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アイドルをきみに見る

りゅうがくん、二十歳のお誕生日おめでとうございます! わ〜〜〜ついにこの日が来たね!(そんなテンションで書けませんが!) わたしはまだ自担が二十歳になるという実感をほとんど待ち合わせることなく今日を迎えています。好きなアイドルの、でも、ひとりの人として人生の大切な節目の日を一緒に迎えられること、迎えさせてもらっていることの凄さというか、なんというか、不思議な感覚がある。


12月17日を迎えるいま、りゅうがくんを好きでいる日々が今日まで続いていること、そしてまたこうして一年を重ねて大切な日を迎えられたことがうれしくて、しあわせだと思う。
りゅうがくんの19歳の一年はどんな年だったかな。

お誕生日、何を書くべきか分からなくなってきて、でも、せっかく文章を書くならこの一年のりゅうがくんに感謝したいことや、好きな気持ちを書こうと思った。めちゃくちゃ個人の話でしかなくなってしまう。この一年も、救われ続けてきたって話。




冬。1月。
初めて足を運んだ帝国劇場。
いつかの配信ライブで見たLet's Go To Earth。過去の映像でしか見たことのないジャニアイ。でも、いつか必ず帝劇に行きたいと、帝劇でこの世界をこの目で見たいと願い待ち望んできた日だった。
住む街を出る早朝はめずらしいほどの大雪で新幹線の遅延や運休を心配しながら乗り込み、予定よりも1時間ほど遅れて降り立った東京。向かった有楽町、帝国劇場は地元を出る朝とは比べられないほど驚くくらいに快晴で、冬の空気の澄む真っ青な空に胸を弾ませた。幾度も夢を見てきた場所だった。
JOHNNYS' IsLANDは、冒頭に〝夢のステージ、JOHNNYS' IsLANDへようこそ!〟というセリフがある。初めて足を踏み入れてこの目で見たそのステージは、夢の空間で、本当に光のステージだった。ステージから光が溢れだす。それが分かるのが、ステージから溢れる光がわたしの目を、耳を、心臓を通して降り注がれて満たされるのが好きだなぁと思った。
帝劇でりゅうがくんは0番に立っていた。Dreamgirlsという曲だ。帝劇の0番に立ち、1人でDreamgirlsを歌う龍我くんの、その姿を見たとき、報われた気がしたのだ。決して悲しい話をしたいわけではない。ほんとうは報われなくたっていい、アイドルを追うことなんて自己満足でしかないのだから。でもその瞬間、好きでいたことも、好きだと思ったことも、りゅうがくんに向ける想いや熱量のすべてを肯定された気がした。それだけで自然と涙が出るくらいうれしかった。わたしの光は此処にあったと思った。そしてその光を信じていればいいんだと思えた。光のステージで、あの日見た煌めきを溢さないように、感じたことを永く憶えていられるように、胸いっぱいに携えて帝劇を後にした。溢れないように抱えて帰ってきた光のかけらがきらきらと輝き続けている。あのステージを、ずっと憶えていたいと思った。




