煌めきを真ん中に据えて

壁に飾られたドライフラワーの薔薇は昨年の誕生日に買った花束だった。エナジーを燃やし熱量を注いで生きてきた日々は、ギアを上げるように猛スピードで過ぎたから、“一年が経ったらしい” なんて他人事のように思えてくる。でもそう悟った瞬間に、とても濃くて幸せな一年だったということを実感する。12月の半月が過ぎ、一年の終わりが近づくこの季節に、大好きな自担はまた一つ歳を重ねる。


すっかり “りゅうがちゃん” としか呼べなくなったのを、改まって “龍我くん” と書くのはすこし照れくさく、なんとも歯痒い感じがします。自担の誕生日に文章を書くのは、この1年間の集大成のようなものだと勝手に思っていて、でもそんな風に捉えているくせして集大成だなんて立派に書ける気はさらさらしません。きっと立派な文章は書けないけれど、今日は大切な日なのですこしだけ背筋を伸ばして、すこしだけかしこまって言葉を紡いでみたいと思います。



この1年は本当に濃い1年だった。本当にいろいろなことがあった。集大成なんて言葉を使ってしまったけれど、少し振り返っただけでも過ごした時間の濃さと抱いてきた感情、注いできた熱量の大きさに、集大成どころか自分の想いを述べることさえできないんじゃないかと臆病になるくらいの、1年だった。


振り返ってみて真っ先に思うのは、“好き” の毎日が今日まで続いてよかったということ。龍我くんがアイドルとして変わらずに存在してくれていることが、今日も嬉しい。そんな毎日の連続だったように思います。自担にエナジーを燃やして追いかけることを生き甲斐としているわたしの、本当にかけがえのない一人の大切な自担です。


そして、この1年は龍我くんの魅力や素敵なところにたくさん気付くことのできた1年だった。今までのわたしはというと、正直、顔が好きすぎるあまりに “好き” をいつもそこで完結させていた。それでもどこかではずっと “そんな簡単な感情で好きになっていない” と思っていて、その “好き” を沢山見つけるたびに、あのとき抱いた感情と答え合わせをするような日々だったと感じます。

だから今日は、龍我くんの好きなところは?という問いかけに、自分の素直な気持ちのままで答えてみたいと思います。



龍我くんの好きなところ、

素直で純粋で飾らない心をいつまでも持っていてくれるところ。いつも無邪気でまっすぐな姿に何度も何度も癒され、救われてきたよ。それは龍我くんが愛される所以で、人を惹きつけ、笑顔にさせたり元気づけたりする力を持っていると思います。まっすぐ笑い、まっすぐ悔しがるきみの素顔を、これからもどうか失くさないでいてほしいと願っています。


謙虚でありながら、誇りを持っているところ。“龍我くんの顔になりたい” と言ってくれた後輩に謙遜ではなく、“ありがとうございます!うれしい!” と素直に言葉にして、それでいて “褒め合うとお互い高め合ってもっとかっこよくなれるから!!” なんて返すことのできるかっこよさが好きです。


アイドルとしての素質。アイドルの龍我くんの魅力は、かわいさもかっこよさもセクシーも自分のものにできるところだと思う。普段はとんでもなくかわいいのに、ステージではかっこいい曲やセクシーな曲のほうがより光るし、強い。そしてステージに立ったときの圧倒的な華が凄い。だから、逸材で宝なんだと思うのです。


キャパシティ。日々変わる二重幅はコンプレックスに思う人もいるけど、“毎日変わるおれの目おもしれ〜” なんて思いながら生きてること。黒く染めた髪が色落ちで銀色になっても “可愛いからOKー” とブログで綴っていたこと。“もし龍我が譲れないことがあったらオレが譲るから大丈夫!” って言ってくれる大昇くんに “おれが譲らないなんてことないと思うけど” と返していたこと。ガツガツ言うタイプでも頑固でもないし、あれほど人に愛されても、いつもされるがままって感じがする。受け入れることのできるそのキャパシティを本当に愛しています。そして広く受け入れられることは、広く愛を返せることだと思います。だから、本当に素敵なんだよ!って言いたい。だいすきなところです。


