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美術・アート系の本

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美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
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2022年2月の記事一覧

【美術ブックリスト】 小田原のどか『近代を彫刻/超克する 」

著者は彫刻家であり、彫刻に関する研究家でもあり、評論も執筆する。『彫刻1』所収の「空の台座──公共空間の女性裸体像をめぐって」という論文などで、全国にあまたとある街角の女性裸体彫刻が日本に特有のものであり、しかもそれは戦後日本の平和という概念の流布とともに広がっていった特殊なものであることを論じて注目された。 本書は同じ問題意識のもと、日本の近現代史を彫刻というもっとも公共性をもった芸術形式から読み解く。 第1章は先述の女性裸体像がどのような経緯で多数つくられ設置されてい

【美術ブックリスト】 『福島武山作品集 赤の極み』

九谷焼の三大技法の一つに赤絵細描がある。福島武山はその第一人者で、本書は初作品集。米粒に名前を書けるほどの技をもつらしく、作品にほどこされた絵付けの超細密さが伝わってくる。50年の画業から代表作を自選して収録。皿、器、壺などどれも考えられない美しさ。ここまでが概要。 ここからが感想。西洋ではアートとクラフトは別のものだが、日本の工芸はクラフトでありつつアートでもある。その工芸美をまざまざと見せつけられるようだ。とにかくすごいとしかいいようのない細密さと、そこに宿る美しさに息

【美術ブックリスト】 ローラ・ペリーマン著、服部こまこ訳『カラーバイブル 世界のアート&デザインに学ぶ色彩の歴史と実例100』

100種類もの色彩の世界を案内するガイドブック。それぞれの色の発祥と歴史を解説した上で、現在のその色の意味や魅力を綴る。 例えば、バーミリオン(朱色)は、硫化水銀を主成分とする無機顔料であり、「辰砂」という天然顔料が起源で、古代ローマでは化粧に使われ、勝利した軍人が凱旋するときに顔にペイントし、中国では朱漆、インドでは新婦の額につける「既婚の印」である。現代ではデザイナーのクリスチャン・ルブタンの赤い靴底に使われている、など。そして図版はアートでの用例として、モンドリアンの

【美術ブックリスト】 指田菜穂子『日本文学大全集 1901-1925』

著者は、絵画を画家の内面の表出であるとか、何らかのメッセージを伝える手段という絵画の捉え方に反対のようで、ならば百科事典のように作者の外部の事象を等価客観的に作品化することを思い立ったとのこと。 そして1901年から1925年まで、それぞれ一年の間に発表された小説を選び、その物語の登場人物とその時代の雑誌記事や広告イメージを盛り込んだ25作品が出来上がった。ひとつひとつの絵画の主題は小説が発表された「年」。選ばれた小説は著名作家の作品であってもほとんどがマイナーなもの。例え

【美術ブックリスト】 大塚幹也・ 田島整・大宮康男『静岡県で愉しむ仏像めぐり』

東は伊豆から西は浜松あたりまで静岡県の仏像をめぐる9つのコースと愛知県の豊橋市と豊川市の1コースを紹介するガイドブック。 図版やイラストが大きくて見やすい。具体的なお寺の個々の仏像について、ひとつひとつ意味や特徴を教えてくれる。寺の来歴にも触れている。美術館や郷土資料館所蔵の仏像のコースもある。ここまでが概要。 静岡の地元愛と仏像好きが折り重なってできた本であることがよくわかる。仏像を通してお寺をめぐり、ふるさとの歴史を発見することにつなげようということだろう。 ところ

【美術ブックリスト】 梶岡秀一・岸田夏子『京都国立近代美術館のコレクションでたどる 岸田劉生のあゆみ』

没後90年の近代洋画の巨匠、岸田劉生の初期から晩年までの常用コレクションが、2021年に京都国立近代美術館に収蔵された。29点は購入、13点は寄贈の全42点。もともとあった作品と合わせて、50点の大コレクションとなった。 そのお披露目が現在開催中の「新収蔵記念:岸田劉生と森村・松方コレクション」で、本書はその公式カタログ。 活躍した時代を「銀座時代」「代々木・玉川時代」「鵠沼時代」「京都時代」「鎌倉時代」にわけて、制作の変遷を生活基盤の変遷と共にたどっていく。特に京都時代

【美術ブックリスト】 岡部昌幸監修『戦慄の絵画史 西洋美術で味わう、知的恐怖の物語』

数年前にヒットした中野京子『怖い絵』シリーズを発端に、美しさではなくその裏に隠された犯罪、陰謀、不条理といった人間と社会の醜さで絵画を語ることが普通になった。この流れは山田五郎の『闇の西洋絵画史』シリーズまで続く現代の美術本のひとつの系譜になっている。 本書は、一言で言うと「むごい」絵を総覧していく。処刑、虐殺、殺人、解剖、戦争の殺戮など。 美女の水死体を描いたミレイの《オフィーリア》や霧シア神話の有名な場面を描いたモローの《オイディプスとスフィンクス》といった有名かつ美

【美術ブックリスト】辻桂子/鷹志かれん『変奏曲を編む』

著者二人は同一人物で、歌人。彼女(達)がそれぞれ読んだ二つの短歌 「どこまでが富士山なのかなだらかな裾野の先を目で追ってみる」 「シリウスが光放ったその頃は君が隣にいた星月夜」 を本歌として、書家が篆刻作品を作り、さらに美大生からベテラン作家まで53人のアーティストが美術作品へと「変奏」していった。 書、洋画、日本画、ペン画、テラコッタ、刺繍、漆芸など多彩な作品がエッセイとともに17の章で編成される。ここまでが概要。 ここからが感想。まず本が重い。図版が綺麗で上質な紙を使