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美術・アート系の本

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美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
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2024年1月の記事一覧

【美術ブックリスト】 『野草』魯迅著

【概要】 『阿Q正伝』『狂人日記』で知られる中国の文豪・魯迅が1925年前後に書いた散文詩を集めた詩集。 国民党政権の言論弾圧下で書いているため、表現が曖昧で象徴的。個々の詩は、現実の事件や出来事から触発されて書かれたようだが、明示されていない。魯迅文学の中でも特に重要なものと言われる。 【感想】 今年のヨコハマトリエンナーレのテーマが「野草 いま、ここに生きる」だったため、記者発表にあたって事前に取り寄せて読んでみた。重く、暗く、意味がとりづらい文で読むのが正直辛かった。

【美術ブックリスト】『勝つための論文の書き方』鹿島茂著

【概要】 論文の書き方を講義形式で語る。論文を書くことを通して、ブレゼン、企画提案などのビジネスでも必要な思考と技術を身につける。問いの立て方、仮設の見つけ方、資料の集め方、文の書き出し、展開、結論まで解説。 例として「なぜ英語のブルーフィルムは、日本語ではピンク映画なのか?」「日本の男はいつから泣くのは男らしくないことになったのか?」「なぜ日本では最近まで汁物を飲むのにスプーンを使わなかったのか?」といった学生たちの文化史の問いに対して、どうアプローチするかが例示される。最

【美術ブックリスト】 『なぜ美術は教えることができないのか: 美術を学ぶ人のためのハンドブック』  ジェームズ・エルキンス著、 小野康男・ 田畑理恵訳

【概要】 「美術を教える」とはいったいどういうことなのかを、歴史を踏まえた上で美術教育の現場である美術大学のスタジオ(制作室、アトリエ)での活動の観察をもとに論究していく。 第1章「歴史」では古代の美術学校、中世の大学、ルネサンスのアカデミー、バロックのアカデミー、19世紀のアカデミー、バウハウスでどんな教育がなされていたかを解説。中世の工房が社会から知的に孤立していたことや、バウハウスのカリキュラムは普遍的な指導のようでありながら実はその根拠は不合理であることが示される。

【美術ブックリスト】 『最期のアトリエ日記』野見山暁治著

【概要】 月刊誌「美術の窓」の連載エッセイ《アトリエ日記》は著者晩年のライフワークであったが、その逝去により23年8月号をもって終了。本書は老いを生き抜いた画家の葛藤を綴った2020年5月から23年6月4日(最終回・絶筆)までを収載する最終巻。巻末に小説家・堀江敏幸による解説を収録。 【感想】 画家であり、東京藝術大学教授として後進を指導。戦没画学生の作品を集めた「無言館」の顧問、さらにエッセイストとしても人気だった野見山氏。私自身は一度だけ電話取材で記事を担当させてもらっ

【美術ブックリスト】 『世界奇想美術館 異端・怪作・贋作でめぐる裏の美術史』エドワード・ブルック=ヒッチング著 

【概要】 疑問だらけの傑作・怪作・珍作・贋作を語りつくす。賢者の石のつくり方が暗号で記されているという「リプリー・スクロール」、妖精画《お伽の樵の入神の一撃》、死者の戴冠を描いた《1361年のイネス・デ・カストロの戴冠》など、無名の画家たちの作品の数々。図版270点以上。 【感想】 『地獄遊覧』の著者による歴史に埋もれた「裏の美術史」。水中画家プリチャードの作品、アメリカ人画家サラ・グッドリッジによる胸だけの自画像、死体が朽ちていく様を描いた日本の九相図のほか、贋作、捏造、

【美術ブックリスト】 『戦後日本の現代ガラス・私史』 武田厚著

【概要】 「美術の窓」連載「拡張するガラス・JAPAN」を単行本化。個々人のスタジオに用意された小型炉による、自由な造形芸術「スタジオガラス」。それがもたらしたガラス作家の意識改革を評価軸に、日本の現代ガラス芸術の流れと活躍する作家43名について詳細に解説する。日本の現代ガラス史がわかる一冊。 【感想】 ガラスというと工業製品や日常の器やせいぜい土産物という認識が一般的だが、ガラス工芸というジャンルが厳然とある。しかしその美的あるいは美術的な魅力も味わい方も伝わっておらず、

