見出し画像

【スター発狂頭巾ウォーズ】狂人宇宙艦隊スクランブル!植民エルフ惑星を救え!【大長編】【特に宇宙】

※この作品は映画村のアトラクションで作られた「スター発狂頭巾ウォーズ」のエピソードを紹介するものです。テキストカラテ。

 人類の進歩はやがて空を超え、星空へと広がっていった。星間超高速ワープ航法とテラフォーミング技術の開発により銀河系全域へと急速に生存域を広げた地球統一幕府であるが、その辺境には未だならず者の宇宙海賊達による略奪や悪の銀河大狂帝国軍の侵略などの恐怖にさらされていた。悪の横暴に泣き、罪なき人々の嘆きをなんとする。天が許し、宙が許し、健常人達すら許しても、宇宙の海は俺の海と勝手に信じ込んでいる狂人達(おとこたち)は決して許さない。キャプテン発狂頭巾率いる狂人宇宙艦隊、お呼びとあらば即参上!

発狂頭巾基礎知識

 発狂頭巾とはTwitterの集団妄想から発生した「昔放送してたけど、今は放送できない、主人公が発狂した侍の痛快時代劇」という内容です。クレイジーなダーク・ヒーローです。狂化:EX。

 ここは地球から約10000光年、はるか離れた銀河系サジタリウス腕M24天体近辺の宙域。星々が輝く中で、約100隻の宇宙戦艦群が円形に陣形を取っており、その中心に2隻の戦艦が向かい合っていた。これぞ人類の辺境を護る発狂艦隊、そして2隻とは艦隊旗艦でありキャプテン発狂頭巾が座上する発狂長屋7世号と、発狂艦隊の中の切込隊長である世紀末モヒカン号である。

《ヒャッハー!!! 発狂頭巾ヨォ!!! 今日こそぶっ殺してやんぜ!!! 狂人地獄に落ちやがれこのクソ狂人が!!!》

 おお見よ、艦隊ホログラム通信で世紀末モヒカン号の狂人艦長、デスマッド無法松が冒涜的ファックサインと共に周囲を囲む各狂人艦、そして約1天文単位の距離で対峙する発狂長屋7世号に送信される。コワイ!

 発狂長屋7世号の艦橋で、タタミ升席に座るキャプテン発狂頭巾はそのホログラム映像を、補助ドロイドHAT-CHIが給仕した梅昆布茶をすすりながら白い眼で見ていた。

 銀河辺境に住む人々を護る発狂艦隊は基本的に単艦内については艦長の裁量が大きく認められているが、艦隊行動にはいくつか鉄の掟があった。その一つがキャプテン発狂頭巾の命令は絶対、上位席次の狂人艦長のいう事も絶対というものである。狂人と言えど、銀河の平和を守るためには秩序も必要なのだ。

 しかしそれでは下位の艦長達に不満が出る。その解消のために、席次を昇進させるルールがこの《入れ替わりの単艦決闘》である。作戦時以外に上位の艦長(提督であるキャプテン発狂頭巾を含む)に1対1で戦艦決闘を挑み、全ての艦の狂人艦長を見届け人として戦闘を行う。勝負はどちらかの艦が爆発四散する事で終了し、逃亡や降伏は認められていない。

 勝てば見事に席次を上げることができる。もちろんキャプテン発狂頭巾を倒せば、この艦隊の提督にもなれるのだ。秩序を第一とする地球統一幕府宇宙軍ではあるが、辺境という特殊な環境下において、銀河の平和維持のためには多少の実力主義的風潮を認めざるを得ないのだ。

「HAT-CHIよ。決闘開始の刻限まであとどれほどか?」

『へい、あと30秒ほどでヤンス』

 この時代の宇宙戦艦特有の柱とワイヤーに囲まれた提督タタミ枡席で、キャプテン発狂頭巾が傍らのHAT-CHIに尋ねると、HAT-CHIはこともなげに合成ドロイド音声で返答する。

「うむ、あいわかった。デスマッド無法松の奴では少々役不足でつまらぬが、仕方あるまい。ではこれより《入れ替わりの単艦決闘》を行う。総員、準備は良いな?HAT-CHI、残秒告示(カウントダウン)を開始せよ」

【了解です、キャプテン。こちらはいつでも開始できます】

 艦橋のコンソール前で待機する総勢40名に及ぶ精鋭イマジナリ艦橋要員達はキャプテン発狂頭巾に準備完了を告げる。極めて高度な技術力により高度な自動化が達成されている最新鋭宇宙戦艦・発狂長屋7世号は、艦長とHAT-CHIとイマジナリ乗組員300名の総計1名とドロイド1体だけで運用される。