次にステージに立つ龍我くんを見る日は想像しないほどすぐにやってきた。

春。3月。
Spring Paradise 横浜公演。
グループ初の単独アリーナツアーだった。
ツアーがしたいこと、東京だけではなく自分たちが各地へ赴いてパフォーマンスを届けたいこと。それを目標としていたこと、この数年でさえ幾度となく聞いてきた。念願のアリーナツアーだった。
そして、わたしは初めて美 少年のライブを見る日だった。数年ぶりに時間をかけて丁寧につくるうちわ。「龍我くん」の文字。特定のファンサを求めようとしない変わった人間なので(好きなアイドルの視界に一瞬ですら入りたくないよ〜の気持ちがある)、名前しか作れなかったけど、そうやって時間をかけて準備をしながら、来る日までのカウントダウンをする日々はとてつもなく愛おしくしあわせだなと思う。
迎えたその日、胸元に赤色をしのばせ、とびきりのワンピースを纏う。新幹線に乗り込み辿り着く先は東京、横浜。横浜は人生で初めて訪れた街だった。美 少年が、好きなアイドルが、連れてきてくれた新しい街。新しいステージ。そんなうれしさを感じながら席に着く。りゅうがくんの赤色の光を手元に灯す。りゅうがくんのうちわを持って、しゃんと胸を張って見つめる瞬間。新たな自担に出逢ってからずっと待ち望んでいた瞬間だった。流れ出すCosmic Melodyのイントロは、金管の音色が鳴り響くのがいっとう特別で、彼らが辿り着いたこの日を祝福しているかのようなメロディー。浮かぶ6人のシルエットを見つめる鼓動が速くなり、祝福の音色で満たされたイントロから一気に眩い光が放たれる。初めて生で聴くコズメロに胸が弾む、感動で心臓が揺れる、震える。
スプパラはオープニングから最高で、それはそれは語り出したら止まらないのだけど、この日見たアイドルりゅうがくんの姿が、りゅうがくんがくれた光が、この先の日々を生きるわたしにどれだけの力を与え、救ってくれたのかわからない。
挨拶でりゅうがくんが伝えてくれた〝僕の生きる道はアイドル〟〝アイドルでなければ僕じゃない〟〝生きる=アイドル〟という真っ直ぐすぎる言葉。そこから伝わってくるのは確かな熱と、ほんとうに不器用で繊細で、でも想像を遥かに超えるほど真っ直ぐで透きとおった心だった。実際にあの空間でこの耳で聴いて、この目で見られたこと、りゅうがくんを好きでいる人生でスポットライトの当たるような時間だった。確実に。
ステージに立つ姿も、丁寧にたくさんファンサをしてるところも、モニターに映ったきらきらの笑顔も、微笑みかけてくれる瞬間も、あの空間に存在するアイドルのりゅうがくんはどの瞬間もめちゃくちゃにアイドルだった。そんなことはわかっていたはずだったのに、ライブという空間に存在する彼は信じられないほどにアイドルだった。この子はアイドルになるために生まれてきたんだって、天性のアイドルだって確信した瞬間、これほど腑に落ちる感覚はないなと思った。
ステージの上にしか本物はないと、現場には宝があると信じているけれど、りゅうがくんがくれた言葉が、ステージ上の彼から放たれてきらきらと降り注ぐ光が、この世界で何よりの本物でほんとうにつよいわたしだけの光だった。それだけで大丈夫だと思えた。
横浜公演を終えた後、ブログで綴ってくれた想い、全てのうちわに応えられなかったことを謝っていたこと、(正直あんなにファンサをしていたのに?!謝らなくて大丈夫だよ…!と思うけれど、) 本当にやさしいりゅうがくんが好きだなぁと思った。わたしは名前うちわしか作らなかったけれど、それでも〝可愛くデコレーションしてる方沢山いて!センス良すぎですよ〟って書いてくれたこと、うれしかったなぁ。やさしさで救うことのできるりゅうがくんだなぁと思っては、またひとつ、好きのかけらをあつめる。
きらきらと光としあわせを浴びて胸がいっぱいになった、大切な春だった。





季節は変わって夏。想像を絶するほど、本当に大変な夏だった。
予定の一つすら入れられない夏。見たいものを見るのも、行きたい場所に行くのも、許されない夏だった。夏を迎える前から精神的な不調をきたし初め、それまで感じていた自担を追うことのたのしさが段々と薄れていく感覚が分かった。自担を追うこと、もうわたしにとってのそれは、呼吸するのと同義なほど当たり前の生活だった。そうして生きている人間なのだ。そうしてしか生きていられない人間なのだ。これまでずっと感じていたりゅうがくんを追うたのしさを少しずつ失っていくのが自分でも分かってしまって、こんな風に生きたくないと何度も泣きたくなった。味気のない日々を生きていたように思う。今になって思えば、自担を追うことでしか息ができないような自分でさえ、精神的に落ちてしまえば生きるために自担を追うこともできなくなってしまうのだと知った。
追い討ちをかけるように、神さまは味方してくれない夏だった。夏を乗り越えるための唯一の希望だった秋の東京の予定は、コロナに罹患したことで失くなった。希望が見えなくなった。光がない。自分ががんばればがんばるほど、神さまは味方をしてくれないようで、すべてが悪い方に向いてしまうようで絶望しか感じなかった。泣き疲れるほど泣いた。東京で美 少年はサマステ初日を迎えていた。
あの夏、毎朝憂鬱な気持ちで泣き出しそうな心を抱えながらバスに揺られていたことも、帰りのバスでサマステのレポを読み漁ることが日課になっていたことも、きっと忘れない。りゅうがくんの〝頑張りますよ!負けないっすよ!〟の動画を何度も何度も見て気持ちを立て直した。それを見ると少し息のできる感覚を憶えた。〝できない自分〟〝負けない!〟のりゅうがくんを見て何度も自分を奮い立たせた。負けないりゅうがくんが好きだ。だってりゅうがくんは本当に負けないもんね、わたしも頑張ろうと思える。ジャニアイの円盤が出てからはDreamgirlsのりゅうがくんを見るのが日課になった。どんなに絶望に覆われる日でも、あの日見た光がちゃんとあるから大丈夫だと自分に言い聞かせて、少しの安寧を得る。でも、どうしようもなくつらくて逃げ出したいとき、いちばん最後にわたしを救ってくれたのはりゅうがくんのブログだった。擬音から始まるお馴染みの書き出しも(この擬音を毎回変えるようにがんばって考えているの、愛おしすぎるよね…) 更新までの3週間分のことを、こんなことがあったよ!ってニコニコして教えてくれるようにたのしそうに書いた文章も、伝えたい気持ちが目一杯伝わってくるのも、必ずと言っていいほど自撮りを載せてくれるのもわたしにとっての特別だ。3週間ごとに18:00に待ち合わせをするように待つ時間さえいとおしく思えてくる。そんなりゅうがくんのブログが大好きだ。気持ちがどん底まで落っこちて、なんとか引っ張り上げてほしい、ただただ救われたい気持ちで、フォルダに保存してあるりゅうがくんのブログに縋り、片っ端から読んだ。とびっきりの愛おしさに口元が綻ぶ。綴られている言葉の美しさとか文章の知的さとか、そんなものはもう関係がない。りゅうがくんだけの言葉で、表現で伝えてくれることが、どんな綺麗な文章より大切で宝物でしかない。ありったけのブログを隅から隅まで読み終えたとき、気持ちが軽くなって心が少し上を向く。またがんばってみようと思える。どんなものより、最強に心の栄養になっていた。神さまも味方してくれない夏、それでも唯一わたしの心を確かに保ってくれていたのは、りゅうがくんだった。アイドルとは、“目の前を明るく照らしてくれる存在” だと信じてやまないわたしにとって、りゅうがくんは以前と何も変わらず誰よりも大切なアイドルだった。





