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美術・アート系の本

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美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
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2022年4月の記事一覧

【美術ブックリスト】松本典昭『図説 メディチ家の興亡』

ルネサンス発祥の地・フィレンツェを支配した富豪の家系がメディチ家。芸術を保護し、ルネサンスの原動力ともなった一族の500年の歴史を豊富なビジュアルで解説する。 銀行の経営から始まり、二人のローマ教皇と二人のフランス王妃を生んだ経緯などを時代時代の状況とともに説明してくれるため、ひととおりのことはわかる。ここまでが概要。 ここからが感想。 レオナルドやミケランジェロ、ボッティチェリやルーベンスなどの画家が関係し、実際に肖像画や結婚式の模様を残していることがわかる。そうした絵

【美術ブックリスト】林洋海『印象派とタイヤ王: 石橋正二郎のブリヂストン美術館』

ブリヂストンの創業者・石橋正二郎は、印象派を中心にコレクションを築き上げ、ブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館)、石橋美術館(現・久留米市美術館)、ヴェネツィア・ビエンナーレ日本間、東京国立美術館の四つの美術館を造った。 戦時中は美術品の売買は盛んで、敗戦後も進んで購入していった。そうした具体的なエピソードの連続で読者を飽きさせない。例えば日動画廊の長谷川仁氏が、セザンヌの一級の作品を購入できる人物として石橋氏以外に思いあたらず、直々に交渉した経緯も綴る。ここまでが概

【美術ブックリスト】原田マハ『太陽の棘』

初出は『別冊文芸春秋』2012年1月号から2014年1月号の連載。その後単行本化され、現在は文庫で読める。 実話に基づく物語。戦後アメリカ占領下の沖縄に赴任した精神科の軍医が、ドライブ中に偶然、地元の画家たちの村に迷い込んだことから物語は始まる。ギリギリの暮らしの中で情熱を失わなかった才能ある画家たちを描く。と同時にアメリカ人しかも軍関係者との複雑な関係も良く分かる。美術作品をモチーフにしてその背後の隠された物語を紡ぐ原田マハの小説の中でも、異色の作品。芸術家が抱える切なさ

【美術ブックリスト】「杉本博司自伝 影老日記」

U2のボノはじめ数々の著名人を夢中にさせる現代美術家。単身渡ったアメリカで放浪しながらゲリラ撮影し、日本の古美術を売り、そして「海景」で世界的アーティストとなった。作品図版とともに辿る、波乱万丈の回顧録。日本経済新聞「私の履歴書」に書き下ろしを加えた増補版。ここまでが概要。 ここからが感想。 世界的アーティストの生涯ということで、ドラマチックな展開かと思っていたが、淡々と人生を語っていてそれほど盛り上がらない。文体のせいなのか、大袈裟なことを拒むからか。自分を語ることの難し

【美術ブックリスト】《批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義》廣野由美子

メアリー・シェリー作『フランケンシュタイン』を素材にして、小説の技巧と批評理論を紹介する。 第一部で、『フランケンシュタイン』のあら筋をのべた後、プロット、語り手、時間、性格描写、間テクスト性、メタフィクションといった、この物語に込められた技法を解説する。 第二部では、さまざまな批評理論からどのような解釈が可能かを解説する。伝統的な批評では道徳や伝記として、ジャンル批評ではロマン主義やゴシック小説の成果として、脱構築批評では光と闇、生と死といった伝統的な二項対立が解体され

【美術ブックリスト】佐々木健一『論文ゼミナール』

著者は東京大学の美学芸術学科で長らく教授を務めた美学の第一人者。美学会の会長、国際美学連盟会長も務めた経験がある。 その著者が、これまでの論文の執筆経験と指導経験をもとに、論文の書き方を講じたのが本書。論文といっても本格的な学術論文やその前段階の博士論文などもあるが、本書が主な対象としているのは卒業論文、つまり学問を本格的に続ける意志があるのとないのとに拘わらず、ほとんどの文系の学科で課され、しかも時間的な制限が厳しく決められている論文である。 論文の執筆は、ある種の制作