映画とかの話

 まず初めに1週間サボりました、申し訳ない。書こうという意志はあり1日2行くらいは書いてました。スパイダーマンの感想を書くと言っていましたが、5作品全部見ても薄い事しか書けなかったので苦労した結果諦めました。こういうところが僕の悪いところです。あと親知らず3本目生えてきました。

 私はNetflixでたくさん映画やドラマを観ている!

 私は観る映画決めるとき、人にオススメを聞いたり、ネットでのオススメを調べる。その中から好みなものを観る。私の好みは強いて言うなら推理ものだがほとんどこだわりはない雑食に近い。好みでないははっきりしている、それは恋愛ものだ。
 私は大抵の恋愛ものはどれもヒロインがどっちの男もいいけどどちらにしようかと悩んでる話だろ、くだらん、と思っている。三角関係のやつね。ヒロインはギリギリまでもう1人の男と悩んでたのにどうしてそんな永遠を誓えるようなスタンスなんだ、なんで一択ちゃうねん、昼飯のメニュー悩んでんじゃねえんじゃねえんだぞ、と中学のときなんかのドラマを観て思って以来あまり観ていない。2人で困難乗り越えましょう系は普通に観れる。まあそんなベタなものも最近は少ない。最近のは大概なにか面白い設定が1つ入り込んでいる、というかそういうところで差別化を図っていかないと爆売れは厳しいんだろうな。あと恋愛ものを見ない理由は純粋ゆえ恋愛ものを観ていると物語途中で現れる絶対に報われないやつが可哀想でつらくなってくるからだ。大概そういうやつはいいやつなのだ。いちご100%という漫画を薦められて読んだ時も2.3巻で西野?が可哀想で読むのを辞めた。私は感情移入をし過ぎるのかもしれない。
 私はドラマで登場人物が恥をかくシーンやバラエティで絶対にスベる変な流れやアイドルの変顔を観られない。本当に恥ずかしくなってくるのでドラマ映画だったらそのシーンを飛ばすし、家族でバラエティを観ててもわざわざ席を外す。自分も同じくらいの辱めを受けている感覚になりいたたまれない気持ちになる。これを共感性羞恥というらしい。私はかなりの重症だ。かといってどうする事もできないので最近はあえてそれを観る事で精神力を鍛えている。(ところで変顔は何の為に存在するのか。これについては今度書こう)
 そういったシーン以外にも拷問だったり腿を銃で撃たれたりするシーンもしんどい。最近では何故か画面越しの嗚咽を貰う事も稀にある。1番はアクション映画の戦闘シーンとか敵から逃げてるシーンで無音になって主人公とかがゆーっくり動いて「あ、もう絶対いきなり人出てくるじゃん」て場面(伝わってくれ)。あれは必ずスキップする。本来ハラハラして楽しい場面なのだろが私はそのハラハラに耐えられない。ハラハラするからハラハラする映画が観られない。共感性羞恥は昔からだがこれに関してはここ5.6年かもしれない。気付いたのがってだけかもしれないが。
 これに通ずるものとして私は涙もろい。貰い涙もろい。人が泣いているのを見ると伝染してくる。発動条件はよく分からないが漫画でも発動するときはする。はじめてのおつかいで泣いてしまった事もある。1番不思議だったのは、アクエリアスのcmで涙をこぼした時だ。そのcmはおばあちゃんがクロール25mに挑戦するものでそれを見た娘が泣くのだが、それに貰い泣きした。この挑戦自体は感動要素はあるがcmだから15秒とかだ。こういう挑戦系は練習や挫折等の苦労するシーンがあればあるほど泣けるが15秒にそんなシーンを盛り込む余裕もない。なので4コマの漫画のように目まぐるしく展開し、感情が入り込むような時間もない。なのに貰った。生きるのって大変だ。

 お目汚し失礼致しました。また次回。

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