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美術・アート系の本

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美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
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2021年4月の記事一覧

【美術・アート系のブックリスト】竹村公太郎著『広重の浮世絵と地形で読み解く 江戸の秘密』集英社

著者は建設省に入省し、国土交通省河川局長を勤めた工学博士。『日本史の謎は「地形」で解ける』『水力発電が日本を救う』など、これまで土木工学の視点で日本の歴史や文化について発言しています。 本書は「広重の浮世絵は、江戸時代の写真だ!?」と掲げて、地形、気象、土木インフラや治水の観点から「名所江戸百景」や「東海道五拾三次」に広重が描いた江戸の風景を見つめています。すると江戸の地形や歴史の謎が解け、知られざる江戸幕府の政治や仕組みの秘密も見えてくるとのこと。日本橋、四谷、新宿、溜池

【美術・アート系のブックリスト】コシノヒロコ著『コシノヒロコ HIROKO KOSHINO EX・VISION|To the Future 未来へ』青幻舎

4月8日から6月20日まで兵庫県立美術館で開催中の「コシノヒロコ展」の公式カタログ。 1937年大阪・岸和田に生まれ、兵庫・芦屋に在住。ファッションを年齢、性別、国籍、民族、社会的地位を超えるものとしてとらえて制作してきたそうです。展覧会では、コレクションで発表された洋服のほか、デザインの源としてきた絵画制作、若手アーティストとのコラボレーションなどを展示。日本を代表するデザイナーの一人の仕事の全貌を一望します。 確かにデザインされた洋服とドローイングを並べてみると、服に

【美術・アート系のブックリスト】平野淳子著『ゲニウスロキ』平凡社

武蔵野美術大学日本画科を卒業、箔、墨、版やデジタルなどの技法で表現を試みるアーティスト。本書は新国立競技場の建築の変遷を写真におさめ、地霊(ゲニウス・ロキ)が宿る土地の記憶を映し出しています。 新国立競技場の土地は、かつて鷹狩場のある武蔵野の野原だったらしい。やがて青山練兵場となり、昭和18年の出陣学徒壮行会では2万人の大学生が行進。昭和39年の東京オリンピックで五輪の聖地となり、2020オリンピックでリニューアルされました。平野はこの土地の変遷を写真と墨による蝶と花の隠喩

【美術・アート系のブックリスト】  今村信隆著, 佐々木亨著『学芸員がミュージアムを変える! 公共文化施設の地域力 』(文化とまちづくり叢書)水曜社

ミュージアムと人、ミュージアムと町との長期的なかかわりを考えるのが目的。3年間にわたる北海道大学での研究プログラムをまとめたもので、主に美術館、博物館の学芸員が地域とどう関わるかをレポートしています。 これまでのような単なる教育ではなく、医療と博物館との連携を探る試みや障害者アートの展示、高齢者との連携、郷土の作家をどうアウトリーチ(利用の裾野を広げるため施設訪問など対外的に広報活動をすること)するか、また文化拠点としてまちづくりとどう関わるかなど、さまざまな事例がまとめら

【美術・アート系のブックリスト】Maria Brophy著『Art Money & Success: A complete and easy-to-follow system for the artist who wasn't born with a business mind. 』

訳すと、「アートとお金と成功と ビジネスマインド・ゼロの芸術家のためのデキル成功法」。 カリフォルニア在住のサーフボードに絵を描く画家の奥さんが、ご主人をマネージメントした経験をもとに、どうすれば芸術家として経済的に生活できるかを説明しています。 実際の体験をもとに、宣伝の仕方、作品の値付け、注文の取り方、価格交渉、契約書の具体的な文言まで平易な英語で説明してくれます。小規模な作品販売から大企業と契約、チャリティの申し出への対処など、さらに無料で描いて欲しいと頼まれた際の

【美術・アート系のブックリスト】三浦篤著『移り棲む美術―ジャポニスム、コラン、日本近代洋画』名古屋大学出版会

グローバルな美の往還がテーマ 。日本からフランスへ渡ったジャポニズム、逆に留学生によってフランスから日本へと輸入された西洋絵画。その結節点として存在したアカデミズム絵画の画家ラファエル・コラン。美の因子がどのように移動し、変容し、開花したのかを一望します。 19世紀にアカデミスムと前衛の両方で流行した日本趣味の作例や、黒田清輝ら日本人留学生が影響を受けた作品とその元となった作品を並列して掲載するなど、モノクロながら豊富に掲載していて勉強になります。 美術の影響史といえばそ

【美術・アート系のブックリスト】尾崎彰宏著『静物画のスペクタクル オランダ美術にみる鑑賞者・物質性・脱領域』三元社

静物画に関する論文をまとめたもので、全体としては静物画がジャンルとして自立した17世紀に遡って、その美術史的な意味を探っています。 静物画というと、花や果物、道具や食品をモチーフにした絵として現代では一つのジャンルとなっています。一般には、神を頂点とする自然界のヒエラルキーに準じて、絵画は神話を描いた歴史画、司祭や王族など高貴な人物を描いた肖像画、人間界を描いた風俗画、自然界を描いた風景画、人工物を描いた静物画の序列があったと言われています。そして世俗化が進んだ17世紀オラ

