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『老アントニオのお話し』続編#7  第5部 先祖たちの語り(後編)

第5部 先祖たちの語り(後編)(2007年1月~12月)


目次
はじめに
17 墜落する星(2007/1/3)
18  クカパの太陽と月の起源(2007/4/10)
19  クカパ叔母と甥と怪物(2007/4/10)
20  光についた傷(2007/6/6)
21  でんぐり返し(2007/6/1)
22   光と影のかなわぬ愛(2007/6/12)
23 人喰い(2007/7/17)
24 監視人たち(2007/7/19)
25 天空を読む(2007/10/17)
26 ソンブラ(影は月の追い立て役(2007/12/15)

はじめに
 「別のキャンペーン」の第1段階の全国キャラバンは2006年11月末に終了した。2007年3月に始まった第2段階は、メキシコ北部の諸州から南下し、とりあえず6月で終了した。その後は、チアパス州での第2回世界の人民とサパティスタの集会、ソノラ州での第1回アメリカ大陸先住民族集会など、様々な集会やシンポが開催された。後編に収めた10編のうち、4編は北西部の先住民族であるヤキ(2編)とコムカック(2編)に伝わる伝承を踏まえたお話となっている。またもう1編は西部の先住民族プレペチャに伝わる伝承に基づいている。語り手が老アントニオとされているのは3編だけである。この時期のお話には、監視人(vigilantes)というテーマが頻繁に扱われ、副司令マルコスによる探偵小説『厄介な死者たち(Los muertos incómodos)』や官能?小説『火と不寝番の夜(Noches de fuego y desvelo)』の場人物が語り手となっている。その代表格はEZLN調査委員エリアス・コントレラスで、彼がパートナーのラ・マグダレーナ(トランスジェンダー)にした古老たちのお話という形をとっている。


17 墜落する星(2007/1/ 3)

 1歳から100歳までの女の子のためのお話(われわれは入学試験を受ける権利を保留する)
-メキシコ・チワワ州フアレス市行方不明者たちの母親委員会ママ・コラル、メキシコの先住民の女の子、メキシコと全世界の女の子に捧げる-

ママコラル

  ママ・コラル(中央コンセプシオン・ガルシア・デ・コラル)を
  囲むサパティスタ

 EZLN調査委員エリアス・コントレラス、墜落する星のお話をラ・マグダレーナに語る。
「星はもともと墜落してはいない。墜落しているように見えるけど、実際は墜落していない」

 エリアス・コントレラスはラ・マグダレーナに言った。ラ・レアリダーの夜明け前、二人は、サパティスタのラ・レアリダーのまわりにある丘のひとつに座り、ひと筋の光を見つめていた。その光は、夜明け前の真っ暗な闇を切り裂くように、いきなり飛び込んできた。その時、ラ・マグダレーナはエリアスといっしょだった。悪と悪者を探索するため、二人はメキシコ南東部の山中に分け入っていた。
 その後、エリアスはそのお話を私にしてくれた。だが、私はそのお話をずっと忘れていた。下のメキシコの北西部にあるコムカック、つまりセリの大地に来て、降るような星空の下にいたとき、そのお話をふと思い出した。

 セリの大地はまだ夜明け前だった。 「別のキャンペーン」を展開しているEZLN第六委員会がおこなった最初の全国ツアーの途中に、われわれは、コムカック国、つまりセリという名で知られるインディオの人々が住んでいる危機に直面した土地に至った[2006年10月22日]。セリ民族の統領の一人と話しながら、われわれは、誇り高きセリ民族の中心的シンボルであるティブロン島〔カリフォルニア湾に浮かぶ最大の島〕の雄大な姿が望める海岸に沿って歩いていた。

ティブロン島

       本土から望むティブロン島 

 セリ民族は戦闘的な人々である。いくたの強欲な徒党連中によって、何世紀も追いまわされ、苦しめられ、迫害されてきた。いちばん最近の無頼の徒党は、連邦政府やソノラ州政府や自治体政府が使っているブランド服をまとっている。この連中は、ティブロン島をわが物にすることを画策し、島を高級観光休暇センターに変えるつもりである。今では「近代性」を装っているが、これまでずっと続いてきた野望に対して、セリ民族は抵抗し、自分たちの領域、文化や歴史を防衛している。
 ときおり、より合わさった針金のような光が天空から降りてくる。そして一瞬だが、ティブロン島の南側のシルエットを照らし出している。セリ民族の統領と私は、われわれ人民の苦悩について話し合った。われわれの言葉と同じように、雷鳴はだんだんと広がった。やがて、夜の影のなかでも、われわれのあいだにも、沈黙がやってきた。われわれ人民の苦悩がもたらす影がそこにとどまっているようだった。

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       プンタ・チュエカのコムカックの統領

 それを否定するかのように、突然、一つの星がいつもの指定場所から離れた。そして、大地とキスをしたいかのように、われわれのいる下の世界まで落ちてきた。最初の星に続き、別の星も、次々と落ちてきた。ほんの数秒もしないうちに、すべての星が家出し、別の天体、つまり下にあるわれわれの天体に引っ越したかのように思われた。
 セリ民族の統領と私は何も喋らなかった。じっと黙ったまま、われわれはそうした兆しを眺めていた。私はパイプに火をつけた。セリ民族の統領は言葉の火をともし、つぶやいた。
 「『時が来たようだ』と、われわれの先祖は言った」
 夜明け前が朝に席をゆずり、暗闇に沈んでいた島は、その巨大な心を海の真ん中に見せるようになった。セリ民族の統領は踊り、部族の女性たちは唄った。その歌や踊りはわれわれのためではなかった。大地、母なる存在のためだった。
 「われわれはあなたを大事にする」という約束のメッセージである。「われわれはあなたを防衛する」と約束を伝えたのである。

女性の踊り

       先住民族セリの女性の戦士の歌の踊り

 先住民族セリの女性たちが歌う戦士の歌を聞き、先住民の統領の踊りを見ながら、私は、数年前、EZLN調査委員エリアス・コントレラスが話していたことを思い出していた。

 おそらく、私の話を聞いている人の中には、何年か前、サパティスタ領域にあるトホラバル地区にある小高い丘に座っていたエリアス・コントレラスとラ・マグダレーナがどんな人物であるか(あるいは、だったのか、そしてどんな状況にあったのか)について、不案内な人もいるだろう。その二つの一月の夜明け前に発生したという雷鳴がどのようなものか知らない人もいるだろう。
 とりあえず今は、エリアス・コントレラスは、サパティスタの古参兵士の先住民で、いくつかのサパティスタ反乱自治地区で支援活動をおこなっていたEZLN調査委員だったとだけ、皆さんに言っておこう。サパティスタにとっての調査委員は、市民社会の皆さんが探偵とよんでいるものに相当する。そして、ラ・マグダレーナは同性愛者の市民で、性転換手術をするため、通りで仕事をし、お金を稼いでいた。

 数年前、エリアスとラ・マグダレーナはメキシコ市で知り合い、ラ・マグダレーナはわれわれのコンパニェロ/コンパニェラになった。男にせよ、女にせよ、性別と無関係に、サパティスタになったのである。彼/彼女は、ナディエ〔『厄介な死者たち』に登場するEZLN特殊部隊メンバー7名の仮名〕やエリアス・コントレラスとともに、悪と悪者と対決することを決意した。その闘いのなかで、ラ・マグダレーナは命を失うことになった。

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                           副司令マルコスとパコ・タイボ二世の合作
        『厄介な死者たち』 の表紙


 しかし、皆さんにお話していることは、それが起きてからかなり月日がたった時のことである。だから、今、現在という時点で何が起きているか、皆さんが想像できるようにしたい。愛、この何とも図々しいものは、どうすれば密かに隠せるのか。そして、こちらの側における言葉で表現できるのか。われわれはそれを見守ることができる特権的な観客になれるだろう。
 では、皆さん、想像してください。
 
 われわれがいるこちら側は、まだ夜明け前だった。長く深い横たわる天空には小さな光が輝いていた。夜と木々が作りだす二重の暗闇に、影法師のように寄りそう二人の像があった。

 -ラ・マグダレーナはエリアスの肩に頭をもたれかけた。ラ・マグダレーナは何も言わず、手を伸ばし、ひとつの流れ星を指差した。その流れ星によって、動かない星だけであることに嫌気がさしていた天空の単調さは、打ち破られることになった-

 二人が生きていた時代の隔たり、そしてラ・マグダレーナが男であるが、男でも女でもないことを知ったエリアスの心に生じた違和感にもかかわらず、EZLN調査委員の同志エリアス・コントレラスは、 ラ・マグダレーナの「教師-指導者-父親-兄」にして、表には出せないが崇拝者という役割を自ら買って出た。
 エリアスは自分の持ち場にいる。彼はこの大地で起きるすべてに注意を払うのが自分の責務と考えていた。やがて、エリアスは話を始めた。ラ・マグダレーナに何かを説明するためエリアスが創りだすお話と同じように、そのお話はいつ終わるとも知れず、徐々に構築される。だから、われわれは彼が話を続けるのをさえぎることはしない。

 「われわれのもっとも年長の古老たちは、ずっと前、いちばん最初の時間があったことを話してくれた。その時間は生まれたばかりの新しいものだったと、われわれの物知りの老人たちは言っている。生まれたてのヒヨコのように、時間はほとんど歩けなかったといってもよい」

 -黙って座っていたラ・マグダレーナは、最初の一歩を踏み出そうとする小さな女の子の姿を思い浮かべていた。どんな原因、理由や動機はよくわからないが、エリアスも一人の小さな女の子を想像しながら、話しつづける-

 「まだうまく歩けないので、その時間はつまずきながら歩いていた。時間はつんのめりながら歩いた。自分の身体の端にあるもの、つまり足が、口に入れるだけでなく、歩くことにも役立つことを知ったばかりの幼子のようであった。こうして、生まれたばかりの子は、母親のナグア〔先住民女性の巻きスカート〕、椅子、机などをつかみヨチヨチ歩きをしている。つかむものがなければ、バタ!と地面に倒れるからである」

 -並んでいたラ・マグダレーナとエリアスは、女の子が尻餅をついて倒れこむ様子を想像した。彼女は、目撃者の有無を確かめ、泣き声をあげるかどうかとっさに計算しているようだった。お互い見つめるともなしに、二人は微笑んだ。 エリアスは話を続けた-