『残秒告示(カウントダウン)、開始いたしやす。拾、玖、捌、漆、陸、伍、肆、参、弐、壱、戦闘開始でやんす!』

 ゴォォォォォォン……と戦闘開始を告げる量子鐘の音が鳴り響くと同時に、コンソールに多数の熱源が現れた。世紀末モヒカン号から発射された有人光子ミサイルの群れだ。無名モヒカン戦士達がミサイルにまたがって棍棒などを振り回しながら敵艦に突っ込むのがデスマッド無法松流・宇宙略奪戦闘術である。命煌めく戦場の風を感じた発狂頭巾は瞳を七色に輝かせ、一喝した。

「ギョワーーーーーーーーーー!!!!!」

 その瞬間、発狂長屋7世号の艦首から前方、敵艦である世紀末モヒカン号と有人光子ミサイル群に対して広域に発狂した精神が生み出す超光速タキオンの嵐が発射される。カブーム!恐るべき威力の発狂超高速タキオン砲斉射によって、有人光子ミサイル群は、搭乗員の無名モヒカン達と共に爆発四散し、宇宙の藻屑へと消えていった。だが、歴戦の発狂宇宙戦艦である世紀末モヒカン号もこの程度では沈みはしない。

《ヒャハハハハ、きたねえ花火だなキャプテン発狂頭巾! だが、その程度の攻撃は頭脳指数が高いデスマッド無法松様には全てお見通しよ。それとも本当に狂ったか? ならばしねい!》

 やはりビシッと中指を立てたデスマッド無法松の立体ホログラム映像だが、キャプテン発狂頭巾は慌てず、叫び返す。

「なにぃ!?」(ここでカメラがアップに)

「狂うておるのは……貴様ではないか!!!」

(カァ~~~~)(例の音)

 カブーム!!!! 突如、デスマッド無法松の立体ホログラム映像が揺らぎを見せる。

《なんだ? 何があった?》

 ホログラム映像の向こうから雑魚モヒカン搭乗員の悲鳴のような報告が聴こえる。爆炎と熱で映像がさらに乱れていく!

《デスマッド無法松艦長、大変です。巨大なゴボウが、メインエンジンの狂気炉に刺さっています! どこから生えやがった?! 制御不能、制御不能!》

 明確な殺傷意思を持つ巨大ゴボウは、瞬時に敵艦のバイタルパートに直接突き刺さり、炉心を破壊していく。いったいどこから巨大ゴボウが発生したのか、死にゆくモヒカン達もわからなかった。発狂頭巾はニヤリと狂った笑みを見せて勝利を確信する。デスマッド無法松の立体ホログラム映像はしかし、慌てる様子もなく、ゆっくりと再度、ビッと中指を突き立て、ピアスが500本埋め込まれた舌をペロッと出す。

《ケッ……やりやがったな発狂頭巾!!! Hasta La Vista,地獄でまた殺りあおうぜBaby!!!》

KRA-TOOOM!

 その通信と同時に、立体ホログラム映像は轟音と閃光に包まれて消滅した。

『世紀末モヒカン号、成仏(ロスト)いたしやした。艦長、我々の勝利でヤンス』

「そのようだ。デスマッド無法松よ、狂人地獄で再びやりあおうぞ」

 すぐさまHAT-CHIは報告をし、イマジナリ艦橋要員達は勝利の雄たけびをあげ、キャプテン発狂頭巾は静かに艦長タタミ枡席に座りながら、穏やかに呼吸を整えつつ、頭巾を整えた。『勝って兜の緒を締めよ』、旧い地球のコトワザであり、ギャラクティカ・残心でもある。

 勝利が確認されると、発狂長屋7世号の艦橋に、他の発狂艦隊所属艦から祝電通信が送られてきた。環境には無数の狂人達の立体ホログラム映像が映し出され、メッセージを述べる。

