1972年12月10日(雨のちくもり)の 日記

1972年のこの日に私は日記を書き始めた。きっかけは何だったのだろうか?
今では思い出すこともできない。1972年(昭和47年)は日本では沖縄がアメリカから日本へ返還された年である。今スマホで調べてみたらそう表示された。あさま山荘事件もこの年との事であった。あさま山荘事件は子どもの頃学校から家に帰ってくると、テレビの中継をず~っと見ていた鮮明な記憶がいまでもある。ただその時の私の記憶では自分は小学生のような感じがしていたが今改めて自分の日記を読み返してみて自分が中学生であったことに気が付いた。ある人に仕事のクレームを通して電話で「大切なのは記憶より記録でしょ」と言われた事がある。本当にそうだと思った。当時の私は東北の雪深い田舎で平凡な中学生生活を送っていた。(いまも平凡な生活ではあるが)今の私の書く字はきたない(妻から)が日記の字はとても読みやすい。部活もやめてヒマだったので時間もありけっこうあり沢山の文章を書いている事に私は驚いた。そのころ私のクラスでは文字のレタリングがはやっていて明朝体やゴシック、丸文字などに友達とこっていた記憶がある。
1972年9月には日中国交が回復して二頭のパンダが日本に送られた年でもあったようだ。
日記を書き始めたこの日は衆議院(第一次田中角栄内閣)が解散総選挙された投票日でもある。
そういえば”日本列島改造論”という言葉が華やかに日本中を飛び交っていたが、私が住んでいた田んぼだらけの田舎道でもあぜ道がある日、あっと言う間にブルドーザーで削り取られてしまった。私が生まれる前からどれだけ沢山の農民が歩いたか知れない道がわずかな土を掘り起こしただけで跡形も無く無くなっていたのを見たとき。地球の上では人間の歴史なんて何て薄ぺらいものかとおおげさに思った記憶がある。


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