 「まだうまく歩けないため、いちばん最初の時間はとてもゆっくり歩いていた。今のように、時間が大きくなって、全速力で駆けることはなかった。最初の時間はほんの一瞬でしかない。
 そのことはおまえも知っているだろ。悪辣な政府に対してわれわれが武装蜂起して、10年、いわゆる「デカーダ」以上の年月が経過した。このデカーダという単語は、新しく知った言葉で、10年を意味する。つまり、10年のかわりにデカーダというのだ。すると、10年ではないように思われるけれど、実際には10年である。だから、ことによっては都合のいい表現になる。なぜなら、ある人が、デカーダも学校に行ったが、学年は進級していない。つまり、学校に10年間いたけれど、何も習得しなかったというより、少しは傷つかないことになる。ついでに、例をあげれば…」

 -「あなたの話は散漫よ。愛しい人」という表情で、ラ・マグダレーナはエリアスを振り返って見た。エリアスは、ラ・マグダレーナが「デカーダ」の意味を知っていることに気づいた。だから、そのテーマは終りにして、元の話を続けることにした-

 「さて、万事がとてもゆっくり進んだ。すべてのものごとは多くのものを創りだすための独自の様式や時間をもっていた。例えば、話をすること、つまり話すことと聞くための様式や時間があった。ラ・マグダレーナ、おまえも知っているだろう。市民の人は話をするための様式や時間をほとんどもっていない。サパティスタの男女と出会って、彼らが話をはじめると、彼らからマイクを取り上げるのはとても難しいと、私は思っているが…」

 -ラ・マグダレーナは非難するようにエリアスを見つめた。エリアスは自己弁護した-

 「わかったよ。何もそんなことを言ってない。こう言いふらしているのは副司令だ。市民社会の人はマイクを握ると離そうとしない。手に接着剤でもついているようだ。似たようなことを都会で一度だけ体験したことがある。歯を磨こうとしたとき、歯磨き粉ではなく、接着剤を歯ブラシにつけたが、それに気づかなかった。接着剤のチューブが歯磨き粉とそっくりだったからだ。当分のあいだ、ガチッと引っ付いた歯で過ごすことになった。何も飲み込めず、かなり痩せてしまった。短気だったからだとか、気性が荒く、歯ぎしりしたせいで、物を食べられないのだろうと、皆は僕に言った。だけど、歯ぎしりなどせず、たんに歯が動かせなかっただけである。僕の歯が不動だっただけである。この『不動の』という言葉は、僕が新たに習得したものである。その意味は動かないということである。そこにあるだけで、何も起きないということである。そこで…」

 -テーマに集中するよう諌めたのはラ・マグダレーナでなく、エリアス自身だった-

 「さて、世界を創った最初の神々は、元来とてもお喋りだった。話しに熱中したので、世界が完璧で完全なものにするため、必要なことを急いでする気にはならなかった。神々が責務をなかなか実行しなかったので、大地、われわれの最初の母も、お喋りに夢中だった。だが、話し相手はさほど多くなかった。大地は天空を歩むものと話しだした。つまり、雲、太陽、月、星、さらにある種の鳥とも話したそうだ。だが詳しくは知らない。最初の神々が鳥を創ったのかどうかも、われわれは知らない。大地と天空を歩むものたちはその場にとどまり、あれこれと無駄口をたたきだした。そして、大地に向かって次々と不平を漏らした。大地は次のように言った。
 『 そうじゃない。それらの神々はいちばん最初の神々だけれど、とても寝坊だった。わずかばかりの低木を私に植えつけ、河川や湖が私の上にはりつけられた。海は放り投げられ、七つの部分に分断され、今のような状態になった。その後、よく言われているように、母なる大地は壊されてしまった。だから、私もバラバラに分断されている。いずれ、地理や大陸によって、まる裸にされた状態である』
 すると、雲たちが言った。
 『私をよく見てください。神々は私をとても太らせてしまった。一方、私の別のお喋り仲間ときたら、完全にペチャンコになっている。今では、彼女は、私が彼女の食べ物をガツガツと食べていると言いふらしている。おまけに、私にはこの色の汚い服を着せられているのに、彼女といえば、とても白い服を着ており、自分が純粋だと思い込んでいる。このあたりをあちこちフラフラと歩き回っていることをわれわれはよく知っている』

 -その後、やせっぽちの雲が喋りだした-。

 「というのも、最初、われわれをとても頑丈に創ったのよ。どこであれ、よくわからないところへ、われわれが風で吹き飛ばされないようにした。だから、われわれは墜落するしかなかった。だって、とても重たかったから。その後、鳥はわれわれと出くわすたびに、われわれ雲を平手打ちすることになったの。
 『オバちゃん、破壊や虐殺は忘れることよ。そんなことは、新自由主義的な資本主義のほうが先を行っているぐらいよ』
 こうして、帰りには、われわれは少しばかり軽くなった。いくつかの雲はもとから痩せっぽちだった。すまして歩くオバちゃんのようにね。重いものを彼女たちから取り除く必要など、もとからなかったのである」

 大地と天空を歩むものは、お喋りやうわさ話にうつつを抜かし、口のきき方を知らなかった。だが、われわれの最年長者たちは言っている。大地、われわれの最初の母親は、口のきき方を知らなかったわけではない。彼女は話の聞き役になっていた。なぜなら、反対側に行けないからである。その場にとどまるだけで、何も言えなかったのである。
 『さて、オバちゃんたち。もう行かねば。フリホールが焦げているから』
 しかし、まだフリホールはなかった。これらの神々、最初の神々は、何も急ぐことがなかった。ましてや、ありもしないフリホールを作り続けることはなかった。
 それゆえ、大地は嫌になるほどたくさんのことを我慢して聞かねばなかった。大地は、良いことや知的なことも聞いていた。なぜなら、別のキャン…失礼、銀河系…失礼、世界があったからである。 
 とはいえ、その世界はまだ世界ではなかった。むしろ無秩序の展望といったところだ。つまり、あらゆるものが同じ時間、あらゆる場所に混在していたのである。『無秩序の展望』については、ラ・マグダレーナ、後でおまえに説明してやるよ。今は、僕に話に口を挟まないでくれよ。僕から何トンものお話が消えてしまうから」

 -ラ・マグダレーナは「何にも言ってないわよ」という顔つきだった。満足したように、エリアスは話しを続けた-

 「さて大地はマメス[先住民族ケクチの雷の神]とも話し合った。われわれの先祖は、雨を創る神々、雷鳴の神々をマメスと呼んでいた。多くの陰口や噂話のなかで、大地は天空を歩むものたちと取り決めをおこなった。
 その取り決めというのは、天空を歩む雲は、疲れたなら、大地にある水瓶を見つけ、そこで雲は休息するということだった。別の側から、つまり下の世界から、ものごとを見つめるため、雲はバッタリと倒れこむのである。
 それと引換えに、もっとも最初の大地がお願いしたのは、大地が助けを必要とする時、天空を歩むものたちに大地を助けてほしいということである。昼はまだ来ていない。神々は昼を創っていなかったからである。夜もまだ来ていなかった。夜ができていなかったからである。
 やって来たのは夜明け前である。ついに、神々は男女を創ることを理解した。最初の神々がどのように最初の男女を創ったかというお話は、また別のお話である。以前、その話はしたはずだ。そうでなかったとしても、その別の側にそのお話はある。
 やがて、神々は大地の男女を創った。神々は、男女の母親の任務、つまり男女を世界に産みだし、育てる任務を大地に与えたのである。
 これらの神々は男女を創ったものの、男女を世界に追い出しただけにすぎない。日々、男女が食料を手にでき、哀しい気持ちになっていないかを確認していなかった。神々は食料を何も作らなかった。最初の男女にポソーレさえ与えなかったのである。良き母親である大地は、腹に入れるものを探し、男女があちこちと大地を彷徨っているのをじっと眺めているだけであった。
 母なる大地はとても心配だった。そう、大地は歩いてはいない。もとから歩けなかったので、自分の場所でじっと静かにしていた。しかし、母なる大地は、急に発熱したかのようになった。言い換えれば、震えて身もだえし、身体がバラバラになるような気がしだした。
 だがいいか、この時代には、すべてがゆっくり進んでいた。だから、たとえずっと震えていても、何も感じていないに等しかった。
 さて、大地、われわれの母親は、男女が何も食べていないことが気になっていた。やむなく、彼らにオッパイを与えることもなかった。大地はブラジャーなどしていない。もっとも、当時は、ブラジャーにお金を出すことなどなかった。ところが今では、色鮮やかな上げ底のブラジャーもある始末だ。だが、いちばん最初の母親である大地は、すべきことについてあれこれ考えた。われわれの母なる大地は、調査する必要があると考えた。その任務をカタツムリに託した。だから最初に調査委員になったのはカタツムリである。母なる大地はカタツムリに言った。
 「カタツムリよ。『トウモロコシ』というよい食物があるらしい。だが、どこにあるのか、よくわからない。おまえに探してきてほしい。調査から帰ったら、どこにあるか、報告しなさい。至急、調査しなさい。私のちいさな子どもたちが、食べ物を今か今かと待っている」
 そこで、カタツムリは稲妻に姿を変え、ボロン・ピン・ポンと、世界中を駆けめぐった。当時、世界はそれほど大きくなかった。何と言おうが、それは紛れもない事実である。やがて、カタツムリは手足をなくした姿になって戻り、母なる大地に言った。
 「母なる大地さん、聞いてください。 あなたが言っていた食べ物を発見しました。だけど、それはとても硬い石のなかに保管されています」
 そこで、大地、われわれの母は、すべての動物に呼びかけた。もっとも、動物の数はさほど多くなかった。それは紛れもない事実だった。そして、次のように言った。
 「よく聞くのよ。何でもいいから、みんなが持っているガラクタを掴んでください。そして、ここにいるカタツムリがこれから言う場所に、稲妻のように出かけてください。そして、その石をたたき壊してください。私の子どもたちに食べ物として与えるため、石の中にあるものを取り出し、私のもとに持参しなさい」
 言われた場所に動物の群れは出かけ、何度も石をたたいた。だが、石は砕けず、びくともしなかった。動物の群れは、意思喪失して帰ってきた。そして、大地に言った。
 「まったく何もできなかった。その石は政治屋連中どもの頭以上に固い」
 そこに登場したのは、マメスがもっていたもの、雷の神、ヤルク[ケクチの雷の神の代表格]といういちばん偉大で、いちばん古く、もっとも物知りの神だった。ヤルクと大地、われわれのいちばん最初の母親は、意気投合した。そして、教え、習うべき重要なことについて、いろいろと話し合った。