《チッ、生き残りやがったか。つまらねーの》

《所詮、デスマッド松は我々の中でも一番の小物》

《発狂頭巾、貴様の首は俺が取る。あの程度の雑魚は倒せて当然、その時までせいぜい首筋を綺麗にしておくことだ》

《アイヤー、共倒れになって欲しかったところアル。これ、二虎競食の計アルネ》

《南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……》

 数々のメッセージを聞き流しつつ、HAT-CHIが淹れた梅昆布茶をすすると、それらのメッセージとは別に、緊急のメッセージが流れてきた。

《【優先順位:甲】【隠密通信】発狂奉行より緊急の知らせである》

 キャプテン発狂頭巾は、事も無げにイマジナリ艦橋要員に他の艦隊には元の陣形に戻るよう指示して祝電通信を切り、発狂奉行からの緊急通信を亜空間超高速秘匿通信を開くよう、HAT-CHIに命じた。

 キャプテン発狂頭巾はゆったりとした動作で裾の乱れを治し、正座を組みなおし、姿勢を正すと亜空間超高速秘匿通信のスイッチを入れる。同時に、目の前にはより高精度な立体ホログラム映像で、額に観測瞳を埋め込んだ裃姿の上級武士が姿を現した。

『くるしゅうない。オモテをあげい。キャプテン発狂頭巾、銀河の平穏を護る貴卿の任務、誠に御苦労である』

 恐ろしい三重エコー音声でコックピットに威厳のある言葉が流れる。その通信を寄越した人物こそ、銀河系の治安を統括する宇宙奉行所裏奉行、人呼んで発狂奉行所のお奉行様である発狂奉行大岡シリウス守その人である。

 20XX年、度重なる戦役を経て国家は統一され、名目上の元首として日本を500年以上治める徳川将軍家が就任し、「夷敵を排斥する『征夷大将軍』」から「開かれた宇宙へと人類を送り出す『宇宙大将軍』」へと役職を変え、強大な武力を持つ地球統一国家『徳川太陽系幕府』が成立した。万世一系の帝が、時の徳川将軍家嫡男に宇宙大将軍の任を授け、その元で地球圏の各政府機関(内務省、軍務省、柳生省など)が所属する形になる。このため、統一国家には度量衡に尺貫法が残っていたり、行政文書に「御触書」などの文字があったりと未だ混乱は治まっていないが、それはともかくとして人類の活動圏は太陽系から銀河系オリオン腕へ、そして銀河系全体へと広がっていった。

 しかしながら、強大な幕府宇宙軍旗本8億隻を所有する徳川太陽系幕府と言えどもせいぜいオリオン腕内の治安を守るのが精いっぱいであった。チャンスを求めてオリオン腕外へと植民する者達は多いが、彼らを護ってくれる幕府役人などおらず、海賊に襲われれば一巻の終わりであった。そのような民を護るため、特別に組織されたのがキャプテン発狂頭巾率いる狂人宇宙艦隊であり、彼らを統率する者こそが発狂奉行である大岡シリウス守その人である。いうなれば、キャプテン発狂頭巾の上司に当たる武士と言えよう。

「お奉行、いかがいたしましたかな」

 キャプテン発狂頭巾は表情こそ野獣の如き狂った形相をしているが、丁重に大岡シリウス守に要件を尋ねると、大岡シリウス守は諸肌を見せながら芝居がかった形相で述べる。

『けしからんことに、貴殿らが駐留している宙域からおよそ10光年離れた植民惑星を宇宙海賊めが襲撃しておる。至急、撃退するのだ』

 はて……という表情をする。この辺りの海賊はあらかた始末しており、植民惑星を襲撃するはずは無いのだが……怪訝な事を考えていたが、歴戦のキャプテン発狂頭巾はその様子を大岡シリウス守には見せず、さらさらと返答する。

「承知いたした。いや、宇宙海賊如きに荒らされるとは面目次第もござらん……迎撃とワープの準備を整えて……そうですな、24時間以内には向かえるでござろう。して、補給物資などは……」

 発狂頭巾の脳内には既に宇宙海賊を撃破する作戦が組み込まれており、計算通りであれば僅か3手で撃破できるだろうと考えていた。問題は物資の補給である。海賊を退治して、植民惑星から略奪しているようでは宇宙の平和は守れぬ。この辺りは抜かりなく、催促するキャプテン発狂頭巾であった。

『三日分の物資を転送させよう。他は鹵獲9分、徴収1分と心得よ』

 鹵獲9分とは「敵勢力を撃破した時の戦利品は9割を発狂艦隊に、残り1割は上納せよ」との事であり、徴収1分とは「守った惑星からみかじめ料として全財産の1割を強制的に上納させて良い」という事である。開拓民は生かさず殺さず、宇宙海賊や敵勢力に寝返るよりもみかじめ料を納めた方が僅かに得というラインで収奪するのが徳川太陽系幕府の方針である。この話を聞き、キャプテン発狂頭巾は脳内ソロバン・シミュレータの変数をさらに少々変動させた。

