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ジブンタナカ(小説)

自分で言うのもなんだが、俺は陰キャだ。中学のときから友達といえる人は片手で数えられるほどしかいないし、ペア活動のときはお決まりのように余る。そして容姿は黒髪に眼鏡、趣味は漫画やアニメといった典型的なオタクだ。



だが、そんな俺も今日から大学生になる。このキャンパスライフで中高のときのような毎日を送るわけにはいかない。
張り切って前日に美容院を予約し、もさったかった髪を切り、調子に乗っていると思われない程度に茶色く染めた。

いつも行っていた地元の1000円カットでは、薄黄色い壁の部屋でぱっとしないおじさんに切ってもらっていたのに対し、美容院はキラキラした部屋でキラキラしたお兄さんに髪を切ってもらえて、そのうえ雑誌やドリンクというサービスまで用意されていた。金を積めばそれなりのサービスが用意されるのだ。



とにかく、俺は今日からキラキラした大学生になるつもりだ。まずは友達を作らなければならない。入学式が終わった直後、頭の中で何度かシュミレーションをしてから前の席の人に話しかけた。

「初めまして、自分、田中っていうんだ。よろしく。」

勢いだけで突然声をかけたせいで、なんとも面白みのない挨拶になってしまった。
振り向いたそいつは、くりっとした目で堀が深い顔をしていて、どうみても日本人ではなさそうだった。派手な髪色から勝手に判断した俺が悪いが、どうやらこいつはウェイ系ではなさそうな雰囲気だ。


「あぁ!ジブンタナカ?わたしジブンタナカていゥンヨ。」

少し聞き取りにくいおかしな日本語で話しながら、右手をひっくり返し薬指と小指を立てた。
母国の挨拶かなにかだろう。

「え、苗字一緒じゃないですか!日本語お上手ですね、出身はどこなんですか?」

ひっくり返した右手をひらひらさせながら「ウーンとね、」と答えた国はあまり聞き馴染みがなく、発音も日本語では表せないような感じだった。とりあえず相槌を打って適当な質問で話題を切り替えた。


すると突然、後ろから同じような顔立ちの男が3人やってきて同じようなおかしな日本語でタナカに声をかけた。皆タナカと同じように右手をひっくり返し、薬指と小指をひらひらとさせる。おそらく全員同じ国の出身なんだろう。
聞き取りにくい日本語で楽しそうに話している。アメリカの人から聞いた日本人の英語もこんな感じなのだろうか。そこに入る隙はなく、俺は置いてけぼりになってしまった。


にしても、俺の会話はあまりにも面白くなさすぎる。そもそも会話自体は得意ではないし、自分から話しかけるなんてほとんどしたことない。話し始めたとしても、相手の地雷を踏まないように気をつけているうちに英語の教科書のようなつまらないやりとりばかりを続けてしまう。タナカと交わしたたった数ターンの間も話が尽きそうでヒヤヒヤしていた。
陽キャというのは、基本的に話題なんてなくても無限に話し続けられるものだ。俺には根から向いていないのかもしれない。



視線を感じて目をやると、4人がこちらを見て何かを話していた。ほとんど聞き取れないが、よくよく聞くと「ジブンタナカ、…ジブンタナカ、」と会話の間に「ジブンタナカ」という言葉が入ってくる。ジブンタナカという言葉が会話の中でそんなに使われることがあるのだろうか。

そういえば、最初に話しかけた時に俺は、「俺、田中」ではなく、「自分、田中」と言ったような気がする。たしかに、一人称が「自分」と習うことはあまりなさそうだし、聞きなれない言葉で意味が分からなかったのかもしれない。


そんなことを考えながら彼らを見つめているうちに、途中からがっつり目があってしまっていた。思わず目を逸らそうとしたが、彼らの目線は会話の中でたまたま目があった、という感じではなく、俺に話しかけけるためにしっかり目を合わせているという感じだった。

1人がこちらに向かって何かを言っている。



「……ジブンタナカ、…ジブンタナカ…」



なんて言っているんだろう。もはやジブンタナカという言葉しか聞き取れない。間違いなく日本語ではあるのに、なんて言っているかが本気で分からない。


もしかして、この言語はそもそも日本語じゃないんじゃないか?だとしたら最初にタナカと話したあの会話はなんだ?
違う言語だというのに会話が成り立っていたんだとしたら、向こうが何を言っていたかも分からないし、自分がどんなことを言っていたのかも分からない。段々と気味が悪くなってきた。

この場を立ち去ろうと何語でもないような適当な言葉を話しながら席を立った。

しかし、1人に腕を掴まれ、引き止められてしまった。


「痛い痛い痛い!」

りんごを潰せるような握力で俺の腕を掴みながら、無言でそいつは俺の手に何かを握らせた。あまりの痛さに耐えきれず、俺は思わずそれを受け取ってしまった。

手を開くと、そこに入っていたのは手榴弾だった。

「うわっ!」

反射的に投げてから、身の危険を感じ一目散に逃げた。男達は大きな声で叫びながらこちらに向かってきている。訳が分からないが、とにかくやばい、と思った。

やっぱり人に話しかけるなんて良いことないじゃないか。大学でもぼっちルートの方が、俺には合っていたのか。と、訳が分からなくなりながらそんなことを考えているこれをパニックというんだろう。というか、ジブンタナカってなんだ?




ジブンタナカ、ジブンタナカ、ジブンタナカ、…………………




え?



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