統合失調症になって「あきらめようと思った5つのこと」 ー①回復編ー
こんにちは。精神障がい(統合失調症)を持っていますが色々前向きな、なっちゃんです!
今日は私が統合失調症を発症した時に、
「あきらめようと思った5つのこと」について少しお話ししてみようと思います。
私が統合失調症のため精神病院に入院したのは27歳の時。(今から13年前)
その時に私が諦めようと思ったことは、次の5つのことでした。
①病気が良くなること。
②仕事をすること。
③友達を作ること。
④結婚すること。
⑤家族関係を良くすること。
なぜそう思ったのか?
私自身がこの病気に対して偏見を持っていたから!
「精神病になったら人生は終わる。」
「人生を自分の意思で楽しんで生きることはもうできない。生きていてもしょうがない。」
発病後、私はそう思って沢山たくさん泣きました。
でも、そんな辛い思いを乗り越えて、今私は損害保険会社にて障がい者枠で働きつつ、旦那さん(同じ病気です☆)と小さな幸せを感じながら、支え合って暮らしています。
では、どうやってここまで病気や自分を取り巻く状況がよくなっていったのか。。。
今日は私が病気を理由に「あきらめようと思った5つのこと」の中のまず1つ目の、「病気が良くなること」に焦点を当てて、お話しさせて頂こうと思います。
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統合失調症発症!!(゚Д゚)
私は27歳の時に飲食店で働いていて統合失調症を発症しました。その症状は、主に幻聴と王様になったような万能感でした。
まず幻聴は、仕事の休憩中、誰もいないのに私の悪口を言っている人の声が聞こえてきました。例えば、今側にいるはずのない父親や、母親そして芸能人の声がです。
その内容は、「あほ!」とか「こんなところにいていいのか!」など、実況中継のように私の言動に対して批判をしてくるというものでした。
それが、発病時は朝起きた時から夜寝るときまでずっと聞こえてきていました。それは経験者にしか分からないような、とても辛い症状でした。
もう一つの症状の王様になったような万能感が現れた時は、自分が世界の中心人物になったような気持ちになりました。
テレビでは自分に関連することが放送されていると思えていました。そしてそれを理解してくれないと、その当時お世話になっていた叔父さんの家で大暴れしたこともありました。(最後は叔父さんに抑えられたけど)
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精神科病院での入院
そんなこんなで、私は仕事を辞め、精神病院に入院することになりました。入院期間は半年でしたが、最初の一ヶ月半、閉鎖病棟に入院していたことが強烈に記憶に残っています。
窓という窓は、3センチくらいしか開かない。扉の鍵は看護師さんが持っていて常に監視されている。トイレも人間のものとは思えないくらい汚い。
お風呂も週2回くらいしか入れない。。。まるで囚人になったような毎日でした。(入院生活について詳しくは、またお話ししようと思います)
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回復に向けて
半年の入院後、ようやく退院することが出来た私ですが、当時関係が良くなかった両親のいる実家に帰るのは耐えられないと思い、病院の近くのグループホームに入所することにしました。
そして日中は病院のデイケアに通うことになり、グループホームでの安心した生活と美味しい食事、そして薬物療法のお陰で私の体調は少しずつ安定していきました。
(結局結婚するまでの9年間、グループホームにはお世話になりました。デイケアは私が前職に就くまで約3年通い、そこでパソコンの面白さやソフトバレーボールなどの楽しさも教えて貰いました☆)
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現在の私
幻聴は、今でもどうしても治らず仕事中にも聞こえてきたりしますが、それは我慢で、歯を食いしばって頑張って仕事をしています。その他の症状はほとんど無くなり、今は自分のしたい生活を旦那さんと協力しあって出来るようになりました。
病気を完治するのではなく、病気と付き合いながら折り合いをつけつつ生活する。。それが今の私が思う「病気がよくなること」に近いのではないかなと思っています。
今日は、ここでおしまい☆
次回は、あきらめようと思った「仕事をすることについて」お話しします!
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