投資家五月さん 自筆記事から


戦国時代の猛将が現代に生まれても活躍の場がなかったように、あるいはそれまで埋もれていたエンターテインメントの才能がYoutubeで開花したように、成功とは常に時代というスポットライトを浴びることなくして生まれることはありません。
 
 私がこのキャリアをスタートした2005年は、ライブドアや村上ファンドが耳目を集め、日本中がデイトレブームに沸いた熱狂の頂点でした。もう少しタイミングが早ければ、そもそもオンラインで手軽にトレードをするという機会が存在しなかったし、遅ければリーマンショック後の荒廃したマーケットの中で、相場のポテンシャルを体感することなくその場を去ることになっていたかもしれません。日本の株式史上、最も良いタイミングにたまたま自分が株を始めることができた、その幸運が全ての前提にあります。
 
 私はこうも考えます。ウサイン・ボルトよりも足の早い人間は、この地球上におそらく存在しないと。なぜなら、走るという基礎的な身体能力を試す機会は必ず存在し、その才能が見いだされないままに終わる可能性は極めて小さいからです。しかし、株の運用はどうでしょうか?学歴で厳しく選抜されたごく少数の中から、たまたま運用部に配属された何人かだけがその能力を試す機会を与えられます。その人類全体から見ればあまりにも小さなプールの中に、本物の才能がいる可能性がどれほどあるでしょうか。私たちは社会の仕組みによって、年金や保険などを通じて否が応にも相場に参加させられているのに、その大事な大事なお金の運用を、本当に能力があったかどうかも疑わしい極めて少数の人材に委ねているのです。この構造そのものが、システムに気付いた者に際限なく富を供給する装置となっているわけです。
 
 もちろん、自分はとんでもない株の天才なのではないかと勘違いした時期もありましたが、長いあいだ相場と向き合い、こうした事実に気が付くうちに、いつしか自分は相場に勝たせてもらっているだけなのだと思うようになりました。そして、こうして勝たせてもらっている以上、この幸運をいずれ何かの形でお返ししなければならないという気持ちが強くなっていったのです。
 
 そんな中で今から2年前に、将棋の藤井聡太さんが驚くべき連勝記録を打ち立て、若き天才現るとしてメディアで華々しく取り上げられる現象が起きました。知人の一人がプロ棋士を目指していた関係から将棋教室の役員をしているのですが、このプチブームによって多大な恩恵を受けたと言います。将棋のような地味な業界でも、たった一人のヒーローが現れることで世界が大きく変わることがあるのだと言うことを目の当たりにしました。
 
 そういえばかつて囲碁でも、マンガ「ヒカルの碁」が社会現象となって入門者が増加したという話があったし、私が子供の頃は伝説的なバスケマンガ「スラムダンク」に刺激された同級生の多くがバスケ部に入るということがありました。また、サッカーでは「キャプテン翼」に影響を受けたプロ選手も数多くいると聞きます。そして私が相場の世界に足を踏み入れるきっかけとなったのは、ドラマ「ビッグマネー」でした。
 
 もしかするとここに答えがあるのかもしれない。そう思った私はオフィスの片隅に積まれていた「ワールドエンドエコノミカ」の小説版を手に取り読み始めました。私が引き出しの奥にしまってあった支倉さんの名刺を取り出したのは、それからしばらくしてのことです。
 
 日本では投資教育がなかなか進まないと嘆く声が長く聞かれてきました。そのためにあの手この手で努力を続けている人たちもいます。でも私は思うのです。格式張った投資哲学を1万回唱えるよりも、型破りでも、たとえそれがファンタジーの上であっても、相場の「おもしろさ」を最高の形で表現してみせれば、それによって心を動かされる人は遥かに多いのではないか?と。
 
 私の友人でも、ドラマ「ハゲタカ」に魅せられて投資銀行を志した業界人が何人かいます。映像やコンテンツの伝える力、メッセージ力はとても大きく、時としてそれは世界を一変させるほどの効果を持つことさえあります。それまでどれほど頑張っても届かなかった声が、たった一つの作品によって壁を打ち破ることがあります。
 
 
 でも、ワールドエンドエコノミカは違いました。現実に起きた事件を題材としたストーリーを、ファンタジーの世界観の中で必要十分なリアリティを保ちながら表現しきったその絶妙なバランスは、間違いなく支倉さん以外に生み出すことはできないでしょう。これは、稀代のファンタジー作家が相場を心の底から愛し、ただ自分が書きたいがために書いたことによって生まれた唯一無二の傑作であり、これ以上の原作は後にも先にも現れることはないだろうと思います。
 
 私からすれば、この作品は日本の投資を変える力を秘めた、いわば天から授けられた一発限りの銀の弾丸。この最初で最後の機会を後押しするのは、この時代に生かされた投資家としての使命なのではないかと思うのです。そしていつか、出来上がった作品を見て心を動かされた若者が投資家として良い行いをしてくれたら、その効果はこれから投じようとしている数億円の何倍、何十倍にもなって返ってくるでしょう。これほどにレバレッジの効く投資を私は他に知りません。
 

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