神葬回天クトゥルフィカ_第一章

崩れゆく肉体、失われる心、それでも守りたい何かのために

 本書はテーブルトークロールプレイングゲーム(以下、TRPG)のルールブックとなります。
TRPGとは、ゲームの進行役となるゲームマスター(以下GM)と複数のプレイヤー(以下PL)が扮するキャラクター(以下PC)で、
サイコロと筆記用具、それから少々のおしゃべりを用いてコミュニケーションを取りながら物語を作る遊びです。

 PLはPCを作成し、登場人物であるPCの言動を描写したり、時には演じたりしながらゲームをプレイします。
GMはセッションを準備し、PLに状況を説明したり、PC以外の登場人物(以下NPC)の言動を描写したりしながら、ゲームの進行を管理します。

1.クトゥルフィカの世界

 『神葬回天クトゥルフィカ』の舞台は、表向きは私たちの住む世界とよく似た世界です。戦争があり、病があり、犯罪もあるけれど、小さな幸せもない訳ではない。

 人々は今ある世界がもっと良くなればいいと思ってはいるけれど、それでも概ね日常に満足しています。

 しかしながら、超常の力により、この世界には既に決定的な罅が入ってしまっていることをPCは知っています。遺伝子を変質させて持ち主の身も心も崩壊させることと引き換えに、物理法則を超えた強大無比な超能力を人間に与える力がこの世界にはあるからです。

 嵐を巻き起こし、炎や雷を生み出し、時空すらも捻じ曲げ現実を改変する力を齎したのは、今日では異界の素粒子と呼ばれるコラプスです。

 二十世紀の終わりに、コラプスは宇宙から地球上に大量に降り注ぎました。コラプスは感染性を持つ素粒子であり、コラプスで構成されていない物質を物理法則の拘束が緩い、言い換えるならば固有の世界法則に従うコラプス物質に変質させてしまう力を持っています。

 このコラプス物質化した遺伝子の持ち主は、例外なく自身の肉体を含む周囲の物質をコラプス物質に一時変換、自由に操ることで超能力を使う素養があります。そしてコラプスによって超能力を得た人間のことを、バースターと呼びます。

 しかし、コラプスは人類に禍福を齎す恐るべき諸刃の剣でした。ある程度以上の質量をもつコラプス物質は通常の物理法則下では崩壊を起こすため、バースターは力を使えば使うほど肉体や精神が崩壊していきます。

 そして決定的に大切な何かが崩壊したとき、バースターはコラプス物質に突き動かされる歩く屍、コラプサーに変貌してしまうのです。

 『神葬回天クトゥルフィカ』のプレイヤーは全員がバースターです。強大な力に突き動かされるコラプサーは、その力が一切制御されていないゆえに強力であり、自らはおろか世界すら崩壊させ続ける災厄です。

 残念ながら、コラプサーの暴走を食い止めることができるのは、コラプス物質を通常の物質に戻すことができるバースターしか存在しないのです……同じように、コラプス物質の力を使うことになるのですが。

1.1.GMの決定権

 『神葬回天クトゥルフィカ』の一度のゲームプレイのことをセッションと呼びます。GMは、セッションにおける全ての判断権限を持つ存在です。
セッション中、ゲーム上の判断を最終的に下すのはGMであり、PLはGMの判断に従ってください。
ルールブックに書いてある内容とGMの判断が矛盾する、或いはルールブックに判断基準がない場合でもGMの判断が優先されます。
このGMの決定権に関するルールは、『神葬回天クトゥルフィカ』の全てのルールに優先されます。

1.2.用意するもの

 『神葬回天クトゥルフィカ』を遊ぶには、以下の道具が必要となります。

・十面ダイス:10個から20個程。『神葬回天クトゥルフィカ』において、十面ダイスの「0」の目は「10」として扱います。

・ルールブック:このテキストです。

・キャラクターシート:別途参照のこと。キャラクターシートを紙で印刷しているならば、鉛筆などで書いたり消したりする必要があります。

1.3.アセット

 『神葬回天クトゥルフィカ』において、PC等のキャラクターデータはアセットと能力値、技能値からなります。ここで、アセットとはエフェクトやアイテム、魔術等ゲーム上意味のある個々のデータを指します。

1.4.フレーバーテキスト

 何らかのデータにおいて、◆の後に記述された文章はフレーバーテキストです。これは演出やロールプレイの参考にするためのデータ的な意味を持たないテキストになります。

1.5.組織説明

 以下、『神葬回天クトゥルフィカ』における代表的な組織について紹介します。どの組織に所属していたとしてもPCになることができますが、「コミュニケーションを取りながら物語を作る遊び」ができるように、ある程度の協調性を持たせてください。

