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ゆらぎ

 芸能人の自死の話をされる方が続いた。
「悲しいけど、あんなふうに死ねない私にも嫌になってしまって」

「うん、うん」と聴きながら、自殺前の心理、落ち込んでるときに、吸い込まれていくように、死ぬことが、迫る状況について、なるべく負担にならない言葉を選びながら伝えた。 反応を受け止めつつ、深刻さ、切迫感など測っていた。
ふと力の抜けた表情になり、
「死にたい、という話ばかり聴いてるのも辛いですよね」
と、気を遣ってくれる。
 彼女は40歳台半ばで、子育ても一段落し、不全感、空虚感を抱えていた。一昔前だと、空の巣症候群とも言われるのだろう。詳しく話を聴くと、虐待の加害者だったり、幼少期にネグレクトがあったりと、彼女なりの大変さを抱えていた。

彼女の屈折した話を聴きながら、ワイドショーで過ぎていく昼下がりの時間、自殺、遠い国の生々しい戦争の話題は、まさに、死と向き合う孤独な時間だろうと感じた。

 彼女は椅子の背もたれを確かめるように触りながら聴く。

「どうやったら、死にたいから、逃れられますか?」
「どうでしょうか。死をなんとなく言葉やイメージで囲みつつ、死にながら生きてることに、しょうがないな〜と思いながら、乗っかっていくというか。」
 今日は、私の中の「死について」が、少しぼんやりしていると思いながら、続けた。
「生きていることに、死も内在化されてる、なんて力強い達観まではいかないのですが〜」

彼女は笑顔になって、「でた、内在化なんて、なかなか難しい言葉で、そうはいかないわよ、って思ってしまうけど」
「あくまでも理想といいますか」
「理想ね、先生の言葉、ときどき変ね」

とりあえず、切り上げることにしようと思い、
「まあ、また、この話の続きをしに来てください」
と言った。
彼女は笑顔を浮かべうなづいて、去っていった。
このあと、夕食のメニューなどを考えて日常生活が現実感を呼び覚ましてくれと期待している私に気付く。
また願望を祈ってしまった。

診察室で、ダラダラと事務作業が続いた。
ふと、死なんてたった一度しか経験できないし、誰も、本質を語りえないから、時には、死の周囲を平凡な言葉で、囲む、などと思った。怖れや不安、悲しみなど、辛い気持ちがある中で、希死念慮は究極でもあり、諦めでもある。
患者さんを次につなげながら、ひっかかる言葉を探求していく。時間稼ぎなのかとも思う。

それでも、ポエムでも、ギャグでもいいから捻り出せ、と師匠は言うであろう。

ワイドショー死を予感する孤独あり我にかえりて餃子を食べて

生き死にの話題のあとに天津飯 卵はわりと許してくれる

ネガティヴとポジティブ溶けて蘇りバター醤油は罪責感あり
生きててとすがりついたら死にそうで雲の近くで言葉を探す

浪花節たまに聴いたらとラップ調 シング シングル シンキングタイム

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