【美術・アート系のブックリスト】 前田良三著『ナチス絵画の謎―逆襲するアカデミズムと「大ドイツ美術展」』 みすず書房

「大ドイツ美術展」といえば、1937年に「頽廃美術展」と同時期に開かれたナチス的美術を集めた展覧会。いまでは芸術的な評価は全く得ることはなく、研究の対象にすらならない。筆者はその歴史的意義を、展示作品の代表作であったアドルフ・ツィーグラーの《四大元素》に焦点を当てて掘り下げていきます。 《四大元素》とは、伝統的な三面の祭壇画の形式に描かれた四人の裸婦像で、それぞれが火土水風の四大元素を擬人化している。なぜそれがナチス美術あるいはナチス美学を体現しているのかを、筆者は様々な角

【美術・アート系のブックリスト】 岡部昌幸著『暗号で読み解く名画 美術鑑賞がグッと楽しくなる!』 世界文化社

例えばキリスト教の宗教絵画では聖母マリアには百合の花やトゲのないバラ、聖ペテロには鍵、ギリシアの神話画ではゼウスには牛や鷲、ヘラにはザクロといったように、登場人物を象徴的に指し示す「持物」がありまして、そのことをアトリビュートといいます。これを学ぶと、暗号を解くように絵画の意味を読み解けるので、美術鑑賞が楽しくなるというのが本書の主張です。 同じテーマの本はこれまでに何冊もでていますが、本書は代表的なものだけに絞ることで比較的初歩の人にもわかりやすく説明しています。描かれた

【美術・アート系のブックリスト】 宮下規久朗著『カラー版 1時間でわかるカラヴァッジョ』(宝島社新書)

ありそうでなかった作品編年体の伝記。 一人の画家に焦点を当てる本は世の中にたくさんありますが、概ねそれは伝記の形で画家の生涯をたどりつつ、ところどころに作品図版を差し込んでいくことが多いです。図版だけ本の冒頭や巻末にまとめるパターンもあります。本書は、時間を追って時代時代の代表作の図版を掲載しながら生涯をたどります。ありそうでなかった伝記形式です。  これは波乱万丈の生涯を送ったカラヴァッジョだからこそできたともいえます。普通の画家では、これほどドラマティックに生涯を描け

【美術・アート系のブックリスト】Cory Huff著『How to Sell Your Art Online: Live a Successful Creative Life on Your Own Terms』 ペーパーバック

訳すと「自作をネットで売ろう」。 画廊を通さず、画家自身がインターネットなどで作品を販売して生計を立てるための指南書です。ここでいう画廊を通さず、というのは画商との交渉が苦手な場合もありますし、単に自分一人で活動したいという場合もあります。いずれにしても、オンラインツールをどう使えば顧客を獲得できるかが書いてあります。 この手の本に共通するのですが、芸術家は経済に無頓着で、経済から離れて暮らしたいと思っているという現実に対する処方から始まります。 Facebookのほか、

【美術・アート系のブックリスト】 Vicki Krohn Amorose著『Art-Write: The Writing Guide for Visual Artists: Crafting Effective Artist Statements and Promotional Materials』

アーティストステートメントの書き方指南書。なかなかうまくまとめてあり、私の考えとも多くの部分で重なります。特に作品制作を「What」「How」「Why」の三つの曲面で語るところは、昨年、東北芸術工科大学と広島市立大学で私が話した内容とほとんど同じでした。 作家の常套句である「説明できない」「見る人が自由に考えて」に対する批判も、「何も考えていないアーティストにとっての便利な言葉だ」と手厳しいですが、その一方で「言葉ですべてを語らなければならないいわけではない。作品理解の手助

【美術・アート系のブックリスト】 Alix Sloan 著『Launching Your Art Career: A Practical Guide for Artists』

訳せば『さあアーティストを始めよう』というところか。 アーティストのための実践的ガイドというだけあって、アトリエの借り方、画廊へのアプローチ、展覧会の開き方、奨学金へのエントリー、美術業界の常識、売り上げの取り分、値付け、納税まで、これからアーティストになりたい人が知っておくべきことが一通り説明されている。最後に40人あまりの先輩アーティストや画商など業者からのアドバイス集があるが、概ね画商が夢を語り精神論が多いのに対して、アーティストのアドバイスが現実的なのが面白かった。

【美術・アート系のブックリスト】 上野千鶴子著『情報生産者になる』 (ちくま新書)

プレゼンやブログなども含めた広い意味での情報発信の方法を期待して読んだが、実際には専門性の高い論文を書くための準備と作業の具体的な方法が説明されている。それはそれで重要だし勉強にもなったのだが、私が想定する広い意味でのプレゼンの参考にするには、相当私が咀嚼、読解しなければと思いつつ読み進めていった。実際、アマゾンの書評にもあるように、タイトル詐欺と疑われても仕方ない(これは版元と編集者に責任がある)。 ところが、後半に引っかかる一文を発見して一気に面白くなった。「論文のコミ