1.5.1.アーカム・アルカナム・アルカディア(以下AAA)
 AAAは魔術師やバースター達が作り上げた秘密結社です。その最終目的は「バースターと人類が共存共栄する」ことですが、バースターの存在を社会に公表する段階には至っていません。

 現在は崩壊が始まりバースターになってしまったものを保護し、バースターの社会生活を支援しています。世界各地に支部を持っていますが、総本部はアメリカに存在し、十二人の評議委員が民主的に行動を決定しています。

 AAAには魔術師とバースターが所属しています。魔術とは周囲のコラプス物質を操作する技術のことを指し、魔術師は魔術の使い手を指します。

 つまり、魔術師はバースターとは違ってただの人間でもなることができます。こういった魔術師は肉体的に脆弱なことが多く、前線に出ることは殆どありません。

 AAAの組織構造は、全体としては箒型です。国家を抑える総支部の下に県や街を抑える支部が存在します。それらの支部に所属する各部隊を束ねる班長がAAAエージェントであり、一人のエージェントは数から十数人のAAAチルドレンおよびAAAイリーガルを率いています。

 AAAチルドレンはAAAの庇護を受ける少年少女のバースターであり、AAAイリーガルはAAAに協力するバースターや魔術師となります。

 組織全体としては、強力なアイテムを開発して武器にする傾向があります。AAAにはバースターではない魔術師も多く属していますし、AAAはディストに頼りすぎるバースターは即座にコラプサーに成り果てることをよく知っているのです。

※"ジズ"御剣優吾
「これは、貴方にしかできない任務です」
 AAAの日本総支部長を務めるのが、御剣優吾です。自らを偏在させる能力を持つバースターであり、日本中で日夜活躍しています。
 穏やかで冷静な物腰と、人並み外れた意志力や判断力を兼ね備える理想主義者にして現場主義者です。協力してくれるAAAの構成員には年齢に関わらず敬意を払い、丁寧語で会話します。

※AAAのPC
 PCは基本的にはAAAに所属するか、その協力者を想定しています。AAAのPCは自らの崩壊をも顧みずコラプサーたちと戦う勇敢で情に厚い人々です。

 それが可能なのは、自分の崩壊というリスクを取ってでも護りたい「何か」が存在するからであることが殆どです。自らと眼の前の相手を救うために戦うのが、AAAの一般的なPCになります。

1.5.2.ハートアース(以下HH)
 HHはコラプサー達が作り上げたテロ組織で、その目的は「己の望むままに世界を変える」ことです。ただし「どのように世界を変えるか」には一切のコンセンサスが取れておらず、そのやり方は多種多様です。

 HHの歴史は極めて古く、前身となる組織の歴史は紀元前にまで遡れると言われています。コラプス物質が世界中に溢れている今でこそ、組織の活動が目に見える規模まで拡大しましたが、かつては何を目的にどう活動していたのか不明です。

 HHは"アクシズ"と呼ばれる何者かを枢軸とし、少数の構成員の集団たるセルが網目状に繋がる形で構成されている完全実力制の組織です。"アクシズ"は「君臨すれども統治せず」を貫いているため個々のセルは極めて独立性が高く、セルを統括するセルリーダーの目的次第で行動は千差万別となります。

 実際にAAAの各支部と敵対するのは、セルリーダー同士を実力でまとめる各地域のセルロードです。セルロードを倒しても次のセルロードがすぐに登場する故にHHの根絶は難しく、AAAの最大の敵として立ちはだかっています。

 通常、PCとしてHHのメンバーを率いるのはHHセルリーダーです。それぞれのセルリーダーが、HHチルドレンとHHマーセナリーを従えています。HHチルドレンはHHが育成するバースターの少年少女、HHマーセナリーは金で雇われた戦士達です。

 組織全体の傾向としては、強大なエフェクトを使用するものが多いことが上げられます。元々は魔術師の組織でしたが、21世紀に入って大量のコラプサーを抱えたことで、現在は魔術ではなくエフェクトに頼る構成員揃いになっています。

 HHのメンバーはその大半が強力なコラプサーであり、コラプサーでありながら高度な知性を残していることも珍しくありません。なお、HHにおいて何らかの技能で最強クラスの実力者であることがアクシズやセルロードに認められた場合、「フォール」の称号を与えられます。

