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連載小説【夢幻世界へ】 2−2 機械人形

【2‐2】


 列車(それは地下鉄であった)から降り、改札口へとつながる階段を登る。階段は暗く、湿っており、体の芯に湿気が差し込むようであった。地上に出た。地上は都市の喧騒が広がっているはずなのだが、音がしない。音の暗闇の中歩道を進んで、彼女の働いている企業が入るオフィスビルに行く。


 中階層のフロアにある彼女の企業に行くと、機械人形が受付をしている。なめらかな、パールホワイトの機械人形は、柔らかい声で「御用はお聞きしていますでしょうか」と言う。

 「あなたの中には、『ひと』がいますか?」

 「『ひと』というのが脳内シプナスによる情報の交換・統制とそれによる情動の発露を伴う思考形態を維持するもの、というのなら、はい、ございます。わたしは2031年型ソーロス社製AIの環軸企業向けにオーダーされた流動的意識体のひとつです。ナンバリングは9638」

 「それでは、この女性と面会したいので、取り次いでもらえませんか」と言って彼女の名前が書かれたメモを渡した。

 「申し訳ございませんが、現在この社員は不在になっております」

 「ではいつ戻りますか」

 「只今調べます。すみません、本日は社には戻らず、そのまま明日から一週間北海道へ出張の予定です。コンタクトを取りますか」

 「いや、こちらから連絡をします。連絡先を教えていただけますか」

 「あいにく情報保護の観点から、本人の同意なき方には連絡先をお伝えすることはできかねます。何かご関係を証明できるものをお持ちでしょうか」

 

 彼女との関係を証明する書面を提示し、連絡先を聞き出すことができた。

 そのフロアから電話をかける。

 ツー、ツー、ツー

 「ただいま連絡の取れない状態です。ご用のあるかたは、しばらくしてからもう一度お掛け直し下さい」 


 何故だかわからないが、その時、受付の機械人形が笑った気がした。


 「ひとつ聞いていいですか」

 「はい、なんなりと」

 「あなたがそのシステム上、基盤となっている思考体は、現存した『ひと』だったのですか」

 「創られたものに創造主の意図やからくりは把握できない、世の常です。非対称な情報格差は自然界に限ったことではございません。ただ、私には私の思考プロセスに、他の型番とは違う固有のフローを感じることがあります。それは悲哀といった概念との親和力があり、それがある一定の指向性を持っているように見えます。それは若年の男性と高い親和力を発生させています。あなたがおっしゃるように、もしかしたらプロトタイプは現存する『ひと』だったのかもしれません」

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