イーター、太鼓……

⚠️喋る中性指揮官さんがいる
ワンドロに間に合わなかったので開き直ってじっくり書いたやつです。三年面子の絵しりとりと巡くん。

 イーター。円筒。ごつごつしたキュウリ。X。点々。マーライオン。

 全く共通点の見いだせないイラストたちを前にして指揮官は首を傾げた。これらの絵が描かれている黒板は、先ほどまで三年生が会議で使っていたものである。合宿施設の一室にある黒板に人やイーターの図を描き、陣形の確認や検討をしていたようだ。大変感心、と思ったはいいが、なぜか一匹の大型イーターから矢印が伸ばされ、その先に円筒の図が続いている。イーターを円筒に閉じ込める作戦でも考えていたのだろうか。

「指揮官さん、ずいぶん熱心に見ているな」

 指揮官が振り返ると、そこにはいつの間にか斎樹がやってきていた。

「学年別の会議、次は二年生の番だろう。この部屋を使うと聞いていたのだが、指揮官さんも同席するのか?」
「いや、今回の会議は君達に任せる。後から議事録の提出はしてもらうし、こうやって黒板の内容を確認したりはするけど——」

 てきぱきと答えた指揮官だったが、その顔はじいっと黒板に描かれたイラストの群れを見つめている。「これ、何?」

「気になるなら教えるが……」
「気になる」
「はは、即答だな。特段気にすることもない、至極どうでもいいものだが——」

◆◇◆

 三年会議にて。予定時間より少し早めに議題の検討を終わらせた三年の面々は、微妙な空き時間を持て余していた。合宿施設での夕飯の時刻まで、まだあと十五分ほどある。早めに食堂へ行ってもいいが、みななんとなく動くのが億劫で教室の中に留まっていた。

 そんなとき、しばらくそわそわしていた伊勢崎がすたっと立ち上がり黒板へ向かい出す。他の面子が訝し気に見守る中、彼は頼城が描いたイーターの図から矢印を伸ばして不格好な円筒を描いた。

「はい、太鼓! 次正義な!」
「おい敬、何してんだ」
「絵しりとりしようぜ! ご飯食べ終わったらおんなじ教室で二年と一年も会議するんでしょ? みんなで絵しりとりしたらめっちゃ面白くない?」
「あのなぁ……」

 伊勢崎にチョークを押し付けられた志藤が呆れながら話し始めようとすると、意外にも頼城から賛同の声が上がる。

「ふむ……形はどうあれ学校の垣根を越えた交流となるのは間違いない。……ところで、えしりとり、というのはどういったゲームなんだ?」
「あれ、紫暮知らなかったかあ。簡単だよ。しりとりの答えを口で言うんじゃなくて絵で描くの」

 こーやって! とびゃびゃっという謎のジャスチャーを交えて伊勢崎が説明すると、頼城は一応納得したような素振りを見せた。

「なるほど、特別な技術は必要ないのか。なら、まだ対面して日が浅い一年にとっても交友と団結を深めるいい機会になるかもしれないな」
「そういうもんかね……?」
「そういうものだ。さあ正義、敬から繋いだチョークを絶やさないように」

 きりりと言い放った頼城に急かされた志藤はしぶしぶといったふうに黒板に相対する。しばらくしたのち、遠慮がちにチョークを走らせた。

「これでいいか?」
「ばっちりだ。次は宗一郎だな」
「宗かー。オレ何描いてるかわかんねぇかも……」

◆◇◆

 そうして順繰りに黒板が彩られ、最後に頼城が矢後からチョークを受け取る……ことはせず、黒板のふちに置いてある別のチョークを手に取った。矢後がチョークを持ったまま教壇の下に寝転がったためである。伊勢崎から繋がれたチョークはここに絶やされた。

「……おい不良。この点はなんだ。真面目に描け」
「見てわかんねーの? ごまだよごま。戸上のヤツ、やっとこ? っつーんだろ」
「ああ、工具の一種だ。昨日浅桐が俺の部屋に忘れていってな。『や』から始まるものと聞いて、すぐに思い浮かんだのがそれだった」

 うむうむ、と目を閉じて頷く戸上。まさに傑作、とでもいうような自信に満ち溢れた態度だが、彼が黒板に描いた物体は最早「絵」と称するのも躊躇するような線が二本だけである。それらは真ん中より少し下で交わっており、なぜか四方の先端がぐにゃりと内巻きになっていた。

「俺の『ゴーヤ』はちゃんと伝わったようで何よりさね」
「宗が描いたの、オレ数学の教科書で見たことある気がする……」
「敬、Xは数学の常識も常識だ。まさか一次方程式も忘れたのか?」
「……ええっと。あ! 正義見て見て、紫暮がなんか描きはじめた!」