 大地、われわれの母親は、ヤルクを呼び出し、大地が抱えている問題について説明した。すると、ヤルクは良い人物に変身し、その岩石、例の石にいくつもの雷を落とした。すると、石はセシーナ[塩漬け肉]のようにシワだらけになり、パックリと開いてしまった。ヤルクはトウモロコシをつかみ取り、男女に手渡した。

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       モレロス州イエカピシュトラのセシーナ

 ところが、男女はトウモロコシの粒で何をしたらよいのかわからず、トウモロコシの粒をその場に放り投げた。すると、われわれの母、大地は、トウモロコシの粒が寒くないように、土をかけた。やがて一本の芽が出てきた。すくすくと成長し、とてもよいトウモロコシの穂をつけた。
 そして、ヤルクはトウモロコシの穂に雷を落とした。そして、トウモロコシの粒を炒って、ポップコーンを作った。それは少々ばかり焦げていた。というのも、落とした雷に大きな力を込めすぎたからである。やがて、トウモロコシのポップコーンだけを食べていた最初の男女は、バレンティーナ・サルサを買うために、お店にでかけ、映画を観ながら、ポップコーンをたらふく食べ、下痢になりました。…タンタン」

サルサ

          バレンティーナ・サルサ

 -ラ・マグダレーナは、当惑しながら少し怒った顔で、エリアスを振り返って見た。エリアスは微笑みながら言った-

 「はは!本当はそうじゃない。おまえが寝ているか確かめるため、言っただけだ。そうじゃない。本当のお話では、確かにトウモロコシの芽は出た。だが、それはポップコーン用のトウモロコシではなく、本物のトウモロコシ用のトウモロコシだった。つまり、良いトウモロコシ、遺伝子組み換えではないトウモロコシだった。そこで、大地、われわれの母は、男女に話しかけた。ポソール、トルティージャ、タマーレス、マルケソーテの作り方を説明した。すると、もう皆の腹が空腹で痛くなることはなくなった。タンタン」

マルケソーt

             マルケソーテ
 
-ラ・マグダレーナはおどろいてエリアスを振り返ると、質問した-

 「いったい全体、そのお話は、墜落する星とどういう関係があるの?」
 「そうだ。確かに。すっかり忘れていた」とエリアスは答えた。
 「さて、くだんの最初の男女、最初にここにいた人たち、つまりインディオの人々は、母なる大地に大いに感謝する気になった。そして、大地をいつまでも十分に大切にすると、宣言した。最初の男女は、自分たちがいったい何を忘れていたのかを考えた。お互いに愛しあい、気もそぞろになり、大地が問題をかかえていることにまったく気づかなかった。そこで、大地というわれわれの母親、ユルク、天空を歩くものたちは、会議を開催した。そして皆でひとつの合意に達した。
 その合意は、何人かの男女が、大地、つまり、山、川、海、谷、風の守護者としてとどまるというものだった。この守護者たちは眠っているように静かにしていた。そして、母なる大地が何か危険や問題に直面すると、天空を歩んでいる者たちが、大地に屋根を張り、何らかの対応策をとるように、最初の男女、つまり守護者たちに知らせることにした。
 その取り決めでは、何かを知らせる時は、ヤルクと雷の神々が、世界を覆っている天井からぶら下がっている星を支えている紐を引きちぎることだった。そして、大地が危険な状態にあることを男女に伝えるため、星が落下するようにした。だから、墜落する星は、実際には落ちてはいない。守護者たちに、もう時が来たと告げているのである」

 別のキャンペーンや銀河系集会の総括集会などで、とても望ましい具体性で、ラ・マグダレーナは、次のように尋ねた。
 「二つほど質問があるわ。ひとつは、カタツムリはとてもゆっくり歩くと言ったわね。だけど、カタツムリがトウモロコシをいち早く探しに出かけたとのはどういうこと?」
 エリアスは微笑みながら答えた。
 「カタツムリはもともとゆっくりと歩いている。だけど、その当時、時間もとてもゆっくりと進んでいた。だから、その時代としては、カタツムリはかなり早く歩いていたことになる。そして、実際には、時代とともに時は変わっていったが、カタツムリにそのことは知らされなかった。つまり、カタツムリはゆっくりと歩いているのではない。実際にあったことと言えば、カタツムリは別の時を持っているということだ」
 ラ・マグダレーナは拍手しながら笑った。そして声を震わせながら、次のように尋ねた。
 「じゃあ、もうひとつの質問。墜落する星-実際には落ちていないけどね-が、大地の守護者に時が来たことを知らせると、言っていたわね。それはどんな時なの?」
 エリアス・コントレラスは、今にも消えそうに天空に横たわる長い光の引っ掻き傷を指すと、もったいぶった声で、「目覚める時さ」と言った。

タンタン。

アテンコのための自由と正義を!
オアハカのための自由と正義を!

メキシコ南東部の山中から。叛乱副司令官マルコス。2007年1月。メキシコ

追伸。
 もうわれわれはここにはいない。しかし、エリアス・コントレラスとラ・マグダレーナは東の地平線を見つめながら座り続けている。沈黙を破ったのは、ラ・マグダレーナである。
 「エリアス・パパ。私が自分で手術して、女性に変わると想像してよ。うまくいけば、子どももできるわ。そう女の子よ。とっても短いミニスカートをはかせたいわ」
 「そんな、あほな」と、すぐさまエリアスは言った。
 「私の娘は、やるといわれても、そんなピチピチのスカートは着ないよ。ちゃんとくるぶしまでのナグアをはくよ。あるいは女性叛乱兵士のようなズボンだよ」
 驚きとお世辞をないまぜにしながら、ラ・マグダレーナはエリアスを見つめて、言った。
 「あなたの娘さんでもあるのよ」
 副司令によってEZLN調査委員に任命された人物、サパティスタ領域で起きたいくつもの複雑な事案を解決した人物、メキシコ市を一人で歩いても恐怖を抱かなかった人物、いつも彼の前に立ちはだかる 悪と悪者ときっぱりと対峙してきた人物、EZLN古参兵士のエリアス・コントレラスは、顔をポッと紅潮させた。それは、夜明け前の暗闇のなかでも隠せなかった。エリアスはなんとか次のように言うことができた。
 「さあ、出発するか。ちょっと肌寒くなった。寒くなると、おまえの身体に障るからな」
 丘をくだる時、ラ・マグダレーナはごく自然にエリアス・コントレラスの手を握った。二人が村に着いた頃、太陽は大地の端から姿を覗かせていた。ラ・マグダレーナはレボソを深々と着込んでいた。だが、エリアス・コントレラスはこれまでの人生で体験したことのない大量の汗をかいていた。

 では、また。副司令は微笑み、星は大地に抱きしめられようとしている。


18 太陽と月の起源(2007/4/10、クカパ・エル・マヨール) 

 数ヶ月前、12月という暦の最後の一枚がめくれ、不安で寒さが募る1月が開けたとき、生きているわれわれの死者、われわれが監視人と呼んでいる男女を探すために、私はわれわれの山に登った。それは、多くの月を費やしたわれわれの大地の道の歩みが下の世界で遭遇したものはいったい何か、監視人の心に質問するためだった。

エルマヨール

       エル・マヨールでの集会

 われわれはクカパの人たちの苦悩を見聞してきた。キリワは人々の苦痛を言葉にした。クミアイはその領域を台無しにしている不正について話した。多くの質問によって、サパティスタの第6の道の最初の備忘録は殴り書きで一杯になってしまった。
 監視人たちは、長い間、沈黙を守っていた。その一方、夜は音が充満し、時を告げる鐘のような沈黙が夜明けを告げていた。そして、監視人たちのもっとも年取った、いちばん最初の人が、私にこう言った。

 「太陽が歩き、天空にある上の星が支配している方面で創造された人は、煙から創られ、神々の夢から誕生した。
 彼らの長老たちはこれらの人々について語っている。世界の始まったとき、水と暗闇の世界で、湿った影、最初の二人の神がいた膓(はらわた)のようなものだった。
 二人の神は、熱心にタバコを喫いながら、その煙を力として、まだ世界が世界でなかった頃の世界へ出て行った。一方の神[シパ]は目が見えていたが、もう一人の神[コマト]は目が見えなかった。

双子

         クカパの双子神シパとコマト

 これらの神々は、蟻に命令して、大地を動かし、水から分離させた。二人の神は、大地が乾くのを待って、世界にいるすべての男女を創り始めた。先住民、メキシコ人、中国人、アメリカ人を作った。
 目の見える神は、何も考えず、何も気にせず、急いで男女を創った。もう一人の目が見えない神は、落ち着いて作業した。目が見えないので、夢と自分が喫ったタバコの煙に従って、男女を創った。こうして、この神によってクカパの人々は創られた。 夢と煙からクカパの人々を創った。とてもうまく創られた。
 最初の男女には目がなかった。見える神は、足の指に目を付けようと言った。最初の男女は10個の目を持つことになる。一方、目の見えない神は、歩くと泥やほこりが目に入り怪我をするので、それは良くないと考えた。そして、目を付ける場所は頭の方が良いと考え、一方の目が傷ついても別の目で見ることができるように、目が二つあった方が良いと考えた。こうして、クカパの人々はうまく創られた。ちゃんと二つの目が付き、申し分のないものだった。
 しかし、すべてが暗く、何も見えないので、目は役に立たなかった。そこで、目の見える神が太陽を創ろうとした。しかし、急いで何も気にせずに創ったので、失神したように、とても小さく弱い光の太陽ができた。まるで最初の太陽が世界を光で満たせなかったかのようだった。
 目の見えない神は、これはよくないという夢を見て、別の太陽を創りだした。最初にある部分、次に別の部分と、少しずつ太陽を創り、完成させた。太陽が完成すると、それを空に向かって投げ、一方の側で旅を始め、もう一方の側で旅を終えるようにした。太陽の旅が始まった所を「東」、終わった所を「西」と呼んだ。
 目の見える神は、目の見えない神が創った太陽の方が美しいのを見て、腹を立て、いわば、イライラした。そして、自分が創ったとても小さく青白い太陽をゴミ捨て場に捨てにいった。
 すると、目の見えない神は、そんなことをしたら無駄で、その小さな太陽にも自分の仕事があるはずだと、目の見える神に言った。そして、小さな太陽を掴むと、大きな太陽が歩むのと同じ道に投げた。しかし、それはかなり後の方だった。それを「月」と呼んだ。こうして男女は、昼と夜、月や季節をどうすれば測れるか知った。
 すると目の見えない神は、目の見える神の度重なる悪戯に腹を立て、どこかへ行った。独りぼっちになった目の見える神は、男女に話し方や生き方を教えた。そして、多くのものを持参し、子どものようなすべての男女に配った。世界はまだ若く、歩くこともできないひな鳥のようなものだった。
 そして、アメリカ人とメキシコ人の子どもたちは、すべてを自分のものにしたいと思って大泣きした。アメリカ人とメキシコ人の子どもたちのギャーギャーという声にうんざりしたクカパの子どもたちは、目の見える神に、メキシコ人とアメリカ人の子どもたちが黙るように、すべてを与えるようにお願いした。見える神は言われたとおりにした。
 何も残らないようにするため、見える神は、クカパの子どもたちには弓と矢、漁網、そして良い夢を見ることができるタバコを与えた。長老たちは話してくれた。クカパには良い夢がある。今で言う「尊厳」のことを当時はこのように呼んでいた。