「心得ましてござる。では承認の儀をば……」

『うむ、準備は出来ておる。心して承認コンソールの点灯を拝謁するがよい』

 直後に、キャプテン発狂頭巾の目の前にある艦長用コンソールには2つの印が映し出された。菊の御紋と葵の御紋である。発狂艦隊はあまりにも強大な武力を有するため、発狂艦隊交戦諸法度により戦闘を開始するとき及びオリオン腕に侵入するときは宇宙大将軍と時の帝の双方から了承を得られなければならない。一種のシビリアン・コントロールである。

「確かに、認証を確認いたした。海賊めの始末、どうぞお任せあれ」

『うむ、吉報を期待しておる』

 そういうと、大岡シリウス守は立体ホログラム映像から消えた。しかしながらキャプテン発狂頭巾は白目を剥きながら、この騒動の謎について考えを続けていた。

『吉貝の旦那、随分と頭を使われてやすね』

 そうこうしているとHAT-CHIがおかわりの梅昆布茶を茶運び人形機能で持ってきた。キャプテン発狂頭巾は茶を受け取ると、表情を戻す。

「うむ、今回の事件は何か裏があるように思えて仕方がないのだ。ま、それはよい。艦隊への連絡を頼むぞ。12時間後にワープ開始だ」

『合点でヤンス!』

 発狂頭巾は各種指示を出し終えると、艦長タタミの上で僅かに力を抜き、星々の煌めく宇宙の大海を眺め始めた。

 白い部屋の中で、発狂艦隊が艦隊運動を整える姿がモニターに映される。ここはキャプテン発狂頭巾らが活動するスター発狂頭巾ウォーズ・ユニバースとは異なる次元、僅かにずれた異世界。半ズボンを履き、野球帽を被った純朴な少年が、モニターを眺めながら素朴な感想と質問を述べる。

「うわぁ、凄い大艦隊だね! でも不思議だね。すごく強い幕府宇宙軍正規軍より、キャプテン発狂頭巾の発狂艦隊の方が強そうだけど、どうしてこんな辺境にいるのかな? 樹来居博士(きぐるいはかせ)」

「いい質問だね、健太(けんた)くん! そしてその質問はスター発狂頭巾ウォーズ宇宙(ユニバース)の根幹にかかわる質問だよ! 実に興味深い!」

白衣を着て、脳みそがガラスで丸見えの樹来居博士は健太君の質問に答える。

「ある程度以上、今よりずっと深く広く、科学と開拓が進んだ世界では、科学や物量では物事の強さは解決しないんだ。宇宙破壊ビームと対宇宙破壊ビームバリアの撃ち合いと考えて欲しい。千日手だ。そうなった時に何が戦力の強さをわけるのか。それは精神の強さだ。健太君は宇宙を股にかけるスペースオペラのヒーロー達の精神を思い出して欲しい。右手に魂銃を持つ凄い宇宙海賊、俺の旗を掲げ宇宙の海は俺の海と豪語する自由なる男、紅茶好きの首から下は役立たず、金髪の孺子……スペースヒーロー達は多くいるが、彼らの精神に共通する者は何だろう?それは強さだ。精神の強さこそが宇宙での強さに比例するのだ。キャプテン発狂頭巾もまた、とても強い精神を持ち、そのためにとても強い。Q.E.D(証明完了)」

「ええと、つまり狂気とは精神の強さなんだね?」

「それだけではない。例えばクリストファー・コロンブスがインドを目指して大西洋に船を出したのは、正気の沙汰ではない。あやつは狂人よ。しかしコロンブスは、見事西インド諸島にたどり着いた。何故だかわかるかね?狂気に秘める大事な事は3つ、『明日を切り開く力』であり『不可能を可能にする力』であり『己を曲げぬ信念の力』であると同時に『繋ぐ力』であるからじゃよ」

「なるほど! ちょっとよくわからないけど、流石博士だね! ところで発狂艦隊にはほかにどんな艦があるの? それとさっきキャプテン発狂頭巾はいつのまにかゴボウを投射していたけど、あれはナンデなの?」

