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それでも忘れられない君へ。②

 加奈子が野球部を辞めた理由、それは加奈子自身の喫煙である。
 自業自得と言われるかもしれないが、その実態は加奈子の、学外の男友達に薦められて一服したところを、生活指導の教師に見られてしまったことだった。もちろん加奈子は事情を説明したが、それでも喫煙した事実は残る。野球部は強制退部、男友達とは連絡禁止。両親にもめちゃくちゃ怒られたし、土日を挟んで1週間の停学、自宅に引きこもっての反省文作成と、人生のなかでも一番無意味な時間を過ごすこととなってしまった。
 1週間後、学校に復帰した加奈子はひどく落ち込んでいた。快活なお調子者だった姿は完全に過去のものとなり、友達だった同級生たちはそんな加奈子とは距離を置くようになった。その一方で学校からはマークされ、特に体育教師達からは喫煙の件、学外の男子との交際をネチネチと言われるなど、軽い嫌がらせも始まっていた。
 そのうち学校に通うのも辛くなってきた。だからと言って、自分のことを許していない母親がいる家にはいられない。保健室にも行けばそれこそ後ろ指を差されてしまう。しかし、どこにいれば良いのか… 考えれば考えるほど、むしろ自分が非行少女、あるいはなんたらキッズの仲間入りを果たしそうな気がしていた。

 そんな時に助け舟を出したのが、2年生となって新しく担任となった元林(担当は日本史)である。
 元林は約1年の産休から復帰したばかりで、引き継ぎ事項として加奈子のことも聞かされていた。しかし男に強要されて一服したのが常習者と同じペナルティというのも随分割に合わない。これは元林の想像だが、加奈子が野球部のマネージャーであることがポイントで、加奈子の悪い影響が野球部員にくっつかないよう、過剰反応しているようにも感じた。
 そして何より、教室で目にした加奈子は明らかに覇気を失っていた。

 元林は放課後、すごすごと帰る加奈子に声をかけた。
「美術部とかどう?」
「…え?」
 加奈子は挨拶ゼロで声をかけてくる教師に、思わず目を丸くする。
「美大目指している野口っていう、一人しかいない部活だけど。時間潰すには良いんじゃない?」
 と言い、元林はその場を立ち去った。元林にとって、綾は2年前の教え子である。

 翌日、加奈子は美術室の前にいた。
 加奈子は美術のセンスがまるで無いことは承知しているし、地元の美術館にだって一度も行ったことはない。しかし、まっすぐ家に帰るのもなんとなく嫌だし、駅ビルやショッピングモールで、一人で時間を潰すというのも気が引ける。新しく担任となった元林先生は産休で学校から離れていたということもあり、他の先生とは明らかに接し方が違っていた。
 あの一件以来教師たちは妙によそよそしかったり、逐一嫌味を言ってきたり… 。それに比べれば、元林先生だったら信用しても良いかもしれない… 人とのつながりに飢えていた加奈子にとって、元林の助言はまさしく蜘蛛の糸だった。

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