19 叔母と従兄弟と怪物(2007/4/10)

 長老たちの話では、クカパの大地には「セロ・デル・アギラ」(鷲の丘)という場所があるという。 そして、エル・マヨールという先住民共同体の近くにあるその場所で、一匹の怪物に対して一人の若者が挑戦し、一人の女性によって打ち負かされたという。その二人は、クカパの人々の系族だった。

わしの丘 (2)

         エル・マヨールの山並みと鷲

 長老たちによると、次のようなことが起きたという。
 先住民のエル・マヨール共同体にあるウィ・シュパ、鷲の丘に、クカパの叔母と甥が住んでいた。当時は、すべてがとても大きく、先住民はまるで巨人のようだった。その土地には、メキシコ人もグリンゴもまだおらず、先住民だけが住んでいた。 海[カリフォルニア湾]やコロラド川もなく、セロ・デル・アギラの麓には大地しかなかった。
 その当時、世界には数多くの巨大な怪物が住んでいた。その中でもっとも大きく凶暴で意地悪な怪物が、セロ・デル・アギラの南側に住んでいた。そして、誰もが彼をとても恐れていた。クカパの人々は、羊や鹿、家で飼育して食べる山鳥を探しに出かけることができなった。

山鳥

        山鳥(Gallina de monte)

 そこで、甥のクカパは、自分たちの一族を苦しめている怪物を殺しに行く夢を見た。そして、叔母のクカパのところに行って、「しばらくしたら、戻てくる。怪物を殺しに行くので。それほど長くはかかならい。目を光らせないように、戻ってくる」と言った。
 最初は悲しんでいたクカパ叔母さんは、怒りだし、甥のクカパを叱責した。彼女は彼に、気が触れたのかと言った。甥は怪物がとても恐ろしいことを知らないなら、一口で食べられるに違いないと考えた。しかし、甥はまったく気にしなかった。魚を捕るためのモリ、網、弓と矢、鷲の羽根でできた羽毛飾り、そして腕輪を持っていたからである。

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        クカパ女性による腕輪作成


 そして早朝、クカパ叔母が寝ているときに、クカパの甥は怪物を退治しに行った。一緒に飼っていたぶち模様の犬を連れて行った。その子犬はとてもかわいかった。 彼らは出発したが、大地だけが広がる南に向かって歩くには長い時間がかかった。やがて、寝ている怪物を見つけた。怪物がいびきをかくと大地が揺れていた。
 クカパの甥は、怪物には卵、つまり睾丸があることに気づいた。一つは青色、もう一方には赤色をしていた。 そしてクカパの甥は、ゆっくりと怪物に近づき、その卵、つまり睾丸を突き刺した。 すると、クカパの甥のモリが怪物の睾丸に開けたそれぞれの穴から、水が出だした。 一方の睾丸からは青い水が出てきて、海となった。それは今のカリフォルニア湾と呼ばれるものである。 もう一方からは赤い水が出てきて、川となった。それは現在のコロラド川と呼ばれるものである。
 だが、怪物は死なず、自分の玉、つまり睾丸があまりにも痛かったので、さらに怒り狂った。そして一口で吞み込もうと、クカパの甥を追いかけだした。もともと醜くかった怪物は、怒りによってさらに醜くなった。今度は、噂通りで、クカパの甥も恐怖心が勝ってしまい、ぶち模様の子犬と一緒に逃げだした。そして、鷲の丘を目指して走った。
 怪物は彼らを追いかけた。すると、怪物の青い睾丸から出た青い水によって、海は陸地の側へと大きく入り込んでいった。 そして、自分を追いかける怪物を止めるため、クカパの甥は、モリや網、弓矢、羽毛飾り、腕輪などいろんなものを放り出した。しかし、怪物は一瞬ひるんだものの、すぐに追いかけてきた。クカパの甥は、怪物を止めるためにぶち模様の子犬を置いていったが、怪物は立ち止まらなかった。

ラスピンタス

  まだら模様の子犬が変身したとされるシエラ・ラス・ピンタス

 追いかけっこで疲れ果て、気を失いそうになったクカパの甥は、怪物に追いつかれそうな気がした。そこで、クカパの叔母を呼んだ。 様子を見に出てきたクカパの叔母は、甥のクカパを叱ったが、怪獣が追いかけて来て甥のクカパを食べようとしているのがわかった。
 クカパ叔母は、怪物のしていることに腹が立て、苛立ってきた。耳から耳垢の塊を取り出し、とても硬い石を作り、怪物の頭に投げつけた。しかし、怪物は一瞬だけたじろいだ。 そこで、耳からさらに耳垢をとり出すと、別の石を作って、怪物に投げつけた。今度は、一瞬で怪物を殺すことができた」

クカパ女性3

          クカパの叔母さんたち

 監視人のいちばん最初の人物は、静かになると、タバコに火をつけた。そして、私に言った。 
 「太陽が眠っている北へ行くのだ。エル・マヨール、コロラド川へ行け。クカパの人たちを探せ。クカパの若者たちは、おまえたちが怪物に挑戦するのを助け、女性たちは、怪物を打ち負かすのを助けてくれるだろう」
 このように、監視人たちは、クカパの話でわれわれに応えてくれた。このようにわれわれに話してくれた。
 だから、われわれはこの大地に戻ってきた。 怪物に挑戦するためは、われわれはあなたの協力が欲しい。 ・・・われわれは怪物を打ち負かすためにあなたの支援を必要としている。


20 光についた傷(2007/6/ 6)

 この「6月の時間」を企画された方々に、文学と闘争というジレンマを最良の方法で、つまり両方を駆使して解決している人物、エルネスト・カルデナルと会う機会を与えられたことを感謝したいとわれわれは思う。この言葉は、彼の人生と献身、そして何よりもニカラグアのインディオの諸民族と、われわれをさいなむラテンアメリカと呼ばれる大きな傷に注がれる寛大な眼差しに対する賛辞である。
 さらに、エルネスト・カルデナルと同じように、われわれラテンアメリカの人々の自由のための戦いの中で声を上げた人物、ホセ・マルティへの挨拶も、私はこの場に持参している。そして、彼の言葉を借用すれば、私が真摯な手を差しのべる誠実な友人のために、6月にも、1月と同じように、白いバラを持ち寄り、育てている。

サパティスタからあなたへ、ドン・エルネスト。

カルデナル

         集会で発言するエルネスト・カルデナル
 
 さて、メキシコの反対側、南東部から、われわれが育てている別の花、「言葉の花」を私は持参している…
 かつて、われわれの守護者である監視人たちは、私に語った。夜明けは、そのたびごとに樹に変わっている。しかも、その夜に伸びた樹の枝々には、今にも墜落しそうな星のように、恐ろしくもすばらしいお話しや伝説が吊るされているという。
 監視人たちは私に語った。夜明けが樹に変わると、天空は地面に近づき、腕を伸ばすだけでもっとも奥深くに隠されたいくつもの秘密に触れ、夢見られたことも名づけられたこともない別の世界を覗き見ることができる。
 さらに監視人たちは私に語った。その夜明けには、光の入り口はなく、影だけがその領域に入ることができ、大地の色をしたわれわれのための記憶となる物語を、果物のように手に入れることができる。そこには、光に満ちたお話し、言葉でできた宝物、はじけてすべてをその色で染める喜びである。同時に、苦痛、閉じることのない傷跡、治せないものの、言葉で癒せる悲しみもある。

 早朝の熱のこもった収穫[第12回イスパノアメリカ作家集会]に関して、われわれのいつものお語、痛みと希望に関するお話しを私は持参している。

 そこにソンブラ[マルコスの官能?小説『火と不寝番の夜(Noches de fuego y desvelo)』に登場する戦士]の雑嚢から突き出ている矢の先端が目に入った。慎重に手に取ると、鋭い尖端があり、ヤキの言葉の「ビカム」という言葉が刻まれている…
 ビカムを出発したわれわれは、ほんの数時間前、ソノラ州のヤキの取り囲まれた領域への入り口のひとつ「ボカ・アビエルタ」の丘の脇を横切った。

ボカ

    ヤキ領域の南入り口にある口ボカ・アビエルタ(開いた口)

 月が早くから空に昇りだしたようだった。というのも、月の光は私の両側から注ぎ、すでに地平線からかなり高い位置まで昇っていた。その光は、丘のシルエットを完璧に描き出していた。その丘は、数週間前からアメリカ大陸のすべてのインディオに、来たる10月に開催される「インディオ人民大陸集会」を呼びかけている。
 メキシコ北西部の先住民族の伝説では、最初の創造主であるコヨーテのありえない愛人と定義されている存在[月を指す]を見ていた時、私は「光の傷」だなと思った。そして、下のメキシコの隅々をめぐる巡歴のひとつが終わった後に、エリアス・コントレラスが話してくれた一つの逸話を私は思い出した。

コヨーテと月

    コヨーテは雪の中で見つけたもの(月)を天空に運ぶ


 あなた方はその理由を知るはずもないが、私はこの場にいるのは、エリアス・コントレラスがEZLN調査委員である、あるいはあったことを皆さんに伝えるためである。つまり、彼は皆さんが 「探偵」と呼ぶ存在だった。

 かなり昔のことだが、6月のこの時間帯に開いている月と似た別の月の中で、エリアス・コントレラスは、彼のありえない愛人、ラ・マグダレーナに、自分の月のお話しを語った…。

