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美術・アート系の本

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美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
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2021年7月の記事一覧

【美術・アート系のブックリスト】けーたろう著、なかい れい画『おばけのマールとモーニングのあとで』中西出版

「おばけのマール」シリーズは、札幌のご当地絵本。円山動物園や雪まつりを舞台に札幌の風物をテーマに展開しています。北海道立三岸好太郎美術館との縁で、今回はじめて北海道を離れて、一宮市三岸節子記念美術館のある愛知が舞台となりました。 愛知といえば喫茶店文化、ということで「モーニング」のあとはどこにいくかがテーマになっています。マールをガイドしてくれるおしゃれなマダムがキーパーソンです。 A4変型判 24頁 定価 1,200円+税

上野 達弘・前田哲男著『著作物の類似性判断: ビジュアルアート編』勁草書房

最近アートにまつわる法律の本も増えてきました。 これは著作権侵害をめぐる紛争でもっとも多い類似性の案件、つまり「盗作」「剽窃」「パクリ」の問題を、法学者と現場の弁護士が研究した本格的な研究書です。 何をもって似ているというのかの法的な考え方がよく分かります。 例えば、「魔法使いの少年が登場するファンタジー小説」という抽象的なアイデアだけでは、それが共通するからといって著作権侵害の議論にはなりません。それが「ハリーポッター」という表現になって初めて、著作権が発生し他の作品と類

【美術・アート系のブックリスト】西田陽介著『地域と芸術文化投資』大学教育出版

著者は岡山大学大学院の准教授。美術館や芸術祭といった文化事業の運営について、問題点を整理する目的で書かれたもの。地域のブランディング、マネージメント、地方美術館の経営や資金調達、企業メセナなどを、いくつかの事例と他の研究者の論文、報告書などのデータで検討していきます。 ここから感想。 美術館の経営が税金や補助金に頼っていることや芸術祭も多くが自治体からの負担金で賄われていることはよくわかったのだけれども、ではどうすればそうした文化事業がもっと稼げるのかについては考察されてい

【美術・アート系のブックリスト】中村順一著『日本の感性と東洋の叡智』淡交社

東大を出たあと外務省に入り、本省勤務と外交官としての海外赴任の経験から、日本の文化の特徴を述べていきます。 移ろい、儚さ、余白、わびとさびといった日本文化の特質と言われるものを分析・整理しつつ、西洋と対比していきます。日本特有のものと東アジア全体で共通するものを分けて現象を整理しているのですが、淵源にたどってその意味を掘り起こしたり、西洋文化に対する優位性を具体的に述べることはありません。 ある意味教科書的な整理ともいえます。また、海外の人に、無や空といった禅の説明をする

【美術・アート系のブックリスト】 大久保喬樹著『岡倉天心と思想』 (日本の伝記 知のパイオニア) 玉川大学出版部

日本画を学ぶ人はもちろん、将来国際社会で生きていかなければならないすべての大学生に『茶の本』を読んでおいてほしいと私は以前から思っていましたが、これはその格好の入門書になります。 近代日本の文化政策の大元を創っただけでなく、日本画を自覚的に1つのジャンルとして確立し、世界に向かって自然と一体となったアジア的な思考方法を発信した思想家・岡倉天心の生涯をわかりやすく解説した「伝記」。 普通の伝記と違うのは、天心が一人称で語るところ。読者対象も小・中学生なので振りがなが多用され

【美術・アート系のブックリスト】とに〜著『名画たちのホンネ: あの美術品が「秘密」を語りだしたら…… 』三笠書房(王様文庫)

とに〜さんは元吉本興業の芸人さんで、「アートテラー」として活躍。アート系のイベントの司会やレポーターとしても美術業界でもよく知られています。昨年は、美術館を紹介する『東京のレトロ美術館』も出版されました。 本書は、有名絵画の絵の中の人物(風景や建物の場合も)が語るというユニークなアート本。史実に基づきながらも妄想の限りを尽くして語っています。俵屋宗達の「風神雷神」がサンドイッチマン風の漫才になっていたり、デュシャンの『泉』がヒロシ風に「便器です。・・・出品を拒否されたとです

【美術・アート系のブックリスト】中野明著『日本美術の冒険者 チャールズ・ラング・フリーアの生涯』日本経済新聞出版

チャールズ・ラング・フリーアとは、アメリカ・ワシントンDCのスミソニアン博物館群の中にある日本とアジア美術を集めたフリーア美術館の作品寄贈者。南北戦争後、空前の鉄道建設ブームに乗って巨万の富を築いた実業家であり、45歳の若さでビジネスを引退してからはホイッスラー作品を熱心にコレクションする一方、世界漫遊旅行で日本を訪れ、日本美術の蒐集に没頭した。 日清・日露戦争から第一次世界大戦の間という、日本が近代化を成し遂げる時代に約2000点を収集したとされる。その中身は葛飾北斎をは

【美術・アート系のブックリスト】 五味文彦著『『一遍聖絵』の世界』吉川弘文館

中学高校では『一遍上人絵伝』と習った。国宝指定名称も「絹本著色一遍上人絵伝」となっているがいまでは一般に『一遍聖絵』と呼ばれているらしい。著者は日本の中世史研究者。同姓同名の有名写実画家とは別人。 内容は『一遍聖絵』を第1巻から淡々と解説していく。場面、背景、登場人物、場面、構図を一つ一つ正確に記述する。まるで細かな事実を積み上げることで全体を捉えようとするよう。美術的、宗教的な説明ではない。一遍が立ち寄った場所(奥州から九州まで)を史実と照らしながら時期を特定したり、遺さ