※"アクシズ"エイボン・デュオデクテット
「もうすぐ、世界は変わる。我が子らの手によって」
 今代の"アクシズ"はエイボンと名乗る大魔術師です。よく使う見た目は高校生くらいの銀髪の少女ですが、そもそもその姿が真の姿かどうかなど誰一人知りません。エイボンの姿は一定のものではなく、時には老人や動物の姿を取ることもあるのです。
 エイボンがHH構成員に出した指示は唯一つ、「己の欲望に従い、その果てを目指せ」だけです。エイボン自身も最強クラスのバースターであり、配下として無数のバースターを従えていますが、本人が積極的に動くことは殆どなく、ただ"何か"を待ち続けています。

※HHのPC
 決して正義の味方ではないけれど、信念と義理と人情の人であることが、HHのPCとして望ましいキャラクター性です。任侠物の主人公のような性格で、若干アウトローな所があるかもしれません。

 HHは基本的にはテロ組織であり、"アクシズ"に従うということは世界の敵になるということですので、HHの本流に乗る人間はPCにはなりにくいことに留意してください。曲がらない己の流儀を押し通す為、他者を救うのが一般的なHHのPCです。

1.5.3.十三天球
 強大な力を持つバースターにして大魔術師、"プレイヤー"綾辻未来が天啓を受けて創り上げた組織です。"プレイヤー"本人と、アザトースを除く十二種類の既存のディストそれぞれを極めた十二人の大幹部、十三大司祭を最高意思決定機関として持っています。その目的は人類を「人類の正しい終焉」に辿り着かせることにあります。

 「人類の正しい終焉」が何なのかは"プレイヤー"自身にも分かっていません。分かっているのは、人類は「人類の正しい終焉」を実現するために"のみ"存在するということだけです。しかし、それは個人の全てを超越した「絶対の正義」であり「絶対の価値」であると"プレイヤー"は信じています。

 "プレイヤー"に取って、「人類の正しい終焉」へ向けて人類が滞りなく進むことは、誰一人として無駄になることなく「人類の正しい終焉」の礎になることに他なりません。
全ての人類の救済の為、"プレイヤー"は今日も無数の策謀を巡らせています。

 十三天球は典型的な宗教組織です。能力による役割の差はあれど序列はなく、十三大司祭の下には司祭が存在し、その司祭が侍従を何人か従える、という形で運営されています。基本的には合議制を取っており、規模も他の2組織より多少小さいものとなります。

 組織全体としては、とにかく強力な魔術師が揃っているのが特徴です。魔術とはコラプス物質という、より宇宙の本質に従う物質を操る手段なのだ、というのが十三天球の信念であるため、バースターでも魔術を使うのは珍しくありません。

 また、テロ行為を働くこともあれば慈善事業を働くこともあり、その行動は謎めいています。辛うじて共通点を見出すならば、「人類の歩みを止める」ような研究や組織は容赦なく破壊する傾向があります。

※"プレイヤー"綾辻未来
 「それでは、次のゲームを始めましょう」
見た目は可愛らしい少女ですが、実際には数千年以上生きていると言われています。無数のエフェクトを使いこなすバースターではありますが、能力には拘らず、機械や科学技術を駆使した魔術的な打ち手を好みます。一節には、全てのディストを自在に操るとも言われています。
 "プレイヤー"は自身が生きている「現実の世界」と、人が作り出す小説や漫画などの「物語の世界」を同じように考えています。物語の作者は、様々な登場人物の能力や信念を決定し、彼らが生きる状況や舞台を創り上げます。そして一見自然に、しかし実際には作為的に物語を作り上げていきます。
 "プレイヤー"にとっては物語と同じく、世界の作者の意思は何より尊重されるべきものなのです。

※十三天球のPC
 十三天球PCの思想を一言で述べるならば「全体最適を目指す」が相応しいでしょう。弱者が涙を流す、世界の理不尽に飲まれる、そういった出来事は「勿体ないから」許せないのです。

 彼らは正義の人ではあるけれど、どこか他人を突き放した所があります。十三天球に属するPCは、合理を愛し、世界全体の未来を幸福にすべく戦います。人類の目指すべき世界のために他者を救うのが、一般的な十三天球のPCとなります。

1.6.用語説明

1.6.1.コラプス
 20世紀の終わりに宇宙からやってきた奇妙な粒子です。安定した剥き出しのクォークによって構成されており、集合したり、他の物質を置き換えたりすることでコラプス物質を形成します。コラプスはクォークでありながら色荷が滅茶苦茶であるため、「宇宙からの色」と冗談めかして呼ばれることもあります。

 コラプス物質で構成されたものは、現在知られている物理法則をある程度無視する性質を持ちます。バースターが様々な超能力を使うことができるのは、遺伝子にコラプス物質が組み込まれていることで、肉体をコラプス物質に一時的に置換し、物理法則の軛を逃れることができるからです。