 エリアス・コントレラスによると、はるか昔の暦、日や時間に名前や数字がなかった頃、天空と地面はとても近く、同じ高さで向かい合うように存在していた。男や女は、星や植物に囲まれた長い道を歩いていた。収穫したトウモロコシの穂の中で、ときおり、流れ星、あるいは軌道を外れた別の惑星を発見することもできたという。

 当時の男女は、天空の破片を見つけてもあまり騒がなかった。その断片でしばらく遊んだ後に、墜落した光を元の場所に戻したのは子供たちだった。
 やがて、別の時代、上の世界の時代、命令する者の時代、お金の時代が到来した。恐怖が広がり、恐怖が植え付けられ、死が収穫されるようになった。怖くなった天空は、自分が上に行き、支配者が支配し破壊する大地から離れるべきだと考えた。どんどん昇り、その天井は遠くなり、手が届かなくなった。しかし、世界がどうあるべきかを忘れず、つねに念頭に置くため、天空はヤキに歴史の記録帳を持参し、表徴、約束、誓約を皮膚に留めるように頼んだ。
 しかし、空はどんどん遠ざかり、その皮膚も光も届かなくなった。そこで、ヤキは弓を引き、天空がこれ以上昇らないように、天空に向けて矢を射ようとした。しかし、空はさらに歩みを進め、遠くなっていた。だが、ヤキは力強く、彼の弓と矢も強かった。だから、矢の先端は、天空の新しい皮膚を傷つけることができた。しかし、天空が昇るのを止めることはできなかった。それは無理だった。しかし、天空はヤキに次のように言った。その傷跡が完全には消えてなくなることのないようにしなさい。世界が完全で、子どもたちがトウモロコシの粒や星で遊んでいた時代を思い出すため、傷跡を開いたまま生かしておきなさい。
 だから、われわれのもっとも知恵ある人々も、ヤキを「記憶する者」と呼んでいる。月は記憶するために放たれたヤキの矢によってつくられた。
 エレアス・コントレラスは言っていた。月は天空にある光の傷跡、つまりある程度は塞がるが、また開いていく傷跡である。そこで、月が満ちる時には、傷口から血が出て、その光が記憶の中に生きている影を薄めるようになると言われている。
 エリアス・コントレラスのこの説に基づいて、最初の監視人、大地の守護者の誰かによって、傷は天空につけられたものだと、私は考えていた。そして、ヤキの言葉で「矢じり」を意味するビカムは、民族の粘り強い尊厳をわれわれに思い出させてくれる。命令する者たちのお金がこの土地で展開してから被ってきた攻撃に抵抗するとともに、忘れないよう記憶を保持できるよう天空に逆らうための尊厳である。

 そして私は、この6月の時間に、アラスカからティエラ・デル・フエゴまで、エスキモーからマプチェまでの何百ものインディオの民族、部族、国家が繰り広げる抵抗と反乱が集中することになるビカム、つまり矢じりに、持参している。
 何とすばらしいことだろうと私は考える。メキシコ北西部のこの天空、この月、6月というこの時が、別の方法でヤキを見聞きしようと、われわれの耳と目を開いている人々にとって。
 コヨーテが、500年という長い夜の間で、愛と距離によって開いた傷口を通じて、見つけたり見つけられたりする希望を再び養うようになるためである。われわれがヤキ(別称)、セリ(別称コムカック)、マヨ(別称ヨレメム)、ピマ、オダム(別称パパゴ)の叫びを反響させ、世界は逆立ち、われわれサパティスタの言葉では、「転回した状態」にすべきであると告げる歌が聞こえるようにするためである。世界が申し分のないものとなり、先住民、女性、老人、こども、人とは違うことがもはや恥でも反感でもなくなるために。つまり、世界は、出会いの場であり、多くの翻訳がある地獄でなくなるために。

コヨーテの踊り

          コヨーテの踊りの仮面


21 でんぐり返し(2007/6/ 1、ソノラ州エルモシージョ)

 もう一通の手紙を残しておこう。それは夜明け前の影のなかにある。
 記憶の袋のなかで、私は一つの鍵を発見した。私は鍵と言ったが、橋でもあると言いたい。なぜなら、メキシコ南東部の山中で知り合ったマヤの戦士である老アントニオは、その肌や夢の中に「サパティスタ」という名前をもつことになる先住民たちの考え方やあり方を理解するための橋であるからである。
 きっと誰も知らないが、われわれの共同体で話されるスペイン語は、いくつもの言い回しや変異、さらにメキシコ南東部の山中で話されているマヤ諸語に起源をもつ言葉と接触したことで生まれた語彙に加え、「きわめて特異な」世界の概念、つまりサパティスタの概念と関連している混合語がある。
 それゆえ、これから私が皆さんにするお話のタイトルは、言うまでもなく、ずいぶん奇妙に響くだろう。皆さんには、心を広く我慢していただくようにお願いしたい。というのも、サパティスタの言葉は、独自の歩みでもって、進むべき道を切り開くことになっているからである。なぜなら、「転覆subversion」というために、われわれは「転回vueltacion」といっているからである。
 これから紹介するのは、私の記憶では、老アントニオが私に語ってくれたお話である。

転回というお話
 
 老アントニオは語った。人類の歴史のある時点において、金持たちは皆を騙したという。つまり、金製の巨大な鏡を作り、それを世界の前に立てかけたのである。鏡が置かれたのが、アメリカ大陸のインディオの人々を冷酷無比に虐待してきた一つの「文明」の同義語である強奪、搾取、弾圧、軽蔑の開始に、先行するのか、後だったのか、同時だったのか、今、私は思い出せない。ともかく、これから皆さんにするお話にとってそれは重要な問題ではない。
 こうして、大きな金製の鏡は、鏡である以上、すべてのものを逆に映していたのである。上にあるものが下に現われ、嘘が真実らしくなり、悪が善のように見え、不正が永遠に続き、修復できない姿となって現われていた。おそらく、輝いている権力、目新しさ、思考の緩慢さ、あるいはそれらすべてのせいで、男女たちは下を見るのをやめ、視線をあげた。こうして知恵は減ってしまった。
 老アントニオの話によると、どんなかたちであれ、上を見つめるように強制されてしまった男女たちは、見えている像は現実のものであると考え、どんなことがあっても、それを変えることはできないと思い込んでしまった。なぜなら、上の世界では、黄金の鏡は、模範的であったものすべてを反対に見せていただけでなく、永遠にそのような姿で、変えることはできないもののように提示していた。
 このように、押し付けられた鏡のせいで、神々や政府がわれわれの大地にやってきた。彼らは、完全に偽者で不法な、命令ばかりする不正な上の世界の連中だった。
 世界を創造した最初の神々は、別の側を歩んでいた。そのため、上の世界で起きていたことになにも気づかなかった。だから、最初の男女の神々が戻ってきたとき、彼や彼女たちも、自分たちが最初の神々、創造神ではなく、世界はお金の神の魔術的な一吹きで歩んできたものと考えるようになった。
 時間の始まりの方向が変わると、ほかのすべてのものごとにも、取り返しがつかない致命的なかたちで変化が起きた。世界に最初の歩みをもたらした自由は、奴隷状態になり、上の世界における自由では、殺しておきながら、救済しているとまで放言するようになった。以前、母であり、守護者だった大地は、敵のように処遇され、迫害され拷問され、大地に対する敬意すら完全に抹殺され、まったく大地と無縁の法律で管理されるようになった。
 しかし、神々、男の神も女の神、いちばん最初の神々、創造者の神々は、ずいぶん前から、記憶喪失の時代が到来し、その時代には、すべてのものごとが裏返しに見られ、評価されることを知っていた。それ以来、つまり記憶喪失の時代のずいぶん前から、記録すること、忘れないようにし、記憶をつけておく作業が一部の男女に委託された。
 老アントニオは言った。この暑い日が産まれたのと同じようなある夜明け前、20年前の真夜中の太陽が支配していた5月の夜明け前、この記憶を残す人々、監視人たちは、ものごとを転回させること、つまり転覆することを習得した。
 なぜなら、監視人たちの記憶は、最初のイメージでいっぱいだったからである。それらの現実としてのイメージで、監視人たちはすべてを眺め、見つめていた。夢を見ているかのように、ものごとを見つめ、名づけていった。そして、ものごとをそのものとしてではなく、見えたように名づけていた。たとえば、「自由」という言葉を名づけた際には、任意の形態をした奴隷状態や本質的な奴隷状態に関する熱狂的な欺瞞を指すのではなく、尊厳ある行為を実践すること、自らに対する敬意、他者に対する敬意、母なる大地に対する敬意を指し示している。
 老アントニオは語っていた。それゆえ、監視人たちが何か言ったときに、彼らは名づけたのであり、現実であるかのように言葉にしだした。さらに老アントニオは言っていた。ものごとは、あるがままのかたちで出現するのではない。かつてあったが忘れられてしまったかたちで登場する。監視人たちは、創造や発明するのではない。記憶を思い出し、記憶に声を与える。このように老アントニオは言った。

 それゆえ、人々は語っている。1994年1月1日、サパティスタが上の世界の時計を破壊したとき、ほかにも数多くのものごとを破壊しはじめた。その中には、諦めて専制君主の前にひれ伏している祖国というイメージがあったことは言うまでもない。それだけではない。破壊されたのはものごとだけではない。上の世界の鏡に映っていたものごとのイメージも破壊された。

 このことは老アントニオが言ったことではない。しかし、彼の許可、できればあなた方の許可のもとで、私が言っておきかったことである。転覆は基本的な正義を実行する行為にほかならない。ものごとを転回し、ものごとを引っくり返し、確立していた秩序を引っくり返し、暦や地理を転覆させるに当たり、サパティスタの先住民は、注視すべきは下の世界であることをわれわれに告げているだけである。下の世界は、記憶がもっとも素晴らしい輝きを保つ場所であり、そこでは権力の永続性など、母なる大地の長い息づかい中でのほんの一瞬の悪い呼気でしかない。
 つまり、老アントニオによれば、「転回」はサパティスタの切なる願いであり責務である。そして、大まかに言えば、ある様式にあるものを引っくり返し、別の様式にすること、つまりそれを転覆することである。
 われわれの国の別の地理、すなわち下のメキシコをまわるわれわれの巡歴のある段階で、自由はセックスと同じように中毒になる傾向があると、言ったことがある。一度試すと、もう一度したくなり、さら何度もしたくなる。なぜなら、アロス・コン・レチェ…さらに息を吹きつけるように、それは元々、かなり熱が出るものである。

