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バドミントン漫画『はねバド!』の魅力

0,はじめに−−『はねバド!』の3つの特徴

濱田浩輔の『はねバド!』は、2013年から2019年まで講談社の青年漫画雑誌『good!アフタヌーン』にて連載されていたスポーツ漫画。並外れた運動神経を持つ高校1年生の少女・羽咲綾乃を中心に、バドミントンに情熱を燃やす女子高生たちの戦いを描いた作品だ。単行本は全16巻。2018年にはアニメ化もされた。

このnoteでは、そんな『はねバド!』の魅力を3つの特徴にフィーチャーし、伝えていきたい。では、その3つとはなにか。

1つ目。本作が爽やかな(だけの)スポーツものではないこと。これは僕が『はねバド!』に魅力を感じる最大の理由だ。この作品では執着や驕りといった醜いともいえる感情がこれでもかと掘り下げられ、ときには競技への情熱すらある種の狂気として扱われる。しかしそれらの一見ネガティブにも思える感情が引き出されれば引き出されるほど、一層キャラクターを魅力的に感じてしまう。それがこの作品の面白いところだ。

2つ目。作者である濱田の漫画家としての技術が、話を重ねるごとに著しく向上していくこと。画力はもちろんのこと、話の作り込みや演出の巧みさにも磨きがかかっていくし、変化を恐れずどんどん新しいことを試していこうという気概を強く感じることができる。もちろんその変化には一長一短があり、これは『はねバド!』最大の欠点とも言えるのだが…。

3つ目。作品全体を通じて“天才”というキーワードが活かされていること。天才であろうとする者、天才とされる相手に挑む者、天才的であるが故の苦しみを抱えてきた者…『はねバド!』登場キャラクターのドラマは、ほとんどこのキーワードを巡って展開される。とくに主人公の綾乃は、作品を通して「天才とはなにか」という問いに向き合い続けている。

もちろん、この作品の特徴はほかにも色々挙げられると思う。しかしここではとりあえずのところ、以上3つの特徴に絞って『はねバド!』の魅力を語っていきたい。

1,エグい心理描写ほど面白い

最初に上の紹介文をざっと読んだ読者は、この作品に対してどんなイメージを抱いただろうか。もしかしたら女子高生にスポーツという取り合わせから、なんとなく爽やかなイメージを思い浮かべたかもしれない。また綾乃が描かれている1巻の表紙イラストや、濱田の前作『パジャマな彼女』のことを知っている人なら、なおのこと本作について「女の子たちの可愛さが魅力の作品なのかな」と考えそうな気がする。

実際、この漫画は単行本でいう3巻あたりまでそういう作風だといえるかもしれない。可愛い女の子たちがときに熱く、ときに爽やかな戦いを繰り広げる漫画--しかし『はねバド!』の作風は4巻あたりを境目に変わっていく。「可愛い女の子」「爽やか」の要素もなくなりはしないが、お色気サービスシーンがなくなり、代わりに独特のエグみや外連味が前面に出てくる。そして僕はその4巻以降の『はねバド!』にこそ魅力を感じている。

どういうことか。たとえばこんな場面がある。

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濱田浩輔『はねバド!(9)』より。©︎Kousuke Hamada 2016

これは『はねバド!』9巻に収録されているインターハイ団体戦予選の1シーン。綾乃が所属する北小町高校と強豪の横浜翔栄高校、どちらが次のトーナメントに進めるのかが決まる大事な試合の一場面だ。北小町の選手は3年生の泉理子。メガネとポニーテールがトレードマークで、選手としては中堅ぐらいだろうか。対するショートヘアの選手は橋詰英美。北小町の荒垣なぎさ、逗子総合高校の石澤望という優秀な選手と並び称される、横浜翔栄のエースだ。

この試合、序盤は案の定というべきか、格上の英美がリードしていく。しかし追いかける展開に強い理子がその後じわじわと点差を詰めていき、気づけば両者はほぼ横並びの点数に。上のシーンは1ゲーム目、英美の12点に対し泉が11点まで迫ったところで登場する。

英美がここで口にしかけたのは、おそらく「私は荒垣(なぎさ)さんと同等の選手なんだから、あなたのような格下がそんな目で見ていいような存在じゃない」というようなセリフだろう(ここまで酷くはないかもしれないが)。周囲から優秀だと評価され続けた英美は理子を「自分よりも格下」と侮っており、だからこそ自分を追い詰めつつある彼女の強気な表情に苛立ってしまう。

この英美というキャラクターの魅力は、そんなプライドを持つ一方で、どこか自分に自信を持てないでいるところにある。なぜ彼女は自分に自信が持てないのか。はっきりこれと描かれているわけではないが、おそらくそれは彼女が練習に手を抜いていたため、そしてバドミンドンに対して本気になりきれていないためだ。

