見出し画像

 お久しぶりのつれづれつづりです。匿名エッセイなので前後のエピソードの事など忘れてお楽しみいただければと思います。
 今回のテーマは「大切なもの」。物か者かMONOかというところですが、基本的に「物」で通します。せっかくの三回ということなので、衣食住の大切なものでお届けします。きっと。

 私が大好きなテレビ番組の一つにソーイング・ビーというものがあります。イギリスのテレビ番組でソーイング(縫い物)の腕を競うコンテスト番組です。決められた課題のテーマをいかに表現するか、いかに手際よくやるかがポイントになってきます。どれだけ素晴らしいデザインができても、時間内におさまらなければ意味がない。センス・独創性・技術を求められながらも、そこまでヒリついた感じもなく、しかし審査はシビアに行われるのが観ていて楽しい。
 似たような番組にプロジェクト・ランウェイがあり、これも大好きだったんですが後継番組の「メイキング・ザ・カット」はすでにブランドをすでに持っているデザイナーだったのでビジネス的な側面が強すぎたのがちょっと嫌でした。
 ソーイング・ビーの素晴らしいところは優勝しても(おそらく)特に何があるわけでもないというところです。トロフィー的なものはありますが、賞金とかがあるわけでもなく、その後ブランド立ち上げて大成功とかもありません。(もちろんキャリアチェンジする人もいますけど)
 そして何と言っても審査員のパトリックが悲鳴を上げたくなるくらいかっこいい。エズメの不思議な雰囲気も素敵。
 私は洋裁の知識が一切ないので、この番組を観ていると「へー! よくわからん」の連続です。そもそも立体の認識が弱いので、これをああしてこうするとこうなります みたいなのが苦手なんです。こことここを縫って折り返して、ここをさらに……とかやられると確実に「なるほどわからん」となります。それでも少しずつこういうテクニックが などというのを理解できると服について興味が出てくるものです。

 そんな中で出会ったのが一着の服でした。
 普段全く覗かないセレクトショップをフラフラしていたらひときわ輝く素敵な色の服がありました。夏服で薄い生地だけれどデザインがなかなかいい。貧乏性ゆえ一番最初に値札を見てしまうのですが、全く手が出せないわけではないけれどセレクトショップ価格。この薄い布に一体どれだけの価値が、とか思ってラックに戻して終わりでした。いつもだったら。

 そのシャツには前面にピンタックがきれいに入っていたのです。
ピンタックというのは生地を細く折ってひだのようにして縫い合わせたもののことを言います。詳しくはググってください。多分人生で一回くらいは見たことがあるはず。
 私だって番組を見るまでそれが「ピンタック」であるということは知りませんでした。知りもしないし、知ろうとも思わない、それがどれほど高度なことなのかなど考えたこともありません。
 あの番組を見ていなければ「ただの高い服」で終わっていました。けれど、まっすぐ均等に縫うことの難しさを見てその手間を、価値を理解できました。
 もちろん工業用のミシンでササッとできたりするのかもしれませんけれど、それでも普通の服よりもひと手間かかっていることは間違いありません。こんな服を着られたらいいな と思いながらも、服を探していたわけではなくてたまたま立ち寄っただけですし、自分の教養が一つ高まったことを確認できただけでも収穫だな とその場を後にしました。

 やらずに後悔するよりもやって後悔したほうが なんていうのは詭弁だと思います。現に「なんでこれ買ったんだよマジで」というのは連なる山のごとくあります。これは比喩じゃなくて実際に。存在しているんですよ。
 それでも私はその晩買わなかったことを後悔しました。奇声をあげ、のたうち回り、額を壁に打ち付けました。それは流石に嘘ですけど、布団の中でため息くらいはついたと思います。
 翌日その店に行き、試着もせずに買いました。

 素敵な服に袖を通すことは、こんなにも心躍らすものなのですね。以来、私の大切な一着となりました。

 惜しむらくは大切すぎて普段遣いしにくい事。なかなかうまくいかないなぁ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?