アロス

         アロス・コン・レチェ

 おそらくそうである。しかし、それと同時に、自由は感染する力があるということも付け加えておくべきだっただろう。なぜなら、この下の世界で、われわれが別の叛乱する男女たちとお互いに同志になっていく過程で、われわれは、旗印として自由を掲げる人が増加するごとに、風も勢いを増すということ、つまり体制の「転回」とは、体制の転覆にほかならないことを感じとり、知ってしまった。
 世界が最初の位置に戻ることである。つまり平らで、上も下もない、搾取者や非搾取者がなく、強奪者も奪われる人もなく、弾圧者も弾圧される人もなく、軽蔑する人も軽蔑される人もいない状態に戻ることである。それは資本主義のない世界、つまり、所有者やパトロンのいない世界である。
 われわれサパティスタがすべき責務をやり遂げたとき、われわれが「転回」を成し遂げたとき、世界はずいぶん異なったものになるだろう。太陽は、びっくりしたように目覚め、東の空から昇るため、ヤキ、セリ、マヨ、ピマ、オダムの土地から歩みを進めるだろう。メキシコ南東部の山中にある影の腕の中で、いちばんすてきな赤い服装をまとい、安息するためである。そこには、われわれ死者たちが、新たに生きるために、新たに死ぬ時間を今一度、待っている。
 では、お元気で。私の影を傷つけている光りが私に伝染しているように、「転回」が伝染するように。

メヒコ北西部から
叛乱副司令官マルコス メキシコ、2007年5月


22 光と影のかなわぬ愛(2007/6/12)

 雨は一休みし、光を増した月が、暗い鏡のなかに映し出されていた。それは、この夜明けではなく、10年前の別の夜明けである。老アントニオは、ナイロンで覆った家から出ると、大きくなる光の傷口を見上げた後、私の方を振り向いた。雨によって私のテントの屋根にでき、プラスチックを張る蔓を壊しそうになっていた水たまりを取り除こうと、私は焦っていた。老アントニオは待たず、タバコも待たず、雨が降る前のように、葉巻やパイプの小さな雲とともに、言葉があふれ出した。
 「もう、時間は存在している」と老アントニオは言った。

プレペチャ老人

      昔話を語るプレペチャの古老

 一人のプレペチャの老いた賢者は私に話してくれた。
「不可能と思われる愛は、多くの場合、二重性を解消するキスを交わすため、奇妙な方法を探すものだ」
 そして、影と光、月と太陽の愛以上に不可能な愛があるだろうか。そしてプレペチャの賢者は、彼より昔の先祖が、両者を結びつけ、今も結びつけている不可能なため息について語ったことを話してくれた。

 クリカウェリという名の太陽は愛した。愛されたのはシャラタンガで、月はこう呼ばれていた。二人の愛と互いに触れ合いたいという気持ちが強すぎて、二人は離れなかった。何物にも突き向かって進んだ情熱の結果、人々や大地が苦しむことになった。

クリカウエリ

       火の神(太陽)クリカウェリ

 それを知った母なる自然、大地、始めと終わり、もっとも偉大で賢明なナナ・クエラペリの驚きは、とてつもなく大きかった。彼女は太陽と月を創り天空を歩かせたとき、その任務をちゃんと説明していた。太陽は昼に歩き、夜をめぐるのは月の仕事だった。二人の愛と情熱は、最初の時間の約束を破ることになった。怒ったナナ・クエラペリは二人を呼び出しこう言った。

クエラペリ

          大地の母ナナ・クエラペリ

 川も海も陸も山も、すべてを私が創った。木や動物、植物や花も、私が大地に充たした。その後、私は男と女を私の上と私のなかで生きていくように創り出した。しかし、火山はその怒りを谷間にぶちまけ、雷のシルピリと雲のハニクアは互いに愛し合い、大雨となって水がすべてを覆った。その覚悟のために、あなたは生まれた。
 シャラタンガが家で待つあいだ、クリカウェリが大地に暖かさをもたらす。その歩みとともに、われわれ人民の心と栄養であるトウモロコシの花は開き、成長し、成熟する。クリカウェリが家に戻ると、世界の守護者である月は、数多くの星々をともなって、出かけねばならない」
 月と太陽は抗議したが、母なる大地ナナ・クエラペリは動じず、怒りもあらわに宣告した。「二人は一緒に寝てはだめだ。二人は肌を合わせてはいけない」

悲恋物語1

          二人の悲恋物語の現代版

 不謹慎な二人の恋人は泣き、大地に落ちたその涙から、根や花、そして素晴らしい果実[代表的なものはヒカマ]が芽生えた。それ以来、太陽は昼を歩き、月は夜を見守るようになった。

ヒカマ

         月の涙から生まれたヒカマ

 しかし、こうも言われる。太陽と月は、密会し、触れ合い、愛し合う場所も時間もなかったが、影と光が出会うことのできる時間の部屋を一つの片隅に作った。だから、夜明けになると、月は雨を降らせ、用心のために星々は月を覆い隠し、月は雲だけをまとい、太陽の抱擁にその身を委ねることがある。太陽はますます光り輝き、月はより穏やかになる。こうして雨が降りだし、長い吐息のような風が静かな大地を撫でていく。

 老アントニオは沈黙した。すると、まるで風が夜を乱したかのように、再び、雨があたり一帯を支配しはじめた。しかし、それは、私にはまったく別の雨に思えた。
 老アントニオが私に話し、そして今私が皆さんに話したような、ありえない愛の物語を聞くと、神が存在するかどうかは知らないが、奇跡は存在すると思ってしまう。


23 人喰い(2007/7/17)

 かつては遠く離れていたが、今は近くなった大地に関するお話がある。ヤキの統率者とサパティスタの指導者による兄弟の言葉である。彼らの言葉によって、かつては一緒だったが、金持ち連中、ヨリと呼ばれる異邦人によって破壊され、隔てられていたお話は、再び大地と密着することになった。
 二つの違った土地において、双子ではある異なる兄弟によって語られることで、このお話は生まれた。遠く離れているが、近い所から、このお話はきている。そのお話は、語ることができる高い権威の棒が据えられ、聳え立つあの場所からきている。われわれ、メキシコと呼ばれるこの歴史の北西部から見て、南東部にあたる大地のサパティスタの男女は、その棒のことを「語るバヤルテ」と呼んでいる。その根によき夢の記憶を保存している木、世界を支えているセイバの木が聳える大地からきている。

バヤルテ (2)

             バヤルテの樹

 今日、われわれの言葉が出会っている場所のはるか彼方から、お話はきている。
 はるか彼方では、夜の影にある欲望に入るため、太陽は赤い衣装をまとっている。そこでは、この大陸にもとから居住していた人々の偉大なる出会い[ 2007年10月12日前後に予定のアメリカ大陸先住民集会]のため、別のソノラが大地と天空を用意している。苦悩、闘争、未来について語るこのお話の半分は、かの地、メキシコ・ソノラ州のヤキ渓谷のビカムからきている。

アメリカ大陸先住民集会1

  アメリカ大陸先住民族集会(ビカム開催)の呼び掛けポスター

 そして、影が夜を産みだし、昼間、自らの道を辿るべき太陽が休息しているはるか彼方からも、お話はきている。そこでは、別のチアパスが、はるか彼方からやって来る別の人たちとの橋を作るための言葉を用意している。メキシコ南東部にあるサパティスタの山中から、お話を完成させるため、お話の残りの半分がきている。
 戦士ヤキのもっとも物知りの人々、最年長の人々、知恵ある古老たちが、このお話を語っている。そして、サパティスタ戦士のいちばん最初の人々、監視人たち、時間的空間的にはるかに隔たって見える人々が、別の言葉とシンボルでこのお話を語っている。両者は、現在もある恐怖に直面しながら、世界が存在していたことを語っている。
 かなり前から、人喰いは出現していた。ヤキの人はイェエブア・エエメと呼んでいる。マヤの人はツル・カシュランと呼んでいる。
 人喰いの野望はとどまるところがなく、何ものに対しても敬意を払わなかった。人や人の生き方も呑み込まれ、人喰いの悪行をとめる術はなかった。人喰いが統治していたとき、恐怖という将軍が脇を固めていたので、世界は二倍も泣くことになった。恐怖の涙ですすり泣き、死の涙で苦悶していた。すべてが破壊され、呑みこまれてしまった。こうして、人、言葉、時間、場所は生命を失った。
 お話では、人喰いはある女性を捕まえ、体を砕いて粉々にしたという。だが死ぬ直前、彼女は双子の男子を産むことができた。母の体が砕ける瞬間、一人は一歩の側に、もう一人は別の方向に行った。二人は太陽が辿っている長い道の両端にいた。一人は太陽が歩みだす場所、もう一人は太陽の歩み終える場所にいた。
 お互いの距離は離れていたが、二人は最年長の母、祖母、大地、いちばん最初の母に育てられた。祖母のスカートはとても大きく広かった。お互い遠く隔たっていたが、双子は祖母のスカートで保護されていた。祖母は、自分の血で湧泉を創り、肉で木や森を創った。双子に付き添い、養育するよう、祖母は自分の声で動物たちに呼びかけた。二人がうまくやっているかを観察するため、両端を行き来することを鹿に委託した。二人の記憶が同じことを忘れないようにするためだった。

ベナード

     角のあいだにスズメバチの巣があるマヤの鹿の王シプ

 大地の広がったスカートのそれぞれの場所で、双子たちは戦士として成長した。それぞれの場所で、人喰いのお話しは知られていた。それぞれの場所で、悪事を重ねる人喰いと戦い、打ち負かそうという考えが浮かんできた。
 最年長の母である大地は、二人を会わせ、異なった双子が合意するようにした。同じだが異なる二人は約束を交わし、人喰いを探すために、人喰いのいる王宮に赴いた。人喰いに挑み、成敗し、戦うために、双子の兄弟は出かけた。それぞれの場所で、双子は勇猛果敢に戦った。こうして、人喰いは打ち負かされた。偉大なる母、大地は満足した。世界の男女たちも満足した。

 今、われわれ、下の世界の暦、太陽の歩む道の両端にいるわれわれは、よく知っている。われわれの大地を恐怖と死で覆い尽くそうとする人喰いを打ち負かすには、二つの力だけでは不十分である。すべての男女が大地の色をした人々であることをわれわれは知っている。労働や尊厳を略奪されているあの男女たちと、われわれは団結しなければならない。人喰いと闘い、打ち負かすためである。われわれが自由になるためである。われわれの地理、われわれの暦の中で。今が、その時である。

