数学ダージリン【毎週ショートショートnote】
ポツポツと浮かぶ泡のようにポストが上がる。職場で休憩中の香織はスマホの画面を消す。
推しができた。いつの間にか新しい付き合いが始まっている。
香織は人付き合いが苦手だった。社会人になってから随分と言われた。
「あんまり残業しないでよね。仕事押し付けてるみたいじゃない」
「裏で言われてるよ。上手く仲立ちしなよ。辞めちゃうよ」
何度も何度も陰で噂され、表で無視され、怒鳴られ、睨まれ、できないやつだと言われ続けた。
香織は帰りの電車が嫌いだった。
新人の頃を思い出す。
夕暮れの空と止まらぬ速さで流れる建物を見ながら堰き止められない雫がポロリと落ちたとたんに何度もこすり取る。
もう10年が経った。未だに体調はよくならない。どうすればいいのかはわかっている。
余計なことは考えない。前向きに。自信を持って。笑って。
人付き合いが始まる度に、絡まる。
上手くやれない。
何度もやり直している。
上手く行かない。
何度計算をし直しても正しい答えは出せない。
休憩初めに淹れたダージリンに口をつける。
英国人は濃い紅茶がお好きだという。
「にが…」
これはきっと、スプーンが立つほど煮詰まった紅茶だ。
終
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