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野望の理由

近年、大規模な災害は多いけれど、
僕は3.11東日本大地震にこだわる。
災害の規模もそうだけれど衝撃だった。

併せて自分について悩んだ事や、
「人」ついて思った事が多いから。

「命を使う」と書いて「使命」
「悟りを覚える」と書いて「覚悟」

最悪の事態を防ぐため、
覚悟をもって使命を果たした方がいたと知った。

帰りを待つ家族がいただろう。
けど帰れないことはわかっていて
使命を果たした。

家族、多くの人のためか。
だとしても生きたかっただろう。
任務を果たし、帰りたかっただろう。


あの当時、
多くの人が手を取り支え合った。
人を思う気持ちが
大規模にも小規模にもあっただろう。

それが続いただろうか。

今それがどれだけ残っているだろうか。


僕は表立った音楽活動を停止する前から
酷く体を壊していた。
今も療養、闘病中だ。

毎日が辛く苦しく、それが数年続いている。
口の端を引き笑っていると
脳が錯覚して苦痛が少し治る。
特に外ではそうやって過ごしている。

始まりは自律神経失調症と鬱だった。

音楽活動の日々に、

僕は愛した人を喪った。

一緒に過ごして二年目の頃か。
彼女は過酷な勤務の日々が続き
鬱を患ってしまった。
立ち直れず苦しむ彼女を、
彼女の家族は甘えるなと責めた。

何度、怒鳴りに赴いただろう。
それでも止まない罵声。

家族が許さないから、
と僕との同棲を拒んだ。

どんなに辛くても、彼女は家族を愛していた。
過ちの最期の直前まで愛していた。

人生は小説より奇なりというが、
それは繰り返しおとずれた。

愛した人も喪った。
愛しい人も喪った。


外では冷静を装っても、
何度も狂ったように泣いた。

優しい友達たちと飲みに行った際には
酔っ払った僕はトイレで泣き崩れたそうだ。
そのまま眠ってしまい、
気付いたら友達の家で寝ていた。

優しさに支えられながらも、
まともではいられなかった。

親族は喪った事を知った際に泣いてくれたが、
その憐れみの同情はほんの一時。

やがては愛した人を侮辱さえした。

僕の鬱は当然、悪化する一方だった。
いつになったら治るのだと
度々に責められる。

顔を合わせれば今も。

彼女が鬱で亡くなってしまった事は
親族には話していた。

おかしな話だ。
僕の愛した人が鬱で亡くなったというのに、
まるで鬱を甘く見ている。

テレビのニュースじゃない、
僕が鬱で愛した人を喪ったのにだ。
僕が生きているから
彼女の事は他人事なのだろうか。

これが現実なのだと思い知った。

いっそ知らしめてやりたい。
そう思うのは当然だろう。

それでも野心や使命感があった。
だから知らしめられない。
野心を握りしめて戦い続けた。
大好きな音楽だ、僕自身の救済でもあった。


けれど体を壊し、表舞台から転げ落ちた。

僕は、鬱を患って何年になっただろう。
それでも今、生きている。

病と闘う日々は苦しい。
部屋で奏でる音の振動が体に辛い時もある。
それでも野心がある。

僕は、野心が僕の人生の使命とし、
再び立つ日を目指しながら生きている。

曲を、思いの丈を描き続け、
多くの人に伝えられるよう、
伝わるよう、
終わっても伝わり続く事を願いながら、
今日を生きている。

だから3.11に強いこだわる。


音楽活動の最中での3.11だった。

衝撃的で、
失望も覚え、
尊き人を知った。

それが僕を奮わせてくれた。

人は忘れる生き物と言うけれど、
忘れちゃいけない事が沢山ある。
3.11はその塊だと思っている。

ただそう、勘違いして欲しくないのは、
同情してもらいたいわけでも、
僕を売り出したくて書いてるわけではない。

今日は酷く体調が悪い。
だから書いて自分に言い聞かせている。

また、これも書き残しておきたい事だから
タイミングとして今書いている。

僕は、生きるんだ。
戦場に戻るんだ。
多くの人に伝わるよう昇りつめるんだ。

今が辛くても野望のために。

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