夏を乗り越えた秋。半年ぶりの東京。
半年ぶりにステージに立つりゅうがくんを見る日。東京に行くことが生きる希望になっているわたしにとって、それはまさに東京救済だった。
一年ぶりに少年たちを観るために新橋演舞場に向かう。少年たちという舞台はわたしが初めてりゅうがくんを見たステージだった。一年前、新橋演舞場に響く「約束の歌」に心をガッツリ掴まれ離れられなくなったわたしにとって、特別で大切な場所だった。(なんかこれ、絶対誰にも伝わらないだろうし、あのとき感じたわたしだけのものなんですけど、りゅうがくんの「約束の歌」の歌声って本当に本当に特別すぎて、わたしにとっての少年たちは「約束の歌」を聴きに行くと言っても過言ではないくらいの、大切な曲なのです。) 新橋演舞場の、其処でしか聴けない歌声があって、其処でしか感じられない好きの気持ちがある。一年ぶりにあの日と同じ新橋演舞場で、その歌声を聴けることがただうれしかった。一年ぶりに聴いても特別すぎる歌声だった。りゅうがくんの透き通るような歌声が、一番純度の高い音で響く。ステージで響かせる純度の高い歌声は、決してその純度が落ちることなく客席までまっすぐそのまま響いてくる。もう戻れないあの日のあの歌声を求めてしまうわたしは、「約束の歌」を歌うりゅうがくんの歌声が其処で響く限り、このステージをまた観に来たいと思った。
ステージに立つ彼の姿を見ると救われる気がする。どんなにつらくしんどく大変な日々を過ごしてきても、その瞬間、生きてきた日々を肯定される気がするのだ。生きてきた日々に意味を持たせてくれるからこそ、生きてきてよかったと思うのだ。だから、ステージに立つ姿を見ることを、そのために生きて東京に向かう日々を、これからもきっとわたしは諦められない。




