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Vol.13 江戸を目指す

ちょうどその時、中津から鉄屋惣兵衛ていう商人が長崎に来てて、運よくそいつも中津に帰るていうから、ほな一緒に帰ろやって約束しといた。

 ただもちろん、わしは中津に帰るつもりなんかあらへん。「もう江戸に行くしかないやろ」て、心には決めてたんやけど、誰かに相談せなあかんから、ちょうど江戸から蘭学を学びに来てた岡部同直に相談した。

「こういう事情で、もう長崎にはおられへんねんけど、あまりにもムカつくから、このまま江戸まで行ったろうと思ってねん。でも江戸に知り合いもおらんし、右も左もわからへんやん? で、岡部のお父さんって、江戸で開業医やってるんやんな?お父さんに居候させてもらえるように頼まれへんかな?俺、医学はド素人やけど、雑用くらいはできるから頼んでもらえると嬉しいねんけど」て言うたら

岡部も同情してくれて、「それ本当に腹立つね。わかった、親父に手紙書くからそれ持っていくと良いよ」とすぐに手紙を書いてくれた。

「ホンマありがとう。でも、これが今誰かにバレたら、中津に強制送還されてまうから、奥平にも山本家にも一切言わずに秘密にしといて。わしはこれから下関に出て、船に乗って大阪に行くわ。十五日くらいで着くやろから、それくらいを見計らって『あいつは初めから中津に帰る気なんてなかった。江戸に行くって言うて長崎を出ていったわ』て、奥平にも言うてくれへん?せめてものあてつけや」て言うて、二人で笑った。

 奥平からご隠居への手紙に補足の手紙をつけて「私は長崎を出て、中津に帰るつもりでしたけど、ふと江戸に行きたくなったから、これから江戸に行きます。ついては、壱岐様からの手紙はこちらになりますので、お届けします。」と丁寧に書いた。また大橋六輔にも手紙を書き添えた。

「この壱岐からの手紙、封してないのおかしいけど、そのまま届けます。俺を帰らすために自分で仕組んでおきながら、俺には知らんふりして、白々しくもこんな手紙を書いてるのはホンマにキモイよね。俺は中津には帰らんと江戸に行くからこの手紙を見といてください」と書いておいた。

 そうやって全部準備が整ったから、鉄屋惣兵衛と一緒に長崎を出て、諫早まで来た。
 「なぁ、鉄屋よ。俺、長崎を出る時は中津に帰るつもりやってんけど、なんか嫌になったから、江戸に行くわ。俺の荷物も一緒に持って帰ってくれん?俺は着替えが二、三着あればそれでええし。これから下関に行って、大阪経由で江戸に行くわ。」て言うたら、惣兵衛は呆れてたわ(笑)

 「え、何言うてんの?お前みたいな若造が、一人で江戸なんか行けるかいな」
「アホか。行けるわ。何も問題ない」
「でも、お前のお母さんに何て言えばええねん?」
「大丈夫やって。別に死なへんから、おかんにはよろしく言うといて。江戸に行きましたて言うてくれたらそれでわかるから」
 そこまで言うたら惣兵衛ももう黙ってしもた。

「ところでさ、これから下関に行こうと思うねんけど、実は道知らんねん。お前よう行ってるから知ってるやろ?馴染みの宿屋とかない?」
「あぁ、それやったら、行きつけの船場屋寿久衛門ていう宿屋があるわ。そこ行ったらええんちゃうか」
「マジか。ありがとう」

 実は、この時全然お金がなくて、大阪までの船賃がギリやったから、うまいこと宿代ケチったろと思って、こんなこと聞いてん。惣兵衛の名前使ったろと思って。
 で、そこから惣兵衛とは別れて、諫早から有明の海を渡って、佐賀に着いた。佐賀はマジで何もなくて、標識もないから、とにかく一人で東に歩いて、筑前を抜けて、太宰府あたりを通って、何とか小倉までついたのは三日目や。結構歩いたわ。

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