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それでも忘れられない君へ。⑥

 美術室の鍵をかけ、校舎から徒歩5分のところにあるコンビニエンスストアに二人で向かう。
 綾は一枚絵を描きあげると、やたらと甘いものを欲しがる。今日は朝からずっと絵を描いていたというだけあって、学期中よりもその量もタガが外れている。どらやき2個に羊羹、大福、チョコパン、そして500mlのチョコ入りバニラアイス…
「そんなに食べられるの?」
「昼食べてないのよ。これぐらい余裕余裕」
 加奈子の心配をよそに、綾は嬉々として黄色のカゴにお菓子を放り込んでいく。元野球部のマネージャーとしては、好物ばかりで栄養バランスなど微塵も考えていない「食事」がとにかく気になるが、これで上手くやっていけてしまっているのならば文句も言えない。加奈子は1個60円の小さなカップアイスだけを購入し、しれっと綾におごらせた。喫煙の一件以来、お小遣いも半分に減らされているので、こういう節約もしていかなければいけない。

 アイスはすぐ溶けるということで、店の外にあるベンチで食べることにした。慎ましやかに小さなカップアイスを食べる加奈子の横で、綾は500mlのアイスをむしゃむしゃと頬張る。本人としては上品に食べているつもりかも知れないが、口の下についたチョコ色のクリームが、綾の見た目の少年感をさらに加速させる。
(本当、子供みたいだな…)
 そう鼻で笑って見せる加奈子だが、ひと仕事終えた綾の充足感はかつて、野球部時代に観ていた部員たちの表情とも重なる。その姿は弟のようで微笑ましくもあり、同時に複雑でもあった。

 コンビニからの帰り道、遠目に校外ジョギングをする野球部員たちの姿が見えた。
「エイサー」
「オッオッ」
 と、野球部独特の掛け声もだんだんと近づいてくる。
 その声が近づいてきたとき、加奈子は直進で言いところを右折し、道から逸れてしまった。それだけではない、そこに立ち止まるだけでなく、学校とは無関係な方向へと歩を進めていく。

「加奈子? どうしたの?」
 と、甘いものが入ったトートバッグを抱えた綾が声をかける。その綾の横を、野球部の一団が

「エイサー」
「オッオッ」

 の掛け声をかけながら通り過ぎていく。しかし加奈子は立ち止まらない。

「加奈子!」
 綾は加奈子に聞こえるボリュームで再び綾に声をかけた。しかし、加奈子は聞き入れず、そのまま歩を進めてしまう。さすがにしびれを切らした綾は、トートバッグを片手に加奈子を追いかけた。

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