どんな季節にも、どんな日々にも、わたしの人生にはりゅうがくんがいて、好きを集めて反芻したり、生きるための光にしたりしている。もし、りゅうがくんの好きなところはどこかと聞かれたら、この1年間見てきた彼の姿を振り返ったとき真っ先に頭に思い浮かぶのは「愛は味方さ」の〝僕だけはぜったい君の味方さ ぜったいひとりじゃないさ〟のパートを歌うりゅうがくんだ。このパートを歌うりゅうがくんの、あのたった数秒に数え切れないほど幾度も救われてきた。りゅうがくんはこのパートが本当に似合う人だ、似合うアイドルだ。誰よりも似合うよ!このパートをりゅうがくんに振り分けてくれた人最高!って思っちゃうくらい。この詞を歌う彼の姿を見ると、ほんとうに味方でいてくれそうな気がする。絶対に一人にさせないような人だなと思える。(彼が真っ直ぐに歌えば歌うほどアイドルという存在の切なさを感じたりもして、胸がキュッとなるけど、それも好きだったりする。) そう思うのはきっと、日々彼の姿や言葉を追いかけているからだ。アイドルという存在に対するりゅうがくんのもつ思想は “応援してくれる人を笑顔にする存在” だとか、“幸せな気持ちにさせる存在” なのだと思っている。胸キュンゼリフを言う場面では〝どうしたの?元気ないの?大丈夫!好きだよ!〟や〝分かってるよ!いちばん君が頑張ってること〟、〝大丈夫だよ!僕がついてるから!〟という言葉が印象的で、そういう言葉から透かしてやっと見えるその奥の、真ん中にあるりゅうがくんの思想が好きだ。あたたかなやさしさをもった、寄り添える人。寄り添おうとする人。元気になってほしいと願ってくれる人。だからこそ、〝僕だけはぜったい君の味方さ ぜったいひとりじゃないさ〟というパートはりゅうがくんにとびきり似合うのだと思う。これを歌うりゅうがくんは、りゅうがくん自身のアイドル性が一際きらきら光っていて特別な瞬間だなぁと思う。

りゅうがくんを宝物の子だとよく言葉にする。(と言うと、思想つよ…とも思ったりはするのですが) 愛されるために生まれてきた子。愛と光を生まれ持った子。輝きも、放つ煌めきも、そもそも存在が宝物の、アイドルだと思っている。かわいくて、いとおしくて、どうしたって大切でたまらない存在。言い表すためにぴったり当てはまるのが宝物なのだと思う。りゅうがくんはわたしの最高のアイドルだけど、最高のアイドルだって評すとき、それが他のアイドルと比べて相対的な評価になっているような気がしてしまう。もっともっと大切で特別で、絶対的な存在。そう評することでわたしはわたしの大切な存在が相対的に評価されることから逃げているのかもしれない。でも、りゅうがくんはアイドルとして希少な存在だと思う。人として魅力的である。たくさんの才能がある。天性のアイドルだと確信するくらいにはアイドルの素質を持った人だ、きっと他人が羨むほどに。そんな彼を最高のアイドルというより、宝物だと評するほうが適当だと思う。宝物の価値は普遍で、何者にも代えがたく、ゆるぎない。ただ、アイドルのりゅうがくんが存在しているという事実だけでしあわせなわたしにとって、絶対的で大切な存在なのだ。

りゅうがくんの放つ光はさまざまだ。心に寄り添ってくれて目の前を明るくしてくれるあたたかなやわらかくてやさしい光もあれば、ステージに立ってここが彼の立つべき場所だと思わざるを得ないほど世界の真ん中で圧倒的な華とオーラを纏いながら眩い光を放つときだってある。それを目の当たりにするたび、わたしの好きなアイドル、最高だから見てよ〜〜〜〜〜!!と自慢したくなるほど輝いている。そのどれもが宝物だと確信している。




19歳のりゅうがくん、たくさんの光を届けてくれてありがとう。ステージに立っていてくれてありがとう。ステージに存在していてくれてありがとう。りゅうがくんを好きになったこの人生は、たのしいこともしあわせを感じることもわたしには数えきれないほどいっぱいあって、あのとき偶然か必然か、転がってきた自担との出逢いという何より特別な運命がりゅうがくんでよかったと何度でも思うよ。

世界が目まぐるしく変わったりして、アイドルという存在が、自担を追うことで息をしていられるこの世界が、永遠ではないことを改めて知ったりしても、どれほど理解して覚悟して応援するかなんてむずかしい。アイドルを追うことのすべてが自己満足だと思うのに、アイドルに向ける「幸せになってほしい」「幸せを願う」という言葉はほとんどエゴだと思うのに、それでもりゅうがくんのしあわせを願うことをやめられない。他の誰に向けるそれとは異なる温度で、ベクトルで、りゅうがくんがしあわせであったらいいなと願っている。
これからもきみが立つステージをたくさん見られたらいいなと祈る。好きでいる時間がこれからも長く続けばいいなと願う。一瞬でも長く、アイドルをきみに見る人生でありたい。


りゅうがくん、20歳のお誕生日おめでとう!💐
これからも変わらないりゅうがくんのままで、と願うのも罪なのかもしれないな…と思いつつ、20歳になっても僕はこれからもこのままでいよ〜っと、なんて書いてくれた日がうれしくて。20代のこの先の人生も、光を浴びて光を放ちながら、どんな道を歩んでいくのかを楽しみに、いつも応援しています。これからも素敵なアイドルでいてね!大好きだよ!




2022.12.17


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