そのためか、彼女はどうやらなぎさや望ほどには力が伸びなかったらしく、そんな現実と過大な評価のギャップに苦しめられている。この場面には、その隔たりを認められないながらもどこかで自覚している、そんな英美の心の揺らぎがよく現れている。

こうした心理描写は決して爽やかなカタルシスを得られるものではない。しかし読み手の心は揺さぶられる。それは共感できるからかもしれないし、心の暗い部分が描かれることでキャラがリアリティを持つからかもしれない。ともあれ、こういうエグみのある心理描写がそこかしこに散りばめられているのが、この作品の味わい深いところだ。

なお「エグみのある」つながりでいえば、僕がもう1つこの作品で気に入っているのは、綾乃をはじめとしたキャラクターたちが見せてくれるゲス顔やちょっとサイコ入っちゃってる表情。やっぱりエゲツない表情の美少女っていいと思うんだよね…。

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濱田浩輔『はねバド!(8)』より、綾乃のゲス顔。©︎Kousuke Hamada 2016

2,『はねバド!』は変わり続ける

先ほど、僕は『はねバド!』3巻までと4巻からの違いについて述べた。1〜3巻までは女子高生の爽やかなスポーツものだった『はねバド!』が、4巻以降はもっとクセの強い作品になっていく。実は濱田自身、次のように語っている。

3巻まで描いたあたりで、作品が中途半端になっているというか、これ以上上に行けないんじゃないかと感じたんですよね。熱くなれないというか……。それで本格的にスポーツをやろうと腹をくくったのが大きかったですね。(「はねバド!」特集 濱田浩輔インタビュー - コミックナタリー 特集・インタビュー

「腹をくくっ」てからの濱田は、どんどんそれまでの『はねバド!』ではあり得なかったような展開や描写を盛り込んでいく。前章で紹介した英美のくだりも一例だが、もちろんエグみのある心理描写だけが『はねバド!』の強みではない。

たとえば6・7巻に収録されている本作屈指の名試合、インターハイ個人戦予選の綾乃vsなぎさ戦では、これまでの可愛らしい絵柄から一点、リアルで体格の良いキャラデザの2人が、激烈な死闘を繰り広げる(ちなみに「いや、誰?」となるレベルで絵柄が変わり続けるところも本作の特徴。それを面白いと思うか欠点と思うかは人それぞれだが…)。二転三転する試合運びはもちろんのこと、萌えを捨てたこのキャラデザで描かれる綾乃たちの鬼気迫る表情、シャトルの羽根やスニーカーなど細部に至るまでの描き込みが、この試合にこれまでの『はねバド!』になかった迫力をもたらした。

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濱田浩輔『はねバド!(6)』より、綾乃の誘いに乗って渾身のスマッシュを放つなぎさ。©︎Kousuke Hamada 2015

また先ほどその一場面を紹介したインターハイ団体戦予選の北小町vs横浜翔栄戦では一転、綾乃が団体戦という特徴を活かした頭脳戦を展開。理子vs英美戦がのちに控えていることを見越し、ダブルスにも出場している英美の体力を削ろうとラリーを仕掛ける。

同じ頭脳戦のなかでも白眉といえるのは、13巻収録のインターハイ個人戦にて繰り広げられた綾乃vs志波姫唯華戦だろう。フレゼリシア女子短大附属高校の唯華は、加賀雪嶺高校の津幡路、宇都宮学院の益子泪とともに“三強”と呼ばれる選手。コントロール力のほか、観察力や分析力、対応力などに秀で、相手の得意なプレイスタイルを潰す戦いを得意とする。この試合の面白さは、そんな頭脳派の唯華とある意味で感覚派の綾乃が対照されているところ。そして天才とされる泪ですら完璧に攻略できなかった綾乃の決め技を、唯華が持ち前の観察力と分析力で打ち破っていくところだ。

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濱田浩輔『はねバド!(14)』より、綾乃の技“クロスファイア”を破る唯華。©︎Kousuke Hamada 2018

こんな風に濱田は1つの面白さにこだわることなく、バドミントンの様々な魅せ方にチャレンジしていくとともに、そうして一度学んだ手法を次の試合の描写に取り入れていく。

なお、濱田が「腹をくくっ」てから一番変化したキャラクターとしては綾乃が挙げられるだろう。序盤で良くも悪くもポワポワしていた彼女は、巻を追うごとにエゲツない表情を見せるようになる。その後もある意味では本作で一番キャラがブレ続けているように見えなくもない綾乃(濱田曰くブレてはいないらしいが…)。それでも僕の個人的な意見を言えば、たとえブレブレだとしても、序盤以降の綾乃の方が面白いキャラクターだと思う。

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左が『はねバド!(6)』の綾乃、右が濱田浩輔『はねバド!(1)』の綾乃。©︎Kousuke Hamada 2014 ©︎Kousuke Hamada 2015

