが高い。国債の現物を持つのはほとんど日の丸を掲げた艦船であるが、長期国債先物については海外からの艦船が高速艦(HFT)を含めて撃ち合いを行っている。
 HFTとはハイ・フリークエンシー・トレーディングのことであり、コンピュータ・システムを使って価格や注文情報を「いち早く」取り引きに生かせる。マイクロ秒単位のようなわずかな時間差を利用して人間が行っている売買の隙を捉えて、細かく稼ぐものだ。それが積み上がって利益を得ていたとされ、フロントランニング(仲介業者が顧客の注文の前に自分の注文を先に出す行為)が行われていたのではないかとの指摘があり、最近問題視されている。
 取引所はHFTがかなりの売買高の割合を占めてきたことで、積極的に売買システムを更新し、HFTを引き込もうとしていた。東証の売買代金に占める割合は今年1~3月の1日平均で4割超に達しているとされる。ただし、これは主に株式市場が中心であり、長期国債先物についてはそれほど多くはないようである。しかし、今後、何かしらのきっかけで債券相場が大きく動いた際に、HFTが債券先物の動きを加速させて、市場を乱高下させることも考えられることで注意が必要となろう。

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