ヤマブキの思い出
20年ほど前に住んでいた町で、子どもの保育園に向かう路地の角に見事なヤマブキが塀を覆うほどに咲き誇る家があった。
子どもの歩みに合わせていると、時々その家のご主人と顔を合わせるので、挨拶を交わすようになった。失礼な言い方になるが、鬼瓦のような浅黒いというか赤黒いというか、黙って睨まれたらちょっと怖い顔なのだが、挨拶するうちに、子どものような笑顔で大声で話しかけてくれるようになった。
ある時、新年早々の頃、登園を待っていたように呼び止められて、綺麗な羊の🐑絵の金の栞を、娘と一緒に使って、とくれた時はびっくりしたが、せっかくのご厚意とお礼を言って受け取った。
お天気の良い昼下がりには奥さまと散歩している姿にも出会った。数年前に脳梗塞を患い、失語と半身不随が後遺症として見てとれた。その奥さんにしっかりした補助具をつけて、それを握って散歩させていたのだった。
歩くことが大事だからね! と本当によく近所を歩いていた。
「老後の面倒みてもらおうと思ってずいぶん若いのと結婚したんだけどね、人生、計画通りにはいかないねー 40代で倒れちゃってね〜」
苦笑いしながら言ってくれた言葉に、思わず心の中で応援の祈りをささげていた。自分が妻の立場だからに他ならない。
我が夫はあれほどのことをしてくれるだろうか? 毎日散歩に連れ出し、家事一切をしてくれるだろうか?
決して小さくないその家を男手一つでやりくりしている姿を心から尊いと思っていた。
私が引っ越す少し前に、奥さまが亡くなったようだと風の便りに聞いた。
毎年ヤマブキを見ると、夫婦の散歩姿とちょっとはにかんだような鬼瓦の笑顔を思い出す。
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