【熱力学3】自由エネルギー減少則【不可逆過程】
前回,「状態の変化に必要な仕事は,操作の仕方によって異なる」と言いました.直感的には,素早く動かす方が無駄が多くなり,必要な仕事が多くなるということで納得がいきます.しかし,ちょっと立ち止まって,ここでいう「無駄」とはなんのことか論理的に考えてみましょう.
理想仕事源
まず,議論の出発点として,仕事をする系を用意しましょう.これを仕事源と呼びます.
ここで,どんな操作の仕方をしても,その系のする仕事は一定となるような仕事源を用意したとましょう.このように振る舞う仕事源のことを理想仕事源(または可逆仕事源)と呼びます.理想仕事源の例としては,糸につるされた重りなどが考えられます.重りが上下に動けば,重りは仕事をします.このときする仕事は,重力が一様であるために,上下に移動した距離のみで決まり操作には依りません.
ここで,自由エネルギーの定義を思い出すと,「必要な仕事の最小値」でした.しかし,理想仕事源のする仕事は操作方法に依らないので,その最小値とは常に「された仕事そのもの」となります.したがって,操作後の理想仕事源の自由エネルギー$${F^{\mathrm{ex}}(T,X^{\mathrm{ex}})}$$は(操作前の理想仕事源の自由エネルギーを基準として$${0}$$とし,理想仕事源のした仕事を$${W}$$とすると),
$$
\newcommand{\ex}{\mathrm{ex}}
\begin{align*}
F^{\ex}(T,X^{\ex})=-W
\end{align*}
$$
と書くことができます.
(注: 仕事にマイナス符号がついているのは,仕事源は仕事を「する」側なので,仕事源は負の仕事を「される」と考えるからです.また,仕事源は着目系の外部(external)にあるという意味合いで添え字をつけました.)
自由エネルギー減少則
再び,前回の図2で考えた操作を考えましょう.
このとき,操作前の系の自由エネルギーを基準として$${0}$$,操作後の系の自由エネルギーが$${F(T,X)}$$と書かれるのでした.
この操作を,理想仕事源のする仕事によって行ったとします.このとき,理想仕事源も含めた系を考えれば,全着目系が要請3[自由エネルギー極小の原理]に従うと考えられます.したがって,着目系全体の自由エネルギーは,操作後には操作前と比べて減っています.さらに,要請3[示量性]から,着目系全体の自由エネルギーは各部分系の足し算で表してよいはずです.操作前の自由エネルギーは$${0}$$としているので,これを次のように書けます.
$$
\newcommand{\ex}{\mathrm{ex}}
\begin{align*}
F(T,X) + F^{\ex}(T,X^{\ex}) = F(T,X) - W \leq 0
\end{align*}
$$
ところで,系にとっては仕事源が理想的かどうかは区別がつかないはずなので,この式は仕事源が理想的かどうかに依らず成り立つはずです.結局,
$$
\begin{align*}
F(T,X) \leq W
\end{align*}
$$
「系の獲得した自由エネルギー$${F(T,X)}$$は系に加えた仕事$${W}$$以下である」という不等式が成り立つことが言えます.この定理は系が獲得する自由エネルギーは,加えた仕事以下になる,ということを主張しています.これは熱力学第二法則と呼ばれるもののひとつの表し方です.このノートでは自由エネルギー減少則と呼びましょう.また,自由エネルギー減少則を少し書き換えると
$$
\begin{align*}
&\varphi \geq 0\\
&\varphi = W - F(T,X)
\end{align*}
$$
と書くこともできます.ここで,$${\varphi}$$という量を定義しました.これを「自由エネルギー散逸」と呼ぶことにします.この式は,操作をすると必ず自由エネルギー散逸は非負であるということを意味します.冒頭で言った「無駄」とは自由エネルギー散逸のことと言えます.単なる言葉の言い換えに過ぎないと思うでしょうが,要請3から逆に定式化できることをここで言いたかったのです.
自由エネルギー散逸がゼロでないとき,取り返しがつきませんから,このような場合を不可逆であると言います.自由エネルギー散逸がゼロの場合を可逆であると言います.
(注: いきなり熱力学第二法則が出てきて,熱力学第一法則が出てきていませんが安心してください.熱力学第一法則はエネルギー保存則のことです.温度を定義した以上,すでに私たちは認めています.)
準静的操作と仕事
自由エネルギーの定義は「必要な仕事の最小値」でしたが,最小の仕事を与える操作がどんなものか,つまり,「無駄」の発生しない操作はどんなものか考えましょう.自由エネルギー減少則を用いて,論理的にこれを理解しましょう.
系の状態を常に平衡に保ったまま行うような十分にゆっくりとした操作のことを準静的(quasistatic)な操作といいます.準静的にした仕事を$${W_{\mathrm{qs}}}$$と書き表すことにします.
系に準静的操作をしたとすると,系は常に平衡状態を保っていたので,逆の操作を行えば「往路」とまったく同じ「復路」をたどってもとに帰ってくることができます.ということは,自由エネルギー減少則として導いた式
$$
\begin{align*}
F(T,X)\leq W_{\mathrm{qs}}
\end{align*}
$$
について,逆操作を行ったときの自由エネルギー減少則
$$
\begin{align*}
-F(T,X)\leq -W_{\mathrm{qs}}
\end{align*}
$$
も同時に成り立たなければいけません.これらが同時に成り立つのは,
$$
\begin{align*}
F(T,X) = W_{\mathrm{qs}}
\end{align*}
$$
のときです.系に準静的操作を行ったとき,自由エネルギー減少則の等号が成り立つ(つまり,自由エネルギー散逸がゼロである)というわけです.こうして,系に準静的操作をしたとき最小の仕事をすることが理解できました.
(注: 「可逆」とは自由エネルギー散逸を用いて定義された概念なのに対して,「準静的」とは操作的に定義された概念です.いま示したのは,準静的な操作ならば可逆である,ということです.)
今回のまとめ
・自由エネルギー減少則(熱力学第二法則)が導かれた.
・自由エネルギー減少則は操作の不可逆性を特徴づけている.
・温度一定の環境下では,準静的操作をしたときの仕事が仕事の最小値であることが導かれた.
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更新履歴
2024. 10. 5 元々「自由エネルギー消滅」という用語を定義して使っていましたが,「自由エネルギー散逸」という言葉の方が一般的だと思い修正しました.
クオリティの高いノートをたくさん書けるように頑張ります!