【象たちはジャングルに戻る】
非常事態宣言の一ヶ月延長が決まった5月3日から、市場やエアコンのない開放的食堂、理髪店など一部商業施設での営業が再開されたチェンマイだが、3月半ばから続く閉鎖命令で失職した人々などが、未だに寺院などでの無料弁当給付に長蛇の列をなしている。
そして、各報道でも知られるように、北タイの観光の目玉となっているエレファントキャンプも閉鎖が続き、象使いなどスタッフの失業や象の餌代不足が深刻化しているという。
特に、市街地に近いキャンプでは象の供給元である山奥の村に象たちを大移動させたり、一般篤志家や保護財団からの寄付を受けたりして、かろうじて象たちの餓死を防いでいる状態だ。
とにかく、あの巨体を保つ為に象たちはひたすら食べ続けなければならない。
一日当たりの一頭の食べる量は300キロなどとも言われ、餌の確保に要する労苦とそのための費用は半端なものではない。
一昨年の暮れ、1歳になったばかりの「腕白子象ラッキー」と出会って以来、ささやかながらサポートを続けてきたメーテンの「TOTO Elephant Sanctuary」も、その例外ではない。
ただ、ここは象乗りやお絵描きやサッカーの真似事などで観光客を楽しませる一般キャンプとは大きく異なっている。
むしろ、そうした「人間の強制する労役」から象たちを解放して、なおかつ自然のままに暮らしてもらうための保護施設とも言える。
お金を払ってやって来るゲストには、象たちへの餌やり、食餌活動や糞の観察、食後の山歩き、皮膚の乾燥を防ぐための泥スパ、体を暑熱から守る水浴び、心臓強化のための薬餌作りなどを手伝ってもらう、というユニークな運営を行っているのだ。
従ってチェンマイ北部のメーテンの山奥に立地しており、市街地に近いキャンプの象たちよりも、まだ自然の餌には恵まれている。
数日前、かつて私が暮らしていた山奥の村のさらに数10キロも奥地にあるカレン集落の人々が、食料に困るチェンマイ市民に米や野菜を無料プレゼントしたように。
今回のコロナ禍は、かつて貧しいと看做されてきた山岳民族が暮らす自然の豊かさと、一見豊かに見える都市生活のもろさをもくっきりと浮き彫りにした形である。
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さて、オーナーTOTOからの連絡によれば、これまでも不足分の餌はカレン族スタッフの努力でなんとか確保してきたものの、数日前に餌やりかたがた山の様子をチェックしたところ、それも限界に近づいたという。
「そろそろ、象たちを好物の草や竹などもっと自然の食料に恵まれた奥地のジャングルに移そうと思う。そして、いつかコロナ禍が収束してゲストが戻ってきたら、またラッキーが生まれたあの場所に戻すことにするよ。あんたも、くれぐれも感染しないように気をつけてほしい。そして、近いうちにまたあの場所で再会しよう」
辛いだろうが、選択肢は他に無い。
いわゆる観光スポットではないここには、保護財団などの寄付も及ばないようだ。
だが、これまでサーカスや森林伐採現場やキャンプなどでの過酷な労役から象たちを救ってきた硬骨漢TOTOに、めげた様子はない。
北タイの懐深いジャングルが、きっと象とスタッフたちのサバイバルを強力に後押ししてくれるに違いない。
オーマーチョーパー!(カレン語でグッドラック)