駅(ポスターとそれを撮る人を見て声をかけた駅員の話。)
※ヨリ重ポスターについての創作の短編です。
関係者様やENG関連についてのイメージを壊したくない方は閲覧を注意してください。
ポスターについてマイナスな表現が出てきますが、私の感想ではありません。あくまでも、小劇場のファンでも何でもない一般人の駅員・澤さんの感想です。(私は全員が主人公だからあのポスターであると思っています)
亜音さんと佐藤修幸さんには僭越ながらお名前を使わせていただくご了承を戴きました。亜音さんのぶさん、大変お忙しいところ、ありがとうございます。🙇💦🌕
ツイッターではヨリ重公開期間のみ公開とさせていただき、その後ツイートは消して、noteのみでの公開とさせていただきます。
さとやん
毎朝、澤は上司に指定されたポスターを駅の構内に貼る。それは旧国鉄の宣伝のポスターであり、地方の温泉や旅館であり、時には塾のポスターが長く貼られたり、リニューアルしたパチンコ店のポスターであったりする。
「澤、これ貼っといてくれるか。国鉄の隣の今空いているところだ」
「はぁ」
澤は、またか、と思いながら、まだ貼る前で丸められているポスターを見遣る。
「20日までだから21になったら外せよ」
「まじすか。みじか」
「何だって、二百人も入るかわからねぇ劇場でやる舞台のポスターだとよ」
「はぁ。そんなん見る人なんているんすかねぇ」
「どうだかなぁ。とりあえず金もらってんだから貼っとけよ」
「はいー」
澤は気のない返事をして、重い腰を上げる。
朝10時過ぎ、澤はいつもどおりポスターを貼る。しかも今回は掲載期間が短く一週間もしないうちに外さねばならない。
「ぜってぇ忘れるよな…」
これが、推しの有名アイドルのポスターならば忘れない自信があった。だが、誰が主演かもわからない所謂小劇場とかいうコアなファンしか行かない舞台のポスターである。忘れる自信はあった。
「なんだ、これ…」
ポスターならば主役を目立たせて構図を考えて目を引くデザインにするはずである。だが、今開いて貼ろうとしたポスターは賽の目に区切られた白い将棋盤のマスの中に絵の具を散らしたような色とりどりの背景で登場人物一人ひとりを載せてしまっている。
「主人公誰だよ」
真ん中に白くポッカリと空いた横長の長方形にヨリソウ重力と書かれ、その下にさらに細かい賽の目になった長方形に小さい登場人物がいる。総勢20人は居るのでは?と思える量の人であるが、目を引くのか?と問われれば、さぁ?としか答えようがない。どうしてこんなデザインにしたんだ。
ありきたりだな、と澤は思って、駅務室に戻った。これから日中は利口に当たり障りなく業務をこなさなくてはならない。
澤はいつもどおり駅務室から改札に向いて座った。数年前までどうでもいい決まりがあった。窓口の駅員は立っていないといけない。何時間も改札を向いて立っているが、大概は簡単な事務と遅延などのお小言をはいはいと聞いているだけで終えられる。
その日も新規のポスターを貼り終えた澤は通り過ぎていく人を見ながらハイハイという業務をこなす予定だった。
「…あ!!!撮り忘れた!!!」
突然大声がしたと思って澤が顔を上げると、改札を出た途端に人の流れに身を任せるのをやめて年齢の割に妙に明るい髪色の女性が自分のトートバッグをガサガサと漁っている。サッと見えた爪は真っ赤なのに、顔はすっぴんに近い…。
そんな女性の慌てふためき振りは意に介さず、駅から降りていく人々は忍者の如く女性を逸れていく。
あの人、何やってんだ…?澤が不審に首を傾げていると、カバンをガサガサと漁りながら「あったあった!」と思いの外大きな声で駅務室に近づいてくる…が、目的は違うようで改札の中を見ている。
「ポスターでっかー…!」
にわかに顔をほころばせて改札の外から先程澤が貼った碁盤の目状の色とりどりのポスターを何とか撮っていた。
澤は、一言言えば入れるのにな。と思ったが、女性は一枚撮るとさっさと向きを変えて目的の場所へ向かっていった。
その後も数人、ポスターを撮りに来る人が居た。これまで何枚もポスターを貼っては剥がしているが、撮りに来る全員がなにか感慨深い顔をして撮っているポスターとは一体何物なのかと思った。旧国鉄のポスターでさえ撮りに来る人も居なければ、人気の新幹線や列車ならばマナーの悪い鉄道ファンからたまにポスター欲しさに声をかけられることもある。だが、今までたった一人でわざわざこのポスターの写真を撮りに降り、静かに写真だけ撮って帰っていく人を目の当たりにするのは初めてだった。
