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【美術ブックリスト】『短編画廊 絵から生まれた17の物語』ローレンス ブロック編著

【概要】
アメリカの画家、エドワード・ホッパーの絵画それぞれに、現代の小説家が短編の物語を創作したアンソロジー。ローレンス・ブロックの発案で、ブロック自身も一編書いている。ミステリーとサスペンスが多い。

【感想】
もともとある物語をテーマに画家が絵を描くことは、ギリシア神話や聖書を題材にした神話画・宗教画がそうであるように絵画の王道である。歴史もひとつの物語と考えると、歴史画も同じ範疇にはいる。いわゆる「お話の絵」だ。それとは逆に、もともとある絵画作品を題材に小説を創作することは、近代まではあまりなかった。せいぜいイギリスの作家ウィーダの児童文学『フランダースの犬』くらいだろう。

 それが現代ではミステリーの分野で、身代金目的で誘拐される人間に変わる存在として扱われたり、絵画自身が謎めいた存在として、時には謎解きの鍵になったりする。『ダ・ヴィンチ・コード』に代表されるダン・ブラウンのシリーズ、『楽園のカンヴァス』などで知られる原田マハの美術ものが代表である。(ゴーギャンを題材にしたモームの『月と六ペンス』や高橋克彦の浮世絵三部作は、画家が主題であって作品ではない。)

 これらはよく言えば小説家の想像力を刺激する、というか想像し放題なところがあり、現存する作品の主題とは大きく離れることが多く、またその方が面白かったりする。本書の短編も同様で、小説家たちが自由に編み出したストーリーを楽しめばいいと思う。ただそれは絵を題材に作り上げた別人格の作品であって、いわば「写真でひと言」と同じ類の遊びだろう。もとの作品を理解したり、味わったりすることとは別の遊びとして、楽しむべきものである。

 さて本書の物語には、暴力や殺人や若すぎる妊娠といったダークなものが多すぎて、私が抱くホッパーの絵のイメージとはややズレていた。《夜鷹》のように夜のイメージがそうさせたのかもしれないし、そもそもミステリー作家たちなので仕方がないかもしれないが、明るい話もあって欲しかった、というのが私の感想。

小説で絵画を描くならば、芥川龍之介の「沼地」や、太宰治の「水仙」のように、架空の作品を題材にしたほうがいい。実在する絵画では、読者が抱くイメージや解釈と物語上のそれとが齟齬が大きすぎてしまう。

文庫判 506ページ ハーパーコリンズ・ジャパン 1000円

「ガーリー・ショウ」ミーガン・アボット 小林綾子 訳
「キャロラインの話」ジル・D・ブロック 大谷瑠璃子 訳
「宵の蒼」ロバート・オレン・バトラー 不二淑子 訳
「その出来事の真実」リー・チャイルド 小林宏明 訳
「海辺の部屋」ニコラス・クリストファー 大谷瑠璃子 訳
「夜鷹 ナイトホークス」マイクル・コナリー 古沢嘉通 訳
「11月10日に発生した事件につきまして」ジェフリー・ディーヴァー 池田真紀子 訳
「アダムズ牧師とクジラ」クレイグ・ファーガソン 不二淑子 訳
「音楽室」スティーヴン・キング 白石 朗 訳
「映写技師ヒーロー」ジョー・R・ランズデール 鎌田三平 訳
「牧師のコレクション」ゲイル・レヴィン 中村ハルミ 訳
「夜のオフィスで」ウォーレン・ムーア 矢島真理 訳
「午前11時に会いましょう」ジョイス・キャロル・オーツ 門脇弘典 訳
「1931年、静かなる光景」クリス・ネルスコット 小林綾子 訳
「窓ごしの劇場」ジョナサン・サントロファー 矢島真理 訳
「朝日に立つ女」ジャスティン・スコット 中村ハルミ 訳
「オートマットの秋」ローレンス・ブロック 田口俊樹 訳

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