【美術ブックリスト】 『聖母の晩年―中世・ルネサンス期イタリアにおける図像の系譜―』桑原夏子著

【概要】 聖母マリアについて、聖書には、彼女がどのように生を終えたかについての記述がない。その一方で外典や伝承などにもとづき晩年伝の多様な図像が生み出されてきた。本書は地中海圏の聖堂壁画からジョットらの作品までを跡づけ、聖母の美術史をよみがえらせる。圧巻の研究成果。 【感想】 聖母マリアが登場する絵画といえば、「受胎告知」の場面と「被昇天」の場面が有名。本書は、マリアの晩年を描いた作例を追う一方、なぜそうした図像があるにもかかわらず「被昇天」へとイメージが固定していったのか

【美術ブックリスト】 『この国(近代日本)の芸術 〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』小田原のどか、山本浩貴編

【概要】 作家、キュレーター、研究者による論考とインタビューを収録。〈日本美術史〉、天皇制、〈近代〉、レイシズムといった観点から、この国の美術と美術史を問い直し、解体・再編する試みが図られる。美術の現場に残る戦前の帝国主義、戦後のナショナリズムの痕跡を白日の下にさらす。 【感想】 アイヌ、沖縄、在日朝鮮人、障がい者といったいわゆるマイノリティの立場の人々へのインタビューや論考の集成。隠蔽されてきた彼らの文化や思考から、日本美術史に光を当ててそのフィクション性を炙りだしていく

【美術ブックリスト】 『ボタニカルアートで描く 江戸椿の世界』 まついあけみ著

【概要】 安政6年に成立した『椿伊呂波名寄色附』は、本文に360種、引用150種、全500種以上の椿品種が記録された一書だが、図版がなかった。著者はこれを基に現存する品種103点を精緻に艶やかに描いて椿図譜とした。江戸と令和の200年に及ぶ時空を越えた、美しい椿品種図譜。 【感想】 古典籍に記された椿の花々の解説を解読し、それに西洋の図鑑の挿絵の技法であるボタニカルアートの絵を添えているので、現代のカメラで江戸時代を映したようなタイムスリップ感がある。歴史との対話とはこうい

【美術ブックリスト】 『頭と首を描く』 ミシェル・ローリセラ著 布施英利監修

【概要】 模写できるデッサン集モルフォシリーズ第10弾。人物デッサンの肝となる首から上の顔の描き方を解説する。年齢、性別、角度などあらゆるパターンのデッサン見本を多数収録。全体をとらえてからディテールを描く手順など、デッサンのトレーニングに欠かせない素材集。 【感想】 デッサンの見本というより、美術解剖学に基づいた画法を身につけるための本のよう。骨格、骨、筋肉、ひげ、頭髪などさまざまな観点から頭と首の描き方を教えてくれる。 グラフィック社◉刊 B6変 96ページ 1300

【美術ブックリスト】 『鎌倉時代仏師列伝』 山本勉、武笠朗著

【概要】 院政期以後、仏師たちは院派・円派・奈良仏師の三派に分かれ、鎌倉時代には奈良仏師から慶派も生まれて、京都・奈良・鎌倉や地方の寺々で腕を振るった。本書は運慶・快慶・院尊・湛慶・隆円・善円ら39名の仏師をとりあげ、事績と作風の特徴を図版とともに解説。さらにその生き様に迫る。 【感想】 「列伝」というだけあって、よく知られている運慶と快慶だけでなく、その前後に活躍した仏師たちを均等の分量で解説している。地方仏師にも光を当てるなど、先達への敬意を感じた。 吉川弘文館◉刊 

【美術ブックリスト】 『金子富之画文集 幻成礼讃』金子富之著

【概要】 幼少期から異界の存在を感じ、現在は異界と共生するかのように山形の限界集落に暮らす画家・金子富之。10代からの心象を描いたノート、自選作品200点、さらに全篇書き下ろしテキストで構成する画文集。神・仏・精霊・妖怪・悪魔・幽霊が次々登場!! 【感想】 東北芸術工科大学からは、日本古来の伝承や文化、土着性を土台とした作品を発表する優れた才能が輩出されている。金子富之もそうした画家の一人で、日本橋髙島屋のギャラリーXでの大作展示は圧巻だった。 土着的というか、大地的なそ