 志藤の説教が始まりそうな予感を感じ取ったのか、伊勢崎は頼城のほうを指差して彼の意識を逸らそうとした。つられた志藤が黒板の方へ顔を向けると、頼城が迷いのない線でしゃしゃっと絵を完成させてゆくのが見える。凛々しい鬣を持つ獅子の頭、きめ細やかな鱗を持つ魚の身体で、口からざばざばと水を吐き出す生き物——

「マーライオンだ」

 頼城はふふん、と鼻を鳴らして得意げな顔をする。ものの。

「『ん』ついてんじゃん。バカか?」

 足元から突き刺さってきた矢後の声に、彼はぴくりを眉を動かした。そのまま無言でげしっと教壇の下を蹴り上げたが、勿論反応はない。

「そうか。頼城は先週までシンガポールに行っていたからな。俺のように、ぱっと思い浮かんだのがそれなのも無理はないだろう」
「そういう問題か?」

 志藤が戸上のフォローに難色を示しつつ言葉を紡ぐと、ふと教室の扉ががらりと音を立てて開いた。

「おい、そろそろ夕食の時間だが……三年会議は終わったのか?」
「む、巡か」

 扉の向こうからひょこんと顔を出したのは斎樹である。斎樹に声を掛ける頼城の姿を見て、伊勢崎はいかにも名案を思いついた! というようにぱあっと顔を明るくした。

「ちょうどいいや! 巡ちゃんが紫暮の代わりに『ま』から始まるヤツ書いてよ!」
「……は?」

◆◇◆

「なるほど。三年会議の面子が余った時間を持て余した結果の絵しりとりか」

 斎樹から一連の流れを説明された指揮官は、顎に手を当ててふむふむと深く納得したような仕草をした。いかにも伊勢崎が言い出しそうなことだし、戸上の画伯っぷりは平常運転であるし、頼城がグローバルな解答をするのも彼らしい。とはいえ、絵しりとりに慣れていない彼が勢いあまって自ら墓穴を掘ってしまったのはいささか予想外ではあったが。

「そういうことだ、理解が早くて助かる。『イーター』は頼城が会議で描いたもの、横にあるのは伊勢崎さんが描いた『太鼓』、次にあるのは志藤さんが描いた『ゴーヤ』、横にあるXは戸上さんが描いた『やっとこ』、その下にある粒子は矢後さんが描いた『ごま』、そして最後に描いてあるのが頼城の『マーライオン』だ」

 斎樹がそこまで説明したところで、指揮官はふと疑問を覚えた。

「あれ、斎樹はまだ描いていないの?」

 彼の弁が正しければ、頼城が描いてしまったマーライオンの代わりに斎樹が何か他のイラストを描く流れになっていたはずだ。しかし指揮官の目の前にある黒板では、依然として煌びやかなマーライオンがイラスト群の殿を務めている。うむ、鬣の流れが一本一本丁寧に描かれていて見事なものだ。……ではなく。
 すぐに返事が返ってこないことを不審に思った指揮官が斎樹のほうを見やると、彼は眉根を寄せて何とも言えない表情で呟いた。

「どうしても、描かないとダメか?」

 そう言った斎樹の様子はいつものような毅然とした態度ではなく、指揮官は少しだけ面食らってしまう。それと同時に指揮官の脳裏にはある仮説が浮かんだ。

「もしかして、絵を描くのが苦手?」
「……好きなように解釈するといい。少なくとも、絵画の専門教育を受けていないことは事実だ」

 彼はふう、と息を吐きながらぽつりと言い放つ。要するに専門外だ、と言いたいのだろう。そう思った指揮官はぴんときたように軽く手を打った。

「それなら好都合だね」
「どういう意味だ、指揮官さん?」
「専門外のことこそ挑戦しないと! ……って、頼城が君によく言っている。ほら」

 そう言って指揮官は斎樹へぽんとチョークを手渡す。そして矢後が描いた黒板上の点々を指で軽く叩き、そのまますーっと余白の部分まで指を移動させた。

「はい、ごまだから次は『ま』だ」

 指揮官は期待を寄せた目で彼を見つめる。その視線に根負けしたように、斎樹は渋々黒板にチョークの先端を当てた。

「言っておくが、期待はするなよ」
「大丈夫、頑張って予想するよ。自分は絵に自信があるんだ」
「……その言い草だと、もしかして俺の次は指揮官さんが描くつもりなのか?」

 とん、と胸に拳を当てて自慢げにしている指揮官。どうやら指揮官の中では既に絵しりとりへの参加は決定事項のようである。

「指揮官さんって、意外といい性格してるよな……」

 斎樹は呆れつつもチョークを持ち直し、ぎこちなく動かし始める。その様子を指揮官は満足そうに、そして楽し気に見つめているのであった。

〈了〉