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コウジョウとソウゾウ(仮題)

レベルアップした。やったね。

そんな記念すべき日なのにも関わらず、盛大に祝うわけでもなく、1人で自分と向き合って、言語化活動という暇つぶしをしている。相変わらずだなと思う。ちなみに人生で初めてスフレパンケーキを食べた。美味かった。祝ってるじゃないか。

すごく勝手な基準ではあるのだけど、24という数字には可愛さがある。約数多いし。掛け算の「九九」のなかには24という答えになるパターンは4通りある。4通りは、6,8,12,18と同じく最多タイらしい。人気者ですね。

このセカイには "12年でひとまわり" という物差しがある。どうやら私はふたまわりして、さんまわり目が始まったらしい。時間は勝手に進むわけで、25年目なんてものも勝手に始まったわけです。ボタンをポチっと押したわけでもないし、24年目終了のおしらせも聴いていないわけです。

わざわざそれに合わせて自分や人生とかを振り返ったり、今後の抱負を掲げるみたいなことは別にやらなくて良い。それって結局は時間に主導権を握られてる感があるというか、主体性がないというか…。

そもそも、そんな時に思いついた抱負なんてものは、しばらくすれば忘れる。中途半端に記録を残したりすれば、いつの日か呪いとなって襲い掛かってくる気もする。

うるさいなぁ。
なにしたって良いじゃないか。
呪いになると思えば祓えば良いじゃないか。
なんか面白そうな方で良いじゃないか。


[検索]自分のペース 作り方

1年前のコメントには「今までと変わらず自分のペースで」なんてことを書いていた。これがなかなか難しい。会社員をやっている中で、自分のペースなんてものは分からない。「これくらいで終わるだろう」が「これくらい」で終わった試しがない。正直な話、ある程度ペースを決めてもらった方が良い(楽?)というのが真実な気がする。


明日をはじめる権限

自分のペースに重きを置いていたら、1日は24時間じゃ足りない。そんな、私のような人が一定数いるから、タイパとかコスパみたいな言葉が日常の中で居心地良く過ごしているんだと思う。

「時間が足りないなら寝たら良いじゃん。」
「違うんですよ。」
「目を閉じたら明日が始まるじゃないか。」
「なにを言ってるんですか。」


うつくしく、もがく。

小説『君の名は。』の第7章と、RADWIMPSの『スパークル』よりいただきました。好きなフレーズランキングを作ったら上位に来る。

心の中にはたくさんの「小さな自分」が生息しているのですが、時々ひっそり死んでいます。死因は無力さ、絶望、寂しさ、マジレス、理不尽など様々。そんな光景を、若さとか達成感とか人生とかいうフィルターを通してのぞいてみたら、ちょっと美しいわけです。

少し経って、ちょっと冷静になった時に「コテンパンにやられてますな自分」と思うわけです。周りの人から「大丈夫?」なんて言葉を頂けたら、ありがたすぎるし、作品として素敵すぎる。美談ですかね。


改めて。24歳になりました。

こんな、よくわからない自分と付き合ってくださる皆様に感謝申し上げます。皆様のおかげで、楽しく深みのある人生を過ごせています。

これからも、気まぐれな向上心と、言葉が持つ力と相手の立場を理解する想像力と、生き様やコンテンツを発信する創造力を大切に、これまでと変わらず変わった人であり続ける予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。


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