3,“天才”を巡る物語

本作には天才とされるキャラクターが登場する。まずは主人公とも言える綾乃。そして彼女と浅からぬ因縁があるフレゼリシア女子短大附属のコニー・クリステンセンと、”三強”トップの実力を誇る泪の3人だ。ちなみに仮に「天才度」なるものがあるとして、3人をその度合いで並べるならコニー>泪>綾乃といったところだろうか…。

そんな3人の中でも、とくに綾乃と泪は似たような屈託を抱えている。それは同等に戦える選手がなかなかいないということからくる屈託である。彼女たちは幼い頃より周囲から浮くほどに強く、そのため相手を圧倒して観客から顰蹙を買うこともしばしばだった。とくに泪はその強さゆえ、肉親との間でトラブルを起こし、心に傷を負う。彼女たちは自らの持つ過大な力に振り回されて、バドミントンをする楽しみを失いかけた。

それでも綾乃はそうした過去に脅かされ、ときに才能の(主にフィジカル面での)限界にぶち当たることで、徐々に“天才”という言葉に対する、自分なりの向き合い方を獲得していく。そしてそこから自分なりの生き方をも見出していこうとするのである。

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濱田浩輔『はねバド!(8)』より。ちなみにコーチたちが選手に与えるアドバイスの視野の広さや独特さも本作の特徴だ。©︎Kousuke Hamada 2016

また本作には天才と言われるキャラクターたちと対照されることで輝く存在もいる。その筆頭はなぎさだろう(なぎさも過去に「天才的」と形容されたことがあり、優秀な選手には違いないのだが)。彼女は日本人離れしたフィジカルを活かしたパワフルなプレイが持ち味の選手だが、過去にとある大会で綾乃相手に大敗を喫し、1巻時点ではその影響でスランプに陥っている。

しかし彼女はその挫折をバネに、やがてどんな苦境にもめげないタフな精神と、それを支えるバドミントンへの強い情熱を得る。彼女のその不撓不屈のメンタルと凄まじいパワーは、綾乃やコニーでさえも脅威に感じるほど。また彼女のそのまっすぐなプレイは、試合を通じて綾乃やコニーの心を揺さぶり、彼女たちを変えていく。その意味でもvsなぎさ戦は名場面が多い。

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濱田浩輔『はねバド!(13)』より、なぎさのタフネスと成長に慄くコニー。©︎Kousuke Hamada 2018

ほかにもいい例を挙げるとすれば、横浜翔栄の重盛瑞貴だろうか。彼女に最もフォーカスが当たる綾乃vs重盛戦は、本作の中でも一番泣けるところかもしれない。

4,おわりに

以上、これまで『はねバド!』の魅力についてざっと語ってきた。3つの特徴に絞ってと言った割には話がまとまらずあちこちに飛んだ気もするし、ネタバレ配慮で踏み込めなかったエピソード、ここで取り上げることができなかった要素も色々あったが、本記事を読んで「この漫画、なんか面白そうだな」と思ってくれたなら冥利に尽きる。なお記事の最後に、僕がインターネット上で見つけた『はねバド!』特集記事を載せておく。

※ヘッダー画像は濱田浩輔『はねバド!(6)』より引用した。 ©︎Kousuke Hamada 2015

※2020/3/20追記
僕が読んで面白かった個人ブログの『はねバド!』記事を下記にまとめました。ネタバレ配慮ないので、要注意です。

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逗子総合の倉石について - カオハキ

▶︎逗子総合の倉石監督について書いたブログ。倉石監督(と彼の教え子である望)はすごくいいキャラなので本当は僕の記事でもちょっと触れたかったのですが…この記事ではメイントピックとして取り上げられているので、ぜひ。

はねバド! アニメだけじゃなく原作を読んで欲しい理由  |  侑々自適ブログ

▶︎漫画とアニメ版や、単行本1巻と13巻を比較している記事。『はねバド!』は興味あるんだけど、漫画はお金かかるからとりあえず動画系のサブスクでアニメを見るか…って感じでアニメを見た方は、こちら読んでみるといいのではないでしょうか。

『はねバド!』14巻発売! やっぱりおもしろいぞ!  |  侑々自適ブログ

▶︎同じブログの綾乃vs唯華戦・前半について書かれた記事です。共感しかない。

「天才」の定義と証明に迫る漫画「はねバド!」が面白すぎる - nico0927's log

▶︎『はねバド!』における“天才”について書いている記事。物語後半の綾乃が“天才”という言葉と向き合う上で、重要な示唆を与えた港南高校のエース・芹ヶ谷薫子について言及しています。僕も本当は薫子について語りたかったんですが、やっぱり全てを語り尽くすのは難しいですね…。


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