そして、歌声。新橋演舞場で初めて生で聴いた歌声に衝撃を受けました。こんなにまっすぐに心に響いてくる歌声があるんだと。あんなに綺麗で透き通った歌声を持っているなんて、実際に舞台をこの目で観るまで知り得なかったこと。普段からパフォーマンスを見て龍我くんの歌声を聴くけれど、生で聴いたときの衝撃には到底及ばなくて、そのためにこれからも実際に足を運んで観に行くんだろうな…と思う。生で観る舞台の上にしか本物が存在しないことを知れて、うれしかったよ。




猪狩さんが龍我くんのことを “世界を美しくしてくれる人” と言っていたけれど、本当にその通りだなと思う。もともとストレスに対処することが苦手で、自分の気持ちが落ちたときに立て直すのが難しく、精神的に参ることの多い人間だけど、龍我くんがいてくれるからわたしの毎日は輝いて、気持ちも前を向いて歩けます。ただ輝いてくれるだけじゃなくて、その光でわたしの世界を、目の前を明るく照らしてくれる人。ときめきをくれて、胸を高鳴らせてくれる人。それは猪狩さんが言うように、“世界を美しくしてくれる人” だと思います。そんな存在でいてくれてありがとう。


龍我くんは、普段から積極的に内面的な想いや自分の考えをあまり口にしない。どちらかといえば、見えないところで静かに努力を重ね、不意にその成果や成長を感じさせてくれる人だ。そんなきみが、想いを言葉にして綴ってくれた夜のことを忘れられません。“必ず、良い景色を皆さんにお見せします” という言葉にどれほどの想いや決意があるのかを、正確にはかることはできないけれど、あのとき “好き” でいた日々がなにも間違いではなかったのだと強く思えた。本当は正解も間違いもないのだけどね。ただ肯定できるんだと、あのとき信じることがこわかったものも、好きでいた日々も、つよく肯定できるような気がします。これからも大事にしていきたいなと思うのです。できるだけ長く、信じる日々を生きていたい。


龍我くんは自分にとってどんな人?と聞かれたら、いつかの那須くんみたいに “いないと困る” “必需品” と答えるだろうなと思います。人生、生活、頭の中… ど真ん中に存在する人で、一年365日、自担を見なかったことや考えなかったことは1日もないと言い切れます。いつだって自分に自信がない人生だったけど龍我くんを好きになって少しは変わることができた。それは、龍我くんは最高のアイドルだし、わたしが向ける愛も気持ちも熱量も最高だということを自負しているから。だから、もうきっと唯一無二の欠かせない人。そして、とびきりかわいくていとおしい存在です。まだ知らないところが沢山あって、この先どんなことがあるかは分からなくてもそれでも、すべてを愛していたいなと思うほど、いとおしい存在です。どんなきみも愛していたいな。



この一年は、“だいすき” が溢れ落ちないよう必死に抱き抱えて生きてきた一年だった。思い返せば、気持ちが溢れて眠れない夜が幾つもあった。あまりに沢山の幸せをくれるから、一瞬さえ取り溢すのがこわくて不安になったりしたけれど、今日はただこれを伝えたい。龍我くんを好きでいて、本当に幸せだったんだよ。そして本当に幸せなんだよ。こうして振り返ったときに、心の奥底に最後に残っているのがその感情で、わたしはなんて幸せなんだろうと思います。そんな毎日を積み重ねてくれて、いつ何時も笑顔でキラキラ輝いていてくれて、ありがとう。



19歳は、どんな世界を見せてくれるかな。どんな場所にいけるのだろう。きっと、どこにだっていける、何にだってなれるのだから、一緒に追いかけていきたいな。
きみが光っていてくれる瞬間を、命を燃やして追いかけ、祈るように見つめながら、かわいいも、いとおしいも、そのすべてを取り溢さないようにいつもいつでも大切に抱きしめていたいなと思います。龍我くんがくれる煌めきを真ん中に据えて、“好き” を更新していきたい。


たくさんの光と愛と幸せがきみに降り注いでくれますように。これからもステージの上で輝けますように。まっすぐな笑顔で輝く龍我くんがこれからも沢山の人に愛されますように。
眩しく儚い、アイドルに永遠はないけれど、これからも1秒でも長くアイドルのきみを “好き” でいられますように。

これからもきっと、きみの進む道と未来を好きで応援するだけだよ!

10代最後の一年、どうか思う存分楽しんで、一つでも多くの幸せを掴み取れますように。

龍我くん、お誕生日おめでとうございます!💐



2021.12.17


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あ〜〜〜〜〜〜!だいすきだよ!いつも、ありがとう。

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