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映画「ひとりぼっちじゃない」感想

3/10に映画が公開され、待望の映画だっただけにすでに2回観ました。映像の細部にまで、全てに答えが隠されていて、それを紐解くのに頭がいっぱいになっています。

音楽のない静かな映画の中で
コポコポ…という、水が湧き出るような音や、身を引き裂くような金属音?ススメ先生から発するモーター音(笑)など「音」が印象的でした。

【部屋と人物】

宮子の部屋はまるでお母さんの胎内のよう。解放され、木々は子宮の絨毛のように思え、誰でも惜しみなく無償の愛で包み込む安全地帯のように思えた。
ススメの部屋はオートロックで、誰人たりとも受け付けない、閉鎖的な部屋。
整理整頓された部屋が、宮子に対して一心不乱になるにつれて荒れる様子がススメの心を表してると思った。
蓉子の部屋は毒々しい赤色、殴り書きのような絵画。エキセントリックな印象。激しい性分まで表しているようだった。

主人公・ススメ以外にも「宮子」「蓉子」に焦点を当てて考えても、途方もない思いにかられてしまった。

「宮子」は誰にでも心を開いているようで、誰にも解放してない閉鎖的なものを感じるし、どんなにこちらに「打ち解けたい」思いがあろうとも、どこか「悲しみ」に溢れていて、それは「開けてはならない」とフタをしているようにも感じた。あと、情交の時にずっと目を開けていた事。表情がないこと。それも気になった。過去に家族の事で何かあったのかな。

「蓉子」と「宮子」の関係は幼い子が好きな子を独り占めしたい気持ちにも似てるとおもった。「私の方が仲がいいんだよ」とアピールする事で、安心感を持ちたいような。
手を繋いで歩く、ふたりの年齢の割りに幼い服装に、それを感じました。
ススメはそれを壊したかったのかな。
自分の立ち入れない領域に。
怒りで出来るセックスもあるんだと、ちょっと悲しくもなった。

【コミュニケーションって難しい】

ちょっとした事で歯車が噛み合わなくなる。
例えばキリンの舞台を観たシーン。
「この人誰?」を「蓉子」の事だと思った宮子と、「前列の人」の事だと思ったススメ。
キリンの最後を「自己犠牲=愛」と言った宮子。「自惚れ」と言ったススメ。
「自分の事を何でも理解してくれる」と思ってた宮子が「違う」と違和感を持ち始める。なんでも受け入れてくれると思ってた宮子が急に意志を持ったように早口になったところが印象的だった。
「こうであって欲しい」というススメの偏った期待は、ススメが「宮子」の分身を木彫りで作ろうとしている姿からも、わかる。

【胎内】

宮子さんの木彫り、目、鼻、口があったはずなのに、最後はとんがった球体になっていた。あれは受精卵だったのではないかと。
ススメの想いの化身の木の塊は「ススメの理想」を表して、初めは表情があったのだけど、「理解出来ない」と思った時に何もなくなった。それは、一度描いた絵画を塗りつぶすように。
ススメが旅立つとき、小説の中では日記を置いて行ったけど、映画では木彫りの球体になっていた。宮子との交わった布の上(これは胎盤と捉えました)に木彫りの球体を置いて、「ふたりの軌跡」とも「僕のことを忘れないで」とも感じた。

宮子はそれを物置にしまった。

物置の中に籠ったことも、「胎内」と捉えました。物置の中から観ていた男性(お父さん的な?)と宮子の行動は、「お母さんを取られる」というような気持ちでもあったのかなと。あと、その後の自慰行為は「マーキング」でもあるし、もちろん行き場のない「怒り」や「不安」でもあったのかな。
な。

【親子の物語】

「親子の物語」と思ったのパンフレットの色が母の胎内からみた外の世界のような、暖かな肌色だったこと。
ポスターのススメの姿はまるで丸まった胎児のようだったこと。
映画内に流れる水の音は、胎児がお腹の中で聴いた胎内の音だと思ったりこと。
自意識に囚われているススメが閉じこもるのは大人になった現在もまだ、母の胎内から出ていないということ。
自分の心が囚われている宮子と離れようと決心し、お母さんを理解した時に、涙を流して初めて母の胎内から出たのだと思った。

【好きなシーン】

最後にお母さんと話をするシーンが好きです。
ススメはお母さんの事がとても心配で、そしてお母さんも自分を心配していると思ってた。
だけど、自分が遠くに行く事を止められる訳でもなく、認めてもらえたこと。お母さんの事も認めることで、ススメは前進したのだと思いました。
旅立ったススメがそれからどういう人生を送ってくのか、到底想像出来ないし、したら疲れてしまうけど、どこにでもある日常の一部として存在していたらいいなと思いました。
これは人間の物語でした。

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