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美術・アート系の本

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美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
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2022年12月の記事一覧

【美術ブックリスト】『本日は、お日柄もよく』原田マハ

2008年から徳間書店のPR 誌「本とも」に連載され、2010年8月に刊行された小説。製菓会社のOLである主人公が、幼馴染の結婚式で聞いたスピーチに感動し、スピーチライターへと成長していく物語。「師匠」にスピーチの極意を叩き込まれた主人公が、自身が頼まれた女友達の結婚式のスピーチを皮切りに、社長の挨拶、選挙の新人候補の街頭演説を任されていく。一人の女性の生き方が変わっていく姿とともに、企業間の競争や与党と野党のせめぎ合いの中で言葉が大きな役割を担っていることが、「師匠」が考え

【美術ブックリスト】『いとをかしき20世紀美術』筧菜奈子著

現代美術と装飾史の研究者である著者が、デュシャンからランドアートまでの20世紀美術をマンガとイラストで解説する。文だけでなく、マンガも著者が描いている。 京都の大学で仏像など日本美術史を学ぶ主人公が、美大生と知り合い、抽象絵画、ポップアート、コンセプチュアル・アートなどについてともに学んでいくというストーリー。著名な人物や作品が、すべて写真ではなくイラスト化されて登場する。 現代アートについての入門と中級の間くらいの内容。 ここまでが概要。 ここからが感想。 現代アートを分

【西村の勝手にベスト・アートブック・オブ・ザ・イヤー2022】

今年出版された美術系の書籍のなかから、西村が勝手にベスト1を決定します。月刊美術の新刊情報コーナーで今年紹介したおよそ130冊の候補から選びました。リンクはnoteに書いた私の紹介文です。 ■日本のアートブック部門ベスト1■ 『いい絵だな』伊野孝行、南伸坊著 (240ページ 四六判 2420円 集英社インターナショナル) なにより絵画が好きという気持ちが前面に出ている対談で、ときどき深い洞察があって読んでいて楽しかった一冊。 ■日本のアートブック部門 次点■ 『観音像とは

【美術ブックリスト】『目で覚える 動きの美術解剖学』ロベルト・オスティ著、植村亜美訳

こちらも美術解剖学の本。 フィラデルフィア芸術大学、ペンシルバニア美術アカデミー、ニューヨーク美術アカデミーで解剖学と人体像のドローイングについての講義を担当する著者が、美術解剖学の歴史から基本的な考え方、さらに手や顔、計測法などそれらの知識を絵画制作において具体的にどう適用するかを解説。解剖学の全体像、見取り図が示される。 ここまでが概要。 ここからが感想。 止まった状態ではなく、とくに動きの表現について解剖学的知見を解説しているのが特徴。図版が大きく見やすい。また解剖図

【美術ブックリスト】『レイの美術解剖学 躍動する人体を描くための実践的なアプローチ』レイ・ブストス著、宮永美知代訳

カリフォルニア州パサデナのアートセンター・カレッジ・オブ・デザイン、ロサンゼルス・アカデミー・オブ・フィギュラティブ・アート、クライン・アカデミー・オブ・アートなどの美術大学や、ディズニー&ピクサーなどで30年以上教鞭を執る、レイ教授の講義の書籍化。 チョークで色分けした図説は講義そのもの。450点以上の解剖図を収録し、骨格と筋肉を描き加えた人体図や模型も使って解説しいる。 ここまでが概要。 ここからが感想。 具象絵画とくに写実的な表現をする場合に、人物や人体を描くにあたっ

【美術ブックリスト】『古代の刀剣: 日本刀の源流』(歴史文化ライブラリー 561)小池伸彦

日本の刀剣、なかでも最も古い古墳時代から白鳳時代、平安時代までの古代の刀の研究書。刀身の反りや刃文といった日本刀の特徴的な形がいつ、どのように生まれたのかを、考古学からアプローチする。 古墳時代の鉄刀は直刀だったが、それが外反りをそなえた湾刀へと変遷していった経緯を、古代の鉄生産の実態や遺物の出土状況、正倉院刀の調査などを視野に入れて多角的に解明する。また先人の研究だけでなく、著者自身が訪ねて学んだ現代の刀匠の技術にも着目。過去と現在の両方から光を当てて日本刀の源流に迫る。

【美術ブックリスト】『絹谷幸太作品集 KOTA KINUTANI』

彫刻家・絹谷幸太の初の本格的作品集。 現在開催中の池田20世紀美術館「絹谷幸太・香菜子 二人展 万物の鼓動」(2023年1月10日)に合わせて刊行。最新の大型彫刻作品にこれまでの代表作を加えて収録。 作家自身による作品解説、土方明司氏による論考を収録。 ここまでが概要。 ここからが感想。 池田20世紀美術館の展示では、石を積み上げた作品のほか、あえて自然の姿を残した木の彫刻もあって楽しめた。 野外であれ屋内であれ、一度設置されると移動することのない彫刻作品は、現場に行かない

