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ネット社会の経済学

◾︎ネット社会の経済学◾︎

インターネット社会になって約25年。ありとあらゆるものが交換され始めヤフオクやメルカリなどで個人間取引が始まったことを始め、「レンタルおじさん」とか「飲み友達募集」など決して労働でも資本でもないものまで交換され始め、おまけにeスポーツの動画で億単位のお金を稼いだりとかいうことが起こっている。今までの経済学ではまったく理解も分析もできない事態。

問題なのは大学に行って経済学を学んでも古い経済学ばかりで現在のネット社会経済にまったく適用できない内容ばかりだということ。学んでも意味がないというか。どこかで20世紀の経済学は置いてけぼりになり時代遅れの産物になったのだ。しかし、このことを指摘する人は誰もいない。使い物にならない経済学を教えてそれに高い授業料を取るというのはどう考えてもおかしい。大学受験で良い点を取りたければ朝日新聞を読めと言われた時代が長かった。今本気で朝日新聞を読んで勉強してるとヤバイと思う。その時代錯誤感を経済学にも感じる。

話変わって。

1970年代から特に栗本慎一郎が取り上げて脚光を浴びたカール・ポランニーという学者がいる。経済学者である。おそらくカール・ポランニーこそが「今までの経済学では捉えきれないことが現実に起こってる」という現代社会の不穏の事態を指摘した最初の人である。具体的にはカール・ポランニーは「経済に文化人類学の要素が入り込んで来ている」と指摘している。これはどういう意味かというとアフリカ的要素が入って来ているという意味だと捉えていいと思う。

アフリカ社会の仕組みを西洋に向けて初めて紹介したクロード・レヴィ・ストロースの「親族の基本構造」は極めて重要な書物であると思う。「すべては記号の交換でしかない。意味などない」というレヴィ・ストロースの論調は横暴に聞こえるが、現代のネット社会の交換性を最もよく指摘していると思う。労働をして給料もらうのも、お金を払ってレンタルおじさんするのも、仮想通貨を購入するのも、すべてただの交換であってそこに差異はない。こう考えないとたしかに昨今の事態は理解ができにくい。カール・ポランニーが言った経済に文化人類学が入り込んで来ているというのはこういうことだと思う。

逆に言えば、何でも交換できる社会になったと考えるべきだろう。葉っぱを売って儲けてるおばちゃんがいるし、ダンスの自撮り動画で稼ぐ若者のYoutuberもいる。時代は変わる。経済も変わった。だから経済学もまた違う視点に切り替えないといけないと思う。


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