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出内テツオ『野球場でいただきます』:球場飯とシスターフッド

 スポーツ関係の映画・ドキュメンタリーを紹介するnote。今回は映像作品ではなく漫画『野球場でいただきます』を取り上げたいと思う。

 本作は、野球場のご飯=球場飯をこよなく愛する主人公の女性が、球場で出会った野球観戦者の年下の女性とともに各地の球場グルメを食べ尽くそうとする物語である。
 2019年に開催されたラグビーW杯において、会場における食事の問題が度々取り上げられるほど、日本のスポーツ文化において「食」の問題は大きな関心事といえる。球場飯・スタジアムグルメは日本特有のスポーツカルチャーともいえる。

 スタジアムグルメを取り扱った作品といえば、古くは『孤独のグルメ』に登場する神宮球場のウインナーカレーが思い浮かぶ。近年では、球場飯を食らいつくす観戦人を主人公とした『球場三食』(渡辺保裕)、プロサッカークラブの女性サポーターが全国各地のスタジアムグルメを巡る遠征旅を描いた『ぺろり!スタグル旅』(能田達規)が話題となった。

 また、食ではないが、球場に集う様々な人たちを描く『ボールパークでつかまえて! 』(須賀達郎)では、球場を彩るビールの売り子がヒロインとして登場している。モデルとなっている某球団はたしかに人気が高かった。

◯ 入門書からシスターフッド作品へ 
 スポーツ観戦の隠れた魅力を題材にしているだけに『球場三食』『ペロリ〜』ともに玄人の観戦者=強者たちが主役となってきたが、本作『野球場でいただきます』は手練れ=つばみが、野球観戦初心者=亀井に球場飯を通じて球場観戦の魅力を伝えるかたちとなる。コロナ禍でなければ恰好の野球観戦入門本の機能も果たしていたであろう。致し方ないところではあるが、ある種のパラレルワールドと化した点は残念でならない。
 こうした背景があったからなのか、後半のエピソードでは作品のメインテーマの球場飯とは別の視点で物語が展開される。下書きベースで本書の感想をまとめているところで思わぬ火種も飛び交っていたので、フォローも兼ねて追記できればと思う。

 本編において、観戦初心者の亀井は、主人公・つばめのフォローもあって好きな球団・選手を探すことになるのだが、大学の同級生に否定的な意見を述べられたことを契機に自分の「好き」に自信を持てなくなってしまう。そんな亀井に対し、つばめは寄り添う存在になる。
 つばみ自身、観戦を共にする友達ができたことで得た喜びが大きかったからでもある。彼女の振舞は是非本書を読んでほしいところだが、2人の関係性の変化をエピソードを重ねながら丁寧に描いている。私見であるが、こうした構図は、友情を超えた共闘=シスターフッドの要素も含まれており、本作の隠れた魅力であると考えている。

 観戦の多様性を受け入れること
 本作をよく読むと、観戦初心者に対して「見えない壁」を作り出す存在が登場する(著者の出内先生が見聞きしたり、経験してきたことかもしれない)スタジアムが老若男女問わずに集うライブエンタテイメントとして定着してきた昨今において、観戦者の多様な価値観・観戦スタイルが点在することは当たり前のことだ。
 特定の選手だろうと、マスコットだろうと、応援だろうと、ルール・マナーを順守できていれば、何がどう楽しもうが本人の自由なのである。特にサッカーファンの間で「あるべきだ」のサポーター論が年数回単位で繰り広げられるが、こうした発想自体が古くなりつつある。
 自分も、長年スタジアム観戦者はマニア層を中心に支えられてきた背景も認識しているが、こうした声に対して耳を傾け、良き隣人として振舞うことは大事だと思う。自戒も込めて、考えさせられる作品でもあった。

 満員のスタジアムが戻ってくる日にもう少し時間がかかると思うと気落ちしてしまうが、つばみ・亀井の2人に先んじて楽しんでもらうことで、我々観戦者の希望を繋いでもらいたいと思う。今後の連載も楽しみにしたい。

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