【美術ブックリスト】『絹谷香菜子作品集 KANAKO KINUTANI A Part of Me』

野生の鳥や虎、豹などを正面から見据えた肖像画のような動物画が人気で、近年は人智を超えた神的存在や宇宙といった壮大なテーマにも取り組む日本画家・絹谷香菜子の初の本格的作品集。現在、伊豆の池田20世紀美術館で開催中の「絹谷幸太・香菜子 二人展 万物の鼓動」(〜2023年1月10日)に発表された新作に、これまでの代表作を加えたのが本書。 幼少期からの作品制作への思い、土方明司氏による論考も収録し、英訳も併載してある。 ここまでが概要。 ここからが感想。 10月中旬に池田20世紀美

【美術ブックリスト】『柚木沙弥郎の100年 創造の軌跡』女子美術大学 柚木沙弥郎展実行委員会

1922年東京生まれの100歳の染色家・アーティストの集大成。 学徒動員で出征。戦後、倉敷に復員し就職した大原美術館で民藝運動と出会い、芹沢銈介に師事し、染色の道を志した。1950年から女子美術大学で後進の指導にあたり、87年からは学長をつとめた。染色のほか、版画、絵本、立体、ガラス絵も制作する。 2022年9月17日〜10月17日に開催された同名展の展覧会図録。作品だけでなく、生き方と制作と魅力に迫る。 ここまでが概要。 ここからが感想。 寡聞にして恐縮だが、初めて作品を

【美術ブックリスト】『同時代美術の見方: 毎日新聞展評 1987-2016』 三田晴夫

毎日新聞の三田晴夫記者がこれまでに書いた展覧会評を時系列に収録。(1974年毎日新聞社に入社。社会部記者を経て、毎日新聞学芸部美術担当記者として勤務。2008年退職) 収録項目数1,450件。個展評・テーマ展評、来日作家へのインタビュー、追悼記事など新聞ならではの記事ばかり。すべての展覧会評に作品写真図版がある。巻末には収録作家名などの人名、展覧会開催画廊・美術館名、展覧会タイトルで辿れる索引があって便利。 ここまでが概要。 ここからが感想。 まず分厚くて驚く。6センチ。し

【美術ブックリスト】『平塚市美術館の現代日本画』 平塚市美術館編

平塚市美術館は、1991年以来、地元湘南ゆかりの作家や日本の近現代美術の作品を収集。2004年に草薙奈津子氏が館長に就任すると、現代日本画をテーマに展覧会を次々と開催し話題となった。2023年館長を退任する草彅氏が出品作品を厳選した展覧会「現代日本画 コレクションのあゆみ」(10月29日〜2月19日)の図録兼書籍が本書。 日本画表現を革新した作家12名(麻田鷹司、伊藤彬、内田あぐり、工藤甲人、斉藤典彦、中島千波、濱田樹里、松尾敏男、三瀬夏之介、山本直彰、山口蓬春、山本丘人)の

【美術ブックリスト】『誰のための排除アート?: 不寛容と自己責任論』五十嵐太郎

著者は建築史が専門の大学教授。 寝そべることのできないベンチ、突起物で埋め尽くされた空き地など、都市空間にたくさん見られる「排除アート」の成立と問題点を考察する。2020年東京・幡ヶ谷で起きた女性ホームレス殺害事件を機にひろがったものだが、それ以前から新宿西口地下街のホームレスを排除したあとに動く歩道とともに設置された突起物など前例は多数あった。 ホームレスという特定の層のみに有効な排除目的のものがアートの名目で公共空間に増えることへの疑問から、実態を批判的にレポートしたのが

【美術ブックリスト】『11日間の人間風景: 長崎原爆投下の日から1945年8月9日~8月19日』平澤清子

画家・平澤重信が、亡き母が残した長崎の被曝体験を綴ったノートを書籍化。実際に目にした閃光、人々が当てなく街を歩く悲惨な状況、家族を亡くしたあとの虚脱感などが赤裸々に綴られる。公表まで50年の迷いを経ての刊行。 平澤さん自身が入院し、やり残した仕事として急きょ知り合いの出版社にな頼んで作られたことが後書きに書いてある。それはそれで出版の役割を果たしていると思う。 A5判 95ページ 1000円+税 ギャラリーステーション

【美術ブックリスト】『常設展示室』原田マハ

美術にまつわる史実をもとにしたフィクション小説を得意とする原田の短編集。モチーフとして一方に美術館の常設作品があり、もう一方にすべて女性の主人公の生き方がある。両者が交錯するところに物語が紡がれる。 その交錯する場所が、作品が収蔵・展示されている美術館の常設展示室といった具合。 列挙すると ・ピカソ「盲人の食事」 NY・メトロポリタン美術館 同館のスタッフ ・フェルメール「デルフトの眺望」 オランダ・マウリッツハイス王立美術館 現代系ギャラリーの営業職 ・ラファエロ「大公の