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【美術ブックリスト】『アートライティング1 アートを書く・文化を編む』上村博・大辻都著

発行元は「京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎」。京都造形芸術大学の通信教育部で行われている「アート・ライティング」に即して作成された、と思われるテキストブック。
ここでいうアート・ライティングとは、美術に限らず音楽、建築、工芸といった芸術作品についての記述全般を意味する。
第1章では文化の記述の観点から、過去の例としてホメロス『イーリアス』に登場するヘパイストス作成の盾の装飾の描写や、ローマ時代に書かれたギリシアのパルテノン神殿の見聞録、中国の画賛などが挙げられる。
第2章は芸術理論に応じた区別。作品を「作者の人格的表現」として見る立場、「時代の反映」として見る立場、「実社会とは独立した世界」と見る立場によって記述がどう違うかを、時代を追ってみていく。
第3章は紀行文や旅行記、評伝が紹介され、その具体的手段としてインタビューや聞き書きが取り上げられる。最後に文字メディアの新しい可能性としてインターネット上のwebマガジンやZINEと呼ばれる少部数の刊行物が未来の出版のかたちとして紹介される。

内容はアート・ライティングの授業の最初のステップ。このあとの授業で、作品を正確に記述したり、批評理論や実際の批評文を学んだり、資料を作成したりするようで、最終的に学生は芸術批評、伝記、ドキュメントといった文章を書く課題に取り組む模様。それぞれにテキストが用意されているので、引き続き購読するつもり。
ここまでが概要。

ここからが感想。
本書の目的は、芸術について何事かを言葉で記述することの意味と役割を歴史を振り返りつつ確認することにある。それはそれでいいのだけど、私が学生ならアート・ライティングのいまの時代の役割についてもう一歩踏み込んで説明して欲しかったと思うはず。
私が思いつくだけでも、美術史研究としての作品論(作品についての研究論文)、作品批評(現存作家が発表した作品の論評)、作家論、評伝、伝記、時評、作家紹介などがある。それぞれに学会誌、書籍、展覧会図録、レゾネ、雑誌、webマガジンといった媒体があり、別の読者がいる。執筆者も大学教授だったり、学芸員だったり、評論家だったり、雑誌記者だったり、素人だったりする。そうした区分というか種別を一覧したうえで、それぞれの役割と意義と方法を教えてほしいと思うだろう。

ところで特に出版のハードルが下がった昨今、書くこと自体は容易となった。その一方で読者が増えているとは思えない。どうすれば書いたものを読んでもらえるのか、出版した本を買ってもらえるのか、読んだ文を深く理解してもらえるのか、といった受容と需要に関する研究も必要だと、これを読んでいて感じた次第。ほぼ強制的に買わせたり読ませることができる教科書と違って、自由に書かれた文は読んでもらえない可能性だってあるのだから。書けばいいというものではない。
それにしても、紀行文や旅行記にここまで紙数を割く必要があったのかがやや疑問。
シリーズ2以降に期待しよう。

‎ 83ページ 1320円 藝術学舎 

第一章 文化の編集と記述

第一節 記すこと、作ること

第二節 作品の記録

第三節 作品とのコラボレーション

第二章 芸術理論と芸術記述

第一節 作者と作品

第二節 時代とその影

第三節 作品鑑賞の美学

第三章 アートライティングの拡がり

 ——発見術・創作術としての批評、評伝

第一節 移動とライティング

第二節 インタビューという方法

 ——インタビュー、聞き書き、対談、評伝

第三節 ライティングとメディア

 ——文字メディアの現在、そして未来

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