 では、お元気で。
 われわれはお互い違っていても、夜明け前には団結できるように。
 副司令マルコス


24 監視人たち(2007年7月19日)

追伸:反ジェンダーのお話を語る

 コーラ缶といえば、このあたりには少年少女がたむろしている。まあ、歳をとっていても少年少女のように振る舞う人はいるが、ここでは年齢のいかない人のことである。この場にいる少年少女の数は、勘定する基準でことなるが、はっきりしないが、われわれに見える数は多くない。しかし、われわれが耳を傾けている数はかなり多い。そこで少年少女のため、小さなガブリエルとカティのため、われわれサパティスタのいちばん年下の少女、あるいはシウダー・フアレスにいるママ・コラルのように、地理的には遠くとも、気持ち的には近い少年少女のため、PAN支持者の中国人のドルのお話[何を何を指しているか不明]ほどではないが、おそらく少しは気に入るお話をすることにしよう。

メサレドンダ

         CIDECIでのメサ・レドンダ

EZLN調査委員エリアス・コントレラス、「監視人」に関する極めて個人的で独特な見解をラ・マグダレーナに語る。

 EZLN調査委員エリアス・コントレラスにとって、ジェンダーに関する問題は極めて特異なものだったに違いない。それが、何よりもラ・マグダレーナの教育活動であったことは論を待たない。ラ・マグダレーナはトランスセクシャル、つまり男ではないが女でもない。それについてエリアスはうまく定義している。「ナディ」という特別班で、ラ・マグダレーナはコンパニェロ(男性同志)か、コンパニェラ(女性同志)かと聞かれたとき、エリアス・コントレラスはこう答えた。「コンパネーロア、女性同志になる予定の男性同志」
 でも、それは別のお話のテーマである。この場では、EZLN調査委員エリアス・コントレラスがわれわれに出会ったより前の雨の7月、彼がラ・マグダレーナに語ったことを話そう。

 その午後、エリアスとラ・マグダレーナは、水と泥まみれになっていた。二人は集団で耕作しているトウモロコシ畑から戻る途中だった。エリアスは、どこからかナイロン片を取り出し、騎士道精神でラ・マグダレーナを守ろうとした。いたずらな風は、ビニールだけでなくエリアスの親切心を吹き飛ばし、二人はびしょ濡れになった。二人はあきらめて、道の片側に聳えるセイバの大木の根元に座った。雨が少し弱まると、ラ・マグダレーナが質問して話を始めた。

 「なぜ、こんなにひどく雨が降るの?」
 「まあ、そういうことだ」「つまるところ」「うむ」と、いつも通りの答えではなく、ラ・マグダレーナの接待役としてエリアス・コントレラスは、ラ・マグダレーナにお話しなければならないと思っていた。そのお話は、いつも通り、語ることで初めて紡がれるものだった。
 「彼らがパーティーをしているからだ。彼らがパーティーを開くと、こうなる」
 エリアスが大文字で「彼ら」と発音したわけではないが、この「彼ら」がただの「彼ら」ではなく、何か特別なものであることに気づいて、ラ・マグダレーナは尋ねた。
 「彼らって、いったい何者なの?」
 エリアスは答えた。
 「彼らは監視人だ。あるところではトチルメイレチック[ツォツィル語で山に住む父母]と呼ばれ、別のところではツルタカ[ケクチ語で山の平原という意味]と呼ばれる」
 こうして、調査委員エリアス・コントレラスは、それ以降、ラ・マグダレーナの違いを別の形で形容するお話を続けた。

 「監視人は男であり女でもある。丘であると同時に平地でもある。監視人は混在している。2でありながら2でない。一体となっている監視人(男/女)である。しかし、われわれサパティスタは彼らのことを監視人と呼ぶ。彼らは、すべてのものの管理人(男/女)と言われる。山の中で、水が湧き出る場所の近くにいる。洞窟の中とか、湧泉の近くなど、良質で清らかで新鮮な水のある所には、監視人がいる。彼ら/彼女らは、雷と稲妻の主(男/女)と言われる。その言葉を発するとき、あまり遠くには届かない小さな雷のように、いつもゴロゴロという。だがパーティーとなると、歌と踊りが始まり、水があちこちに飛び散り、こんな土砂降りになる」
 ラ・マグダレーナがするに違いない質問を待つことなく、エリアスは先走りして言った。
 「監視人の仕事は、われわれ先住民や世界のことに関連している。また、良い考えで良い道を歩む人、悪い考えで罪を犯す人にも関連している。ここからは見えない向こうの山の上に、測れないほど大きな囲いがある。そこの柵のなかで、密林のすべての動物が飼われている。その動物は、それぞれの男女に応じたナワアルである。ナワル各個人の双子のような存在である」

聖山 (2)

    ナワルの柵囲いがあるとされる聖山ツォンテウィツ

「 例えば、今思いついたが、ブッシュのナワルは、きっとロバに違いない。悪気はないけど、誰かのナワルは去勢牛かもしれない。ところで、ラ・マグダレーナ、君のナワルはラバ[雄ロバと雌ウマの交雑種、繁殖能力欠落]じゃないかな」
 腹を立てたラ・マグダレーナは泥をつかみ、エリアスに投げた。エリアスは笑いながら言う。
 「私は真面目に言っている。さっきの発言は気つけ薬だよ。私の言葉に注意を払っているか確認するためだ。そうしないと、あなたにわからないからだ。もちろんだが、あなたにはラバを軽蔑するなと言っている。ラバは妊娠可能であり、どこに行こうが、疲れ知らずである」
 エリアスは一休みして、無愛想に付け加える。
 「ラバは不機嫌になると、泥まで跳ね散らす…」
 ラ・マグダレーナは立ち上がると、何か…もっと強い力でエリアスを叩けるものはないかと探した。その手には棍棒のような枝がある。今、微笑んで言うのはラ・マグダレーナだ。
 「あなた、何を言ってるの?」
 エリアスは、ラ・マグダレーナの手にある抗議の道具を目にとめ、弁明しようとする。
 「やめるのだ。ラ・マグダレーナ。あなたのことではない。何もそんなことは考えていない。それはいわゆる逸話のようなものだ。逸話というのはお話や小話に教えがあるという意味で…」
 「それは寓話であって、逸話じゃない」とラ・マグダレーナは訂正する。
 エリアスはひるまない。
 「だから、逸話じゃなくて…あとで説明するよ。ラ・マグダレーナ。興奮しているから、説明しても、わかってくれそうにない。監視人のお話を続けた方がいいのでは」
 「いいわ。でもラバの話ぬきで」と、ラ・マグダレーナは言う。
 「わかった」と、エリアスは言う。
 「もし、あなたが良い行いをすれば、監視人は、あなたの動物、つまりナワルを柵の中で飼い、世話するとともに、あなたも見守るという。だが、あなたが悪い行いをしたら、まあ、監視人は小動物を柵から追い出し、それを狩ることになる。または、動物は墜落するか、病気になる。そうすると、あなたにも同じことが起きる」
 「だけど、監視人が疲れたり、いなくなったり、あるいは動物が全部逃げたりしたら、どうするの?」とラ・マグダレーナは尋ねた。
 「いや、そうなれば不祥事だ。われわれの仲間はとても苦しむ。すべてが死んでしまうのは、一目瞭然だ。大地は誰かが面倒を見なければならない。われわれサパティスモは監視人を助けるためにいる。そんなことが起きないように、われわれがもっとも愛する大地を世話するため」
 ラ・マグダレーナは挑戦的な質問をする。
 「男と女が同時に存在するのに、なぜ彼らと呼ぶの?」
 EZLN調査委員エリアス・コントレラスは、まじめな表情になり、まるで遠く、見えない何かに向かうように、答える。
 「ああ、われわれサパティスタはまだ表現する言葉がないものがあるのを知っているが、今ある言葉を使う。しかし、どう名づけるかわからないが、そういうものが存在し、そこにあり、多くはよいものであるが、われわれが想像できない苦悩、まだ知らない喜びもあることをわれわれは知っている。だが、いつの日か…」
 エリアスは黙っている。ラ・マグダレーナは棍棒を捨て、彼に近づき、手を取って尋ねる。
 「いつの日か」
 エリアスは顔を赤らめて答える。
 「いつの日か、わからないことを理解するための言葉をわれわれは手に入れる。名前がなくても存在している世界はあるから」
 そして、ちょうどその時、なぜかわからないが、空が晴れ、別れを惜しむかのように太陽が顔を出した。そして、太陽が顔を赤らめ立ち去る寸前に、その反対側から月が顔をのぞかせた。しばらく太陽と月は顔を突き合わせていた。お互いを繋いでいた通常のコースをたどらず、一度だけすべての慣習を無視し、不可能を可能にするため、両者が会いに行きはしないだろうかと、誰でも想像できたはずだ。
 下の方では、もっとも年長でいちばん最初の監視者が、星々に書かれていないことを読むよう鹿に教え、そこから離れた所では、ひとりの小さな女の子が、色とりどりの一冊の本の文字の中に別のアルファベットを発明していた…。
 では。お大事に。そして、インド、韓国、ブラジル、米国の屈服することのない農民たち[2007年7月17日開催の『資本主義的略奪反対・大地領域防衛』シンポに参加]とわれわれを結びつける抱擁のように、まだ名づけられていないものに栄光あれ。


25 天空を読む(2007/10/17)

仲間の皆さん
 私の声を通じて、サパティスタ民族解放軍の声が語られる。そして、私の声を通じて、メキシコ南東部の山岳地帯に暮らし戦っているマヤをルーツとする先住民のサパティスタの男女、子どもと老人は挨拶する。われわれは、この大陸の根源であり支えとなっている先住民族、ナシオン、部族に挨拶する。大地の色が持つたくさんの色にわれわれは挨拶する。
 われわれを歓迎していただいたメキシコ北西部のインディオの人々、クミアイ、パイパイ、キリワ、クカパ、トオオノ・オダム、コムカック、ピマ、マヨ・ヨレメ、ララムリ、グワリヒオに挨拶する。

ソノラ州先住民

           北西部の先住民族

 そして特に、われわれを迎えてくれるヤキの男女に挨拶する。彼らの暮らす大地と天空で、アメリカ大陸の先住者たちの文化の言葉が出会っている。ビカムの伝統的権威者、出席しているヤキのほかの人々に挨拶する。