日勤の業務を終えてあと何時間かで終電だという頃合いに、昼間に見た女性がガヤガヤと何人かで駅にやってきた。妙に声の大きい集団だった。駅員は24時間勤務の方法なので、夜勤までして次の朝に退勤して終わる。澤は終電が終われば駅の締めをするために人もまばらになりかけた夜に構内に響く声で眠たい瞼が少し開かれた気がした。
「朝通り過ぎちゃって撮れなかったの!でっかー!」
おわぁぁ!とまた明るい髪の女性の声が響いた。けらけらと笑う男性も負けじと声が大きい。いい目覚ましになった。
やいのやいのとポスターを指さしながら「全然違いすぎて見えない」等話している。出演者だろうか、と澤は思った。しばらく騒いで数枚の写真を撮ったら、「また明日ー」と言って、三々五々にそれぞれのホームに向かって分かれていった。
駅の構内はとたんに、シン、と静まり返って、時々みんなのトイレの案内音がピンポーンと定期的に視覚障害者に向けて存在をアピールしていた。
0時過ぎに駅を閉めて、朝4時前に駅を開けるのが、夜勤を含む駅員の仕事だ。そして、朝のラッシュを少し過ぎた9時頃、交代の駅員がやってきて、引き継ぎをして勤務終了になる。
ポスターのおかげで昨日の人間観察は飽きることなく、この退屈な業務を済ませることができた。
澤はそろそろ勤務交代と思い、相方の上司が窓口に立っている間に少しだけポスターを見ることにした。
昨日見た通り、碁盤目状のマスに分けられて絵の具をちらしたような背景の中に登場人物が立っている。どうしてこのデザインにしたのか謎だった。
ふむ、と澤が眺めていると、昨日の明るい髪の女性がポスターのみでの写真を撮り忘れたのか、澤の隣に立ってまたトートバッグをゴソゴソと漁って携帯を取り出した。
「…出演者、なんですか…?」
「はい?」
160センチにも満たない普通だが妙に明るい髪色の女性で、だが、普通の人だったので、澤は何も思わずつい声を書けてしまった。声を掛けていたことに驚いた。
「あ、いや、自分駅員でして、昨日これ貼ったら随分撮る人が多くて、なんでかなー…って…」
「はぁ…」
女性は、ケータイで一枚、ポスターの写真を撮った。
「私これに出てるんです」
「はぁ…」
「この役で」
「えぇ!?」
女性が指したのはツケマのすごい厚化粧のいかにも強いオンナの顔をした役だった。眼の前にというか、隣に立っている人との共通点は…真っ赤なマニキュアくらいしかない。
「えぇ…この役ですか…」
「ぽくないですよね」
「はぁ…」
「でも、結構褒められてるですよぉ〜厳しいけど。ふへへ」
満更でもないみたいな顔で笑っていた。はぁ…と澤は唖然としていて声が出なかった。
「あと、いろんな意味でやっとできる舞台なんで」
「はぁ…」
「興味あったら来てください。まだ多分席ありますから」
「はぁ…」
「あ、稽古なんで行きますね、すみません」
「いや、こちらこそすみません」
女性は頭を下げると、ピッと音を鳴らせて改札を抜けていった。
「あー!来る時はよろしかったらシイナ扱いでお願いしますーーー!」
扱いとは。と澤は思いながら、大きく手を振るシイナさんに澤は会釈を返した。とたん、「やばいやばい」といいながら若干の駆け足を始めていた。
「ヨリソウ重力」
と、ポスターの真ん中に書いてある。
駅はここが最寄りで、これから始まる舞台だから何人もの人がここで立ち止まって写真を撮るのだろう。
なにか意味があるのか。販促かと問われれば、ポスター一枚から興味を引くなんて難しい。それか思い出か。この駅を最寄りにして、2023年8月16日から20日まで「ヨリソウ重力」という舞台があった。たった5日間の舞台があった。その写真を撮ることで、そこに自分が居たことの記録になるのかもしれない。
「ポスターって、思い出なのか?」
澤は、シイナさんがどぎついメイクの強気なオンナになるのが妙に気になって、チケットを取ることにした。
扱いはもちろん、シイナアノンで。
終
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