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連載小説【夢幻世界へ】 2−6 畢竟、依を帰命せよ

【2‐6】


 核の冬。

 夢想されたが、実現することのなかった世界。
 度重なる核爆発により大気圏に吹き上がった塵が太陽光線を遮り、地球の平均気温を十度押し下げ、小氷河期が訪れる世界。
 街は古ぼけ、暗く、塵が舞い降りる。防寒具を着込んだ人びとがそそくさと建物から建物へ移動する。
 残留放射能と天候不順からくる日常的な食料不足、インフラの崩壊と人々の荒んだ精神が生み出す厭世的、退廃的な思想。
 ある時期、この世界が現実のものとなるように感じられた時期があった。詳細なイメージが多くの政治家、学者、文化に携わる者から提示され、警鐘を鳴らした。人々の心に強く差し込まれたこのイメージは、今、熱量を下げ、小さきものに成り果てている。

 これはなくなったのか?このイメージは何処へ行ったのだ?

 取って代わって、人々の心を掴んだものは、ターミネーターの世界観であった。AI (人工知能)がシンギュラリティを迎え、人間を攻撃するイメージだ。このイメージは政治的な要素が少なく、着実に進む技術の進歩とともに、今後長く生き続けるイメージとなるであろう。多くの夢にも登場することだろう。

 まだある。人々を引き付けて話さない危機のイメージは。それは気候変動、放射能の拡散、ゲノム改変による、深刻な未来のかたち。それらの悪夢を、我々はこれからどれだけ生産していくのだろう。

「夢想など、時代時代で移り変わるものよのう」上人が言った。

「しかしそこからしか、人間は発現していかないでしょう。地、血縁、空間、言語、肉体、関係、自然、我々はひとりで生きているわけではないですし」従者が返す。

「諸行無常とはよく言ったものだ。ここでは何もないところから、我々は始めなければならんなあ」

「ちょっと待ってください。あなたたちはなんですか。私はどこにいるのですか?
プランク時流体ベータ計測機器がプラス2100を指し、Q 型時空間爆弾の威力で脱出したまでは記憶しているのですが、一体ここはどこですか?」

「さて、異能のものよ、我は高弁と呼ばれているならず者である、ここではな。こうして好き勝手な振る舞いをさせてもらっているが、気を悪くせんでくれ。これはこれで結構疲れる立場なのだ」

 上人は謡うように語る。

「ここがどこか?その答えをおぬしは知っているはずじゃ。答えは問いの中にある、とは世の常。畢竟、依を帰命せよ※¹、とは善信※²の言葉じゃが、おぬしの拠り所はどうやらまだ遠くにあるようじゃなあ」


※¹「畢竟、依を帰命せよ」=本当に依るべき究極の依り処を根拠として生きていきなさい、の意。

※²親鸞の別名。十九歳のときに見た夢に由来する、生涯大事にしていた生きる姿勢を表しているとも言われる。

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