本山らの19歳の誕生日の裏で興奮しすぎて風邪を引いた話
■前回までのあらすじ
応滝こころはどこでもいる普通のVtuber。
ある日、本山らのに心奪われ、彼女に出逢うことを夢にみてバーチャルの世界に飛び込んだ。
しかし、メンタルが激よわだという弱点があったのだ。
■本編
1月21日は長い日だった。
そして忘れられない日になった。いや、物事に忘れないなんて絶対はない。
だからこそ、なにがあったか書いておこうと思う。
書くことは資産を積み上げることだと。それが黄泉の渡し賃になるのだと。
似たようなことを誰かが言っていた気がする。
らのちゃんが誕生日だということで、急遽凸待ち配信をするということだった。
凸とは突撃の凸(とつ)であって、視聴者をお呼びして配信に流してお喋りしましょうというリスナーフレンドリーな企画である。
1月21日の昼間はこれに申し込むか否か、それを考え続けた日だった。
まずはディスコードのサーバー加入。
これはディスコードのアカウントを持っていて、インストールさえしてあれば生成されたURLを踏むだけでできる。
彼女のツイッターを遡ればすぐそれを見つけることができた。
URLをクリックするだけ。
簡単だ。
簡単です。
えっと、簡単なことなんですけどぉ。
前日にもそのURLを押せず、当日の朝にも押せず、帰宅してからパソコンの前に座って1時間半悩んだ。
そして、押した。
目の前に表れたのは、無数の○○がサーバーに参加しましたという通知のログに埋まったチャット欄だ。
これがわたしには、壁に見えた。
これだけの人がらのちゃんと交流してみたいと思っているんだ。
打ちのめされた。
ネガティブな方向で語彙力が喪失する。
心が苦しくても、今回の企画の趣旨は理解できた。
簡単に言ってしまえば、通話に入ってそこで自分の好きな作品を語れ、そういうことだ。
ビブリオバトルだこれぇぇぇ!
ここにきて凸配信に参加するために、新しい課題が持ち上がった。
何をオススメすればよいのか決めないといけない。
いや、無理でしょ。
多すぎるじゃん!? わたしの「スキ!」な作品なんてそれこそたくさんあるやんけ。
ひとつを選ぶの、無理でしょ。
らのちゃんが疎いと公言しているweb小説から選ぶべきか?
『転生ごときで逃げられるとでも、兄さん?』『空飛ぶ魔女の航空会社』『ペテン師は静かに眠りたい』
ノクターン入れたら『中華邪仙ド貧乳エルフ師匠をちんぽでこらしめるやつ』とかもオススメできる。
富士見ミステリーから選ぶべき?
『SHI-NO』? 『GOSICK』?
『きんいろカルテット』は……『どらごんコンチェルト』出たから、除外でいいか。
『数学ガール』とかも変わり種で面白そう。
映像作品でいえば、『プリンセス・プリンシパル』も最近でアクセスしやすそう。
アニメ語るなら、江畑涼真作品の良さを語るのは外せない。2Dと3Dとの違いに目をつけたら絶対に面白い。
駄目だ。
考えが、纏まらない。
どだい無理な話だ、ひとつを選ぶなんて。
そんなことを考えたら、放送が30分遅れるってことになった。
軽野鈴ちゃんの配信だ。
てえてえ気分にはなれなかった。
心が終始そわそわしている。意識が全部そっちに持っていかれる
鈴ちゃん、申し訳ない! 完全に上の空で配信聞いてた!
ただ自分の感情の理由を探してしまうのは、とても共感した。だからこそ、いまこれを書いているわけでもあるし。
参加するかー、しないかー。
次の枠の放送のことが思考のほとんどを占めていた。
あっという間の30分だった。
出るべきか、出ざるべきか。
画面右下の時計をじっと見ていたことだけおぼえている。
「21:28」から進まない時計。
じっと見つめている。
やるべきか、やらざるべきか。
時計の表示は変わらない。「21:28」のままだ。
じっと時計を見つめている。
「21:29」
数字が進んだ。つまり、残り59秒以下しか残っていない。
見つめている。
「21:29」
もう自分がなにを考えているのかすら分からなくなっている。
なにとなにを、天秤にかけているからわたしは悩んでいるのか。
なにもかも分からない。しかし、他に見るものもないので数字を見ている。
「21:29」
時計の数字が進んだ。
「21:30」
慌ててチャンネルを開けば、こんばんらのーで埋まるチャット欄。
良かった。配信が始まってる。
常識的に考えれば、放送始まるまでがエントリー受け付けの締め切りだ。
普通はそうだ。この時点で、そう考えていたのだからこれを曲げるべきではなかったのだ。
解放されて、放送を見る。
まぁ、たしかに今回話せないのは残念だが、そう、残念だという気持ちから逃れようはないが。いつかまた触れ合う機会はあるさと自分を慰めながら、いやこれは『逃げ』だなーとも思っていた。
いつかまた触れ合う機会はあるさと自分を慰めながら、いやすっぱいぶどうだなーとも思っていた。
顔が熱くなる。
自分に嘘をついているのじゃないか。
いやいや、嘘だっていいじゃないか。
常識外れな行動をするよりよっぽどいい。
きちんと自分の3Dボディを動かせるようにして、きちんとVR機器を買って、きちんとした機会で、出会いをやり直す。
出すからには『良いものを出す』って考え方はけして非難されるような変な考え方じゃない。
あと、ちょっとロマンチックで素敵とも思っている。
穏便に進むと思っていた。
ひょこ。
ディスコードの通知が鳴った。
凸申請のエントリーが入っていた。
期限切れのはずでは? あ、締め切りが放送開始時だと思ってたのは勝手な勘違いか。
別にそんなことひとことも言ってないもの。
一度は振り切って落ちた天秤が振り戻される。
まだ間に合ってしまう、ということに気づいてしまったのがよくなかった。
よくなかった。
エントリーするべきじゃないか。そうじゃないか。
頭がぐるぐるする。
そこからの時間は早かった。裏返すとほとんど覚えていないということでもある。
どうすべきか、という答えのない問いが堂々巡りを回っていた。
最後の最後まで迷ったまま放送を聞いていた。
そして、最後の最後にエントリーのボタンを押した。
そのときにはすべてが遅かった。
時間切れでわたしの手番というのはなくなってしまったのだ。
そうだ、それでいい。終わったんだ。いや、はやく終わってくれ。
そんなことを思いながらエンディングの口上を聞いていたことだけ記憶している。
その後、自分のチャンネルの放送で一時間以上喋ったが、それでもまだまだ上の空だったと思う。
自分の行動と決断と選択が許せなくて、この程度の自分自身の能力で、彼女の隣という舞台に立つことが許せなくて。どうしようもなかった。
どんな思考を巡らせたって、自分自身が急にスーパーマンになるようなことは決してないのに。
自分が許せないって気持ちはある。
別になにもしてないことはない。褒められるような勤勉ではないが、ちきんとやるべきことをやっている。わたしの精一杯を生きているはずだ。
それでも成果を出す人間を見ると、比較してしまうんだ。
あれに比べて、わたしはなんて劣っているんだって。
そんなはずがないなんてわかってる。論理的にはわかってる。
でも、感情が叫ぶんだ。
興奮が収まらなくて、6時すぎまで寝れなかった。
翌日38.6度の熱を出した。
1月21日は、忘れられない日になった。
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