「フォッフォッフォ、その謎は後半に明かされるのじゃよ。狂気じゃ。全ては狂気であるのじゃ。狂気を信じるんじゃ!」

「わー、楽しみだね! そいつは後半も見逃せないぜ!」

「キョウ、キョーウ! ハッキョーウ!」

 マスコットキャラクターの発狂チベットスナギツネ・キョウくんが健太くんと樹来居博士の足元で小さく吠えた。

 そこは深い深い、緑色をした宇宙。発狂粒子(エーテル)が溢れる亜空間であり、この時代でのワームホール型ワープ航法に使われる『僅かにずれた宇宙空間』の一つである。そこを約1万隻の発狂艦隊が全速力で航行を行っていた。

「今宵の亜空間は、不吉な涙を流しておるな」

 艦長タタミの上で胡坐を組みながら、キャプテン発狂頭巾は船外を眺め、ふと呟く。各種コンソールの前にいるイマジナリ乗組員達の表情も引き締まっている。

『キチガイの旦那、目標:植民惑星エルヘイムまで、あと少しでワープアウトでヤンス』

 HAT-CHIは航行状況を知らせてくる。ディスプレイからワープ航法による脱落艦はおよそ1.3%と示してくる。幕府宇宙軍の全速ワープ脱落率が3%ほどなので、この数字はまずまず良好な結果であると言えよう。

「承知した。間亜空間狂気レーダーによる敵勢力の様子はどうか?」

『ハイ、およそ3万隻でヤンス。また既に惑星の防衛戦力は壊滅し、およそ10000の陸戦部隊が惑星地表に降下して、エルフの里や森を焼却蹂躙中でヤンスよ』

 約三倍である。宇宙海賊にしては明らかに多いが、歴戦の強者である発狂艦隊は数の差などに決して怯えない。例え銀河を埋め尽くす宇宙怪獣であろうとも突っ込むのが発狂艦隊であり、キャプテン発狂頭巾という男なのであった。

「承知した。ならば作戦変更の必要は無い。急ぎ救援に向かわねばならぬ」

『ハイ、了解でヤンス。間も無くワープアウトでヤンス。総員、対ショック、対閃光、対狂気防御』

 艦外から大きな光がうねりをあげ、轟音が響き渡り、異なる宙域にワープアウトする。目の前には星々の海の眼下に緑と青の美しい惑星が広がっていた。惑星エルヘイム、主にエルフ系住民が植民している惑星である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 エルフは人間と同じく、地球を出身とするデミヒューマンである。多くの場合、主に人気の少ない深いエルフの森などに居住しているが、科学の発達と人類の開拓が著しく進んだこの世界では、もはやエルフの森など存在が許されなかった。多くの森が火炎放射器と核の炎とコロニー落としに焼かれ、住処を失った亜人達は星々の彼方へと旅立っていったのだ(無論、人間の科学が作った恒星間移民船とテラフォーミング装置によって)。

 だが手近な惑星は既に開拓精神旺盛な人間によって押さえられてしまっており、エルフ達は長い長い旅の果てに、宇宙の果てのこの星を見つけたのであった。エルフ達の努力(と高性能なテラフォーミング装置)によって、不毛の岩肌しかなかったこの星にもやがて大気と緑と水があふれるエルフらしい星に変化していった。交易路からも外れた惑星であるため、オリオン腕内の植民惑星に比べ貧しいが、それでも彼らは遠く離れたサジタリウス腕の星に再びエルフの大地を取り戻したのである。

 ただし、武装は非武装と言ってもいいほど貧弱で、この時代においても弓とレイピアと雑多なエルフ言語聖霊魔法が主体である。ブラスター銃と装甲服と宇宙艦で武装した宇宙海賊などと戦っては到底勝ち目がない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 その美しい惑星上空軌道上に、海賊の宇宙艦隊は陣を引いていた。おそらくはこちらのワープ波を感知していたのだろう。全速力で移動していた発狂艦隊を捉えるのは造作もない事であろう。もっとも、補足していたからといって容易く打ち破れる発狂艦隊ではない。

 ただちに、雨あられのように中性子ビームや光子ミサイルの嵐を撃ち込んできた。いくつかの艦船が直撃を受けて大破した。発狂長屋7世号のすぐ真横でも光子ミサイルが飛来し、対消滅爆発の光に艦橋が照らされる。キャプテン発狂頭巾は全く慌てず、全艦隊に予め指示していた作戦の開始を告げる。

「ものども、想定通りの敵だ。海賊如きに遅れをとる発狂艦隊では無い事を見せてやるがよいぞ。これより作戦を開始する。まずは第一手、戦闘艦隊・躁、突撃を開始せい!」

 旗艦からキャプテン発狂頭巾が号令をかけると、V字型に展開していた発狂艦隊の右側半分、戦闘艦隊・躁が敵陣左翼に突撃を開始する。戦闘艦隊・躁には比較的野蛮で感情的、直感的な狂人戦闘艦が揃っている。