 また、バースターはコラプス物質に変換された肉体、或いはコラプスの力で発生させた現象を叩きつけることで、破壊と共にコラプス物質を通常の物質に変換することができます。

 ただし、バースターを通常の人間に戻すことはできません。コラプスの力では、バースターの肉体を構成するコラプス物質を全て通常の物質に置換することはできないのです。

1.6.2.ラブクラフトとダーレス
 コラプスの歴史は古く、少なくとも十九世紀の時点で、当時のオカルティストたちの間ではコラプスの存在は既知のモノとなっていました。神や悪魔、超人などの伝説を紐解いていけば、さらに前からコラプスを操ることができる人間は存在しただろうと言うのが裏の世界の定説です。

 近代において最もコラプスの研究に大きな役割を果たしたのは、アメリカの小説家カール・フィリップス・ラブクラフトです。無自覚なバースターであった彼は、未来にやってくるコラプスの脅威を垣間見ていました。

 彼は己の小説に出てくる神格や怪異の参考資料として未来におけるバースターやコラプサーの能力を書き記し、それらを元にした小説で生計を立てていました。

 そして、その仕事を誰よりも高く評価していたのが、友人であり魔術師、そして小説家であったオーガスト・ウィリアム・ダーレスです。彼もまたバースターであり、同時に優れた魔術師でもありました。

 当時はまだ宇宙からコラプス物質が降り注ぐ前であったため、周囲にコラプス物質を必要とする魔術師とバースターは殆ど不可分だったのです。

 ダーレスはラブクラフトの資料を基に、未来にやってくるであろう困難の時代を予測し、魔術師たちを集めてコラプスについての研究を行う秘密結社を作り上げました。

 それが今日のAAAの前身、出版社「アーカム・ハウス」です。ここには多くの著名作家(もちろん全員魔術師です)が集まり、日夜作品を書き上げつつ研究を進めていました。彼らの研究結果は20世紀において科学技術と組合わさり、今日のAAAの基盤になったのです。

 今日においてディストの名前がクトゥルフ神話体系の神々から取られているのは、このような理由によります。

 コラプス物質が従う人知を超えた宇宙の深遠なる法則に翻弄される人間の立場は、邪神の遊戯に巻き込まれるクトゥルフ神話の登場人物にも似ているのです。

1.6.3.星辰揃いし夜
 20世紀の終わり頃……正確には日本時間で1,999年7月15日、AM2:34に大量のコラプスが空から地球に降り注いだ事件のことを指します。

 これにより、地球上の殆どの物質がコラプス粒子を内包することとなり、同時に大量のバースターが誕生しました。AAAの推定では、この夜を越えた人類の九割がバースターであり、大部分はまだ覚醒していないだけであるとされています。

 このことはAAAによって予測されていたため、コラプサーやバースターの大量覚醒による社会の混乱は最小限に抑えられました。
そしてこの日から、コラプスと人類の終わりなき戦いが始まったのです。

1.6.4.魔術師
 魔術を使用する人間、或いはバースターを指します。魔術は周囲のコラプス物質を利用するため、エフェクトを使用するよりも自らへの負担がかかりません。

 純粋な魔術師はバースターと比較して極めて貧弱な存在です。エフェクトを使うことができず、一度でも致命傷を負えば死んでしまうからです。ただし、擬似的にバースターとなりうる戦闘用の魔術を身に付けた者の中には、バースターに匹敵しうる戦闘力を持つ者も存在します。

1.6.5.コラプシアン
 コラプス物質が集合して意思を持ち、何かの物質を真似た姿になった疑似生命体です。見た目は千差万別ですが、人間のような姿を持つものや、人間と共存する寄生型のコラプシアンも存在します。

 大量のコラプス物質で構成されたコラプシアンは正に神の如き力と、相互理解が不可能な絶対性を併せ持つ危険な存在です。

 実は、十三天球のリーダーであり大魔術師でもある"プレイヤー"は人間の姿を真似て太古から存在し続けるコラプシアンです。

 コラプシアンは、総じて人間の道具を上手く扱うことができません。コラプスは既に知られている物理法則に従わないため、異なる物理法則の支配下にあるコラプシアンが人間の道具を使っても、想定通りの効果を発揮できないのです。

1.6.6.神話兵器(コラプサージュ)
 コラプサーの中には、心と体の崩壊に耐えられずに歩く死体同然の存在に成り下がる者が多々存在します。

 このようなコラプサーをコラプス技術で改造して作り上げた道具の総称が神話兵器(コラプサージュ)です。大抵はHHのセルリーダーによって運用されます。

ありがとうございます。