自由帳における際限


 外来が忙しくなりました。
少子化を心配する優秀な大学の先生と、そんな悠長なこと言ってられないと日々の暮らしに奮闘するシングルマザー。色々な恋の形があります。

 こんがらがっている日本の欲望。


狭い診察室で、私に話すより、もっと自由に恋愛して、想像力を広げてください、と言いたくなります。
ぐっとこらえて、聴かせて頂く立場に徹しました。

拝聴していると、空間軸、時間軸で考えた方がいいのか、もう少し絞って、「恋愛忌避」を詩的に考えた方がいいのかと迷います。
 例えば、島国だから、他人の眼が気になる、日本語だから、主体性を失うみたいな説明で本当に良いのだろうか、と疑問を抱きます。ウェットな恋愛を通らずして少子化の雨はやみません、当たって砕けろ、なんて連想が浮かびます。スマホに縛られた人間関係は、隣組のような面倒くささがあるのかもしれません。

人間らしさは欲望にあり、恐れず進め!と思いつつ、進んだ先の、育児をする際の父親や母親のロールモデルも弱って萎縮しやすいように思えます

 陰鬱な仕事の後、久しぶりにエロスの師匠に会いに行きました。
 週末が近づくと、師匠は表通りから3本ぐらい入った所のスナックで、鍛高譚を飲んでます。会えない時は、ナイトタイムの必殺技を仕掛けに行ってます。
(師匠の言葉によると欲望はキリがないから、足るを知る哲学に至るために技の鍛錬が必要だそうです。欲望にまみれた師匠は、女性をよく笑わせます。笑いながら、インパクトのあるオチをかまします。だいたいそういうオチがついた時は、新たな恋に疾走しています。)

師匠が言うには、今の日本は、欲望爆発の前駆期にあたると言います。色々なバッシングも、以前よりも極端になり、エロス讃歌が減ってしまい、表と裏の使いわけが下手になっているそうです。
「それでも欲望は循環する、波はくる」と確信めいて、師匠は呟きます。

 師匠の熱い経験からすると、局所的には昔よりもテクニックや口説き文句のレベルは向上しているといいます。それを持続的に楽しみ、社会でエロスの禁断の空間を盛り上げよう、許容しようという合意形成が困難になっているそうです。
他者が排除される日本のエロスを熱く語る師匠は、プロなのか、クズなのか分かりません。

 ちなみに、このスナックでは、師匠はクロ先生と呼ばれます。師匠の目の前では、沙織さんがビールを飲んでいます。
「そりゃ〜、クロ先生の仕込みがすごいから、この前の同伴出勤でも、もう無理って言っているのに、なんだかんだでなぜか、エッチの後に、2人でパフェを食べていたのよ 」
黒髪を綺麗にまとめ、水色のブラウスを着た沙織さんは、ニコニコ笑いながら、遠慮なく秘め事を開示します。師匠は、少し照れながら、満足そうな様子です。
「もう、沙織さんみたいな方とデートをしてたら、女友達のような、母のような、年の離れた娘のような気がして」
「楽しいし、興奮した後に冷静になったときの沈黙が愛おしくて」
横で聞いている私は、師匠のいつもの勢いに感服しています。
 師匠は食事も思想に満ちてます。
勝負の時に「持続可能な勃起力」を維持するために、普段は玄米、魚、赤身の牛肉と大量の緑黄色野菜を食べますが、デートの時は、パフェを2人で食べっこという、卑近な技も良しとしてます。ぜんざいに焼き餅、クレープにも目配りをしています。

 私は沙織さんに聴きます。
「もし、クロ先生が旦那だったら、あっちこっちで遊び歩いて困るでしょう」

「もうその感じは通り過ぎちゃったかな。また若い男と結婚しても、クロ先生とは、こっそり遊びそうで」
「クロ先生って不思議なのよね。ジェラシーが沸く前に許してしまうし、人たらしというか。まあ腰砕けというか」
  可愛らしい沙織さんの師匠への親愛に満ちた言葉に、とてもかなわないと思った私でした。
その後、沙織さんは他の女性も交えて、「ポリアモリー万歳」ということで、いかにあっけらかんと性欲を生き抜くか、堂々と語ります。

師匠も「遺伝子よりもタンパク質の時代やからね」と意味深な相槌を打ってます。
 数ヶ月前は、「エロスは秘め事、奥ゆかしさにあり」と話していたのに、この変わり身の速さ、置いてきぼりを食らう感じです。
(師匠の最近の研究を端的にまとめると、脂肪の塊、遺伝子のうごめき、タンパク質注入というタームに集約されます。)

 昼の少子化対策への真剣な問題提起は忘れ、自分の未熟なジェラシーを打ち消すために、ひたすら、悪酔いした夜でした。

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