大陸集会

   アメリカ大陸先住民族集会の主催者ヤキの権威者

 われわれを召集する声と耳である先住民全国議会に挨拶する。われわれを助け、支援し、同伴してくれるソノラ州、メキシコ、アメリカ大陸、世界の女性と男性に挨拶する。
 われわれは、距離、言語、国境、政府、嘘、迫害、死、そして上の世界の連中がわれわれに押しつける偽りの分断など、すべてのものに抵抗する姿勢で、このアメリカ大陸先住民族集会に参加する。上の世界のわれわれの監視体制下にあるわれわれのどんな夢と同じように、夜明けを迎えることは、数時間前、数日前、数ヶ月前、515年前と同じように、不可能に思えた。
 アラスカからパタゴニアまで、アメリカ大陸に活力をもたらす先住民族、ナシオン、部族の代表団や代表者たちが、ここに参加している。世界の多くの場所から耳や言葉が届く。われわれは歌を聞くことも、沈黙を聞くこともあるだろう。われわれは色や記憶を見ることもあるだろう。
それゆえ、ここにいる人にも、いない人にも挨拶する。
 そして、記憶を持って、お話しをもって挨拶する。

 メキシコの大地のもう一方の端、南東部の山地では、ある伝説が次のように言っている。月が曲がった光の傷跡のように僅かばかりの影になっているとき、最初の神々、つまり世界を誕生させた神々が創った空間に、一つの問いかけが描かれている。その空間は、疲れを軽減させるために、皮膚が育つように創られたものである。伝説では、われわれの天空に新月が昇る頃、アメリカ大陸のすべてのインディオの先住民族の夜の屋根の上でも、この質問は繰り返されるという。
 同じ問いかけは北米の空にも現れる。モホーク、オネイダ、カユーガ、オノンダガ、セネカ、トゥスカロラが住むハウデノサウニー[長い家:米国とカナダにまたがるイロコイ連邦]の大地で、常に新鮮な緑の葉をした大樹ツォネラタセコワ[白松]の上に、ワユウ[コロンビア・グアヒラ半島に居住する先住民族]の大地を経て、大陸最南端のマプチェの天空にまで広がる。

大樹

         イロコイ連邦の偉大なる白い松


 新月ごとに、昔からの問いかけがある。もっとも原初の母、大地のための生命はあるのか?
 記憶の守護者である最長老たちは、最初の神々が世界を創造したとき、解答は作られなかったと語っている。創造主である神々によって、世界のパズルの基本ピースとして残されたという。最初の神々は、記憶がなくならず、ときおり現れるように、解答を大地の天井に残したという。
 やがて、死にいたる命令を下すお金が到来し、この大地を支配し始めた。破壊をもたらし、それを「近代」と呼んだ。強奪や略奪をもたらし、それを「文明」と呼んだ。強制をもたらし、それを「民主主義」と呼んだ。忘却をもたらし、それを「流行」と呼んだ。
 ウォール街にある資金保管庫、大企業本社のクリスタル・タワー、大陸全域を痛めつけている悪しき政府の要塞バンカーの中では、この問いかけはまったく区別されないと、われわれの知恵者は言う。そのため、世界の始まり、大地の最初の歩みに際して残されたあれこれの問いかけを天空に読み取ることができるのは、先住民族だけだと言われている。われわれの最長老によると、それ以来、多くの解答が用意され、歌が歌われ、踊り、言語、布や皮膚の色、言葉、歴史、文化、記憶が創られている。
 上の世界の連中、命令するもの、お金にとっては、答えはひとつだけである。銀行口座のように堅固で、強欲のように無尽蔵で、野心のように膨張している。「それは違う。この大地のための生命などない」とお金は答える。「死がもたらされる」ではなく、「商売があるさ」と反論する。
 一方、先住民族、ナシオン、部族のなかでは、解答は壊れてしまい、多くの断片に分かれ、時間と空間の中に撒かれ、死が構築し支配する国境の中で失われている。515年前、われわれが、時には対立し、分裂し、いつも断片化しているということに、支配者は気づいた。そして、大地で通じて一体となっていた壊れた血を征服した。それから515年、われわれ先住民族、ナシオン、部族は、抵抗し、生き残り、戦おうとしてきた。
 皆さんは、これらの苦悩と反抗的な尊厳のお話しをこれから聞くことになる。聞けば、話せば、われわれは自分が何ものであり、どこにいるかわかるようになる。
 われわれの血の苦悩は名づけられ、その責任者も名づけられている。お金である。経験と知恵も名づけられるだろう。われわれ民族も名づけられるだろう。われわれの要求も名づけられるだろう。われわれが望む正義、われわれが必要とする民主主義、われわれに相応しい自由である。われわれのものだったが、なくなり、奪われたものも名づけられるだろう。われわれの心、われわれの人々の心の声も聞かれるだろう。
 答えが集団的なものになった時、この大陸が今日、火と忘却、騒音によって沈黙している声を回復した時、おそらく、いちばん最初の母である大地が待っている解答、大地が要求している生命の「肯定」が、われわれの天空に描かれだすだろう。そのことをわれわれは理解するだろう。それは いちばん最初の声、先住民の声、われわれの声である。
 そうすれば、おそらく、今日、影から光への通過を始めた新月のように、人生は彼らの道、彼ら歩み、彼らの仲間の中にあるという解答をわれわれの子どもたちの中に描き始めるだろう。そのためには、おそらく、振り返って遠くを見なければならない。それはわれわれが記憶と呼ぶものである。今、この場で、尊厳ある存在にならねばならない。それはわれわれが反抗と呼ぶものである。まだ存在していない世界、それを形作る手、それを歌う口、それを歩く歩みを待っている世界を歩かなければならない。それは、われわれが闘争と呼ぶものである。

ビカム

        ビカムでのアメリカ大陸先住民集会

仲間の皆さん
 この集会の場では、われわれサパティスタとしてのお話をしないことにした。われわれの苦悩は、他の先住民族の仲間たちの苦悩の中でも語られていることを知っている。同時に、われわれの夢や希望、それを実現するために展開する闘争についても語られている。ほかの機会と同じように、今日のわれわれの役割は、橋渡し役である。皆さんの声が行き来し、寛大な聴き手に出合い、皆さんの色が見られるように、皆さんの記憶が示されるようにすることである。
 われわれの男女の統率者、守護者たちはこう言っていた。それぞれが語りあい、われわれの心の声を聞きあおう。お互いに教えあい、われわれの心で学んでいこう。
 われわれの沈黙は、われわれが敗北していないこと、戦いが続いていることを思い出させてくれるカナダからチリまでの人々に対する挨拶、敬意、尊敬と感謝にほかならない。勝利とは別の世界で生活することである。その世界とは、現在と未来のわれわれのすべての世界が収まる世界である。

そうなることが、望ましい。
どうもありがとう。

ビカム集会

          メキシコ北西部の先住民族


26 ソンブラ(影)は月の追い立て役(2007/12/15)

追伸:月は恨みぽいと確認、戦士ソンブラの起源に関する伝説を語る

火と警戒

      戦士ソンブラが登場する『火と警戒の夜』の表紙

ソンブラ、月の追い立て役。

 かつて語られたとおりに語るとしよう。はるか昔のことだ。それを定める暦すらなかった。それが起きた場所を地図で確定することもできない。戦士であるソンブラは、戦士でもソンブラでもなかった。報せが届いた時、ソンブラ(影)は山にまたがっていた。
 「どこ?」と尋ねた。
 「あそこだ。山の切れ目のところだ」と、漠然としたことを言われた。
 まだソンブラでないソンブラは、馬にまたがった。報せは、峡谷の隅々を駆け巡った。
 「月だ。落ちたのは。ただ、それだけだ。気絶したように墜落した。嫌々をしながら、ゆっくりと落ちていった。私を見ていないように、気づかないかのように。でも、われわれは月を見ていた。丘の上でいったんは立ち止まり、その後、谷底まで転がり落ちた様子をわれわれは見ていた。月はそこに行ってしまった。われわれは確かに目撃した。その時は光だった。月は光だった」
 ソンブラは渓谷の端にたどり着くと、馬から降りた。ゆっくりと谷底に降りた。ソンブラはそこで月を見つけた。ソンブラは月をメカパルで包んだ。ソンブラは背中に月を担いだ。月とソンブラは山の頂上まで登った。道の上にはソンブラ、ソンブラの上には月がいた。
 両者は丘の一番高いところに到達した。そこから月を天空へ放り出し、月が再び夜の道を歩くようにするためだと、ソンブラは言った。
 だが、月は言った。
 「いやです。ここに、あなたと一緒にいたい。私の光は、寒い夜には、あなたにとって弱々しい。灼けるような昼間でも私の光は涼しい。あなたは、私の輝きを倍増させる鏡を持ってきてくれるでしょう。あなたと一緒にここにいたい」
 ソンブラは言った。
 「だめです。世界も、男女も、植物も動物も、川も山も、月を必要としているのです。暗闇の中で自分の歩みをじっと見つめるため、迷子にならないため、自分が誰で、どこから来て、どこへ向かうのか、忘れないために」
 両者は議論し合った。ずいぶん時間がかかった。両者のつぶやく声は、茶色い光、発光する影となった。ほかにどのような言葉を交わされたか、誰も知らない。ずいぶんと時間がかかった。
 夜明け前、ソンブラは立ち上がり、メカパルを使って月を天空に投げ返した。月は怒り出し、傷ついた。はるかに高い所、最初の神々が月に与えた場所に、月が留まることになった。
 その天上から、ソンブラを呪って、月は次のように言った。
 「今から、あなたはソンブラよ。あなたは光だと思うかもしれないが、そうではない。あなたはソンブラとして歩むことになる。戦士になる。あなたには、顔も家も休息もなくなる。あなたには道と戦いしか残っていない。あなたは勝利するだろう。きっと愛する人に出会えるだろう。「あなたを愛している」と言うとき、あなたの心はあなたの口で語るだろう。しかし、あなたはソンブラであり続け、あなたを愛する人に出会うことはないだろう。あなたは愛する人を探すだろうが、「あなた」と言える唇に出合うことはないだろう。ソンブラ、あなたは、あなたでなくなるまで、戦士であり続ける」
 それ以来、ソンブラは今のようになった。つまり戦士ソンブラである。いつどこで何だったのか、そしてどうなるか、誰が知っているのか。まだ、その暦を作る必要があり、その地図をまだ発明する必要がある。まだ、「あなた」と言うことを習得しなければならない。
 まだまだ先は長い…
 また明日、お会いしましょう。

 副司令



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