 先頭を切るのは切込隊長として名高い骸骨マスクを被った荒野の男フジミ=ジョーが率いる命知らずの狂人達の宇宙戦艦『ウォードックス』だ。宇宙空間をならず者たちが気違いメトロノームで飛び回り、宇宙でも延焼する火炎放射器ギターを掲げた決死軍楽隊が艦首で勇ましい音を奏でながら突撃するというならず者の中のならず者だ。

 凄まじい被害を受けながらも、フジミ=ジョーは敵陣の一角を崩すと、その背後に二番手以下の戦闘艦隊・躁の各戦闘艦が突っ込んでいく。十文字の旗を掲げ接舷切込と火縄銃ブラスターによる射撃を得意とする反幕府狂人集団「宇宙薩摩藩士」のスペース試作蒸気巡洋艦『肝練』、ともかく野蛮だが誓い(ゲッシュ)だけは守る誇り高き「ギャラクティック・ケルト騎士団」の神話的宇宙空母『ネオ・エリン』、幕府の極道圧迫政策により地球圏から居場所を失った反社会的集団構成員で構成される「汎宇宙任侠連合」の侠素反応炉搭載型宇宙戦艦『七仁義』などだ。

 彼らは狂人であるため本来連携は不得意だが、キャプテン発狂頭巾の指揮下ではよくお互いの領分を弁えながら勇敢に戦い続ける。何故狂人が連携をとれるのか。それはキャプテン発狂頭巾のたぐいまれなる狂気に秘密がある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 狂気とは精神のあり方であると同時に、精神エネルギーであり、そして情報としての性質も持つ。狂力学第ニ法則によれば、狂気のエネルギーは強い方から弱い方へ常に流れ続けていく。例えば平和な教室に一人、凄まじい狂人がいたために、クラス全員が発狂したなどと言う話は現代でもたまに見かける光景であるが、これもこの物理法則のためである。しかしながら、狂人は常に狂気を周囲に発するがゆえに、やがて周囲との狂気の差が無くなってしまい、狂力学的平衡を迎えてしまう。ここまでは高校生でも習う基礎中の基礎である。

 さて、もしも尋常ではないほど莫大な、恒星の質量に匹敵する狂気を携えた狂人がいればどうなるだろうか。その場合、狂気のエネルギーの流れに従い周囲に強大な狂気を放射しつつも、まるで恒星のように本人は莫大な狂気貯蔵量をほとんど減らさずに狂気を産み出し続ける事が可能になる。キャプテン発狂頭巾もそのように、常に周囲に強烈な狂気を放射し続ける事ができる狂人であった。

 その狂気は、発狂長屋7世号の動力炉である狂気対消滅エンジンに燃料として供給され艦の動力ととして利用されるのみならず、情報としての性質を持つ狂気エネルギーはイマジナリ乗組員を産み出し、さらに周囲3光年ほどの範囲の狂人艦隊と狂人達に対して影響を及ぼし、狂気によってコントロールできる。

 いわば、キャプテン発狂頭巾は漏斗型感応兵器のように、全ての狂人達の狂気の方向性をコントロールしているのだ。狂人の集団はただの狂人に過ぎないが、そこにゴッサム・シティの犯罪道化王子や犯罪界のナポレオンのようなレジェンダリ狂人を投入すれば、それは一つの指向性を持った災害となる。発狂艦隊の狂人集団らしからぬ統率もそれと同じ原理であり、秘密は全てキャプテン発狂頭巾の狂気放射にある。

 それは同時に、キャプテン発狂頭巾は常に狂気の供給という負担を強いられていることの裏返しでもある。宇宙時代における発狂は決して永久機関ではなく、健常人じみた発想である省エネも許されず、ただただ桁違いの狂気を浪費し、それでいて尽きぬ狂いを生産して溜めておかねばならぬのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 宇宙海賊の3万隻のうち5000隻はわずか30分の間に撃沈されてしまった。それも発狂艦隊の約半数、5000隻によってである。尋常であれば大戦果に違いないが、キャプテン発狂頭巾は浮かぬ顔をし、HAT-CHIは感情表示量子発光ダイオードをグリーンからイエローに変更させて点滅させる。

「想定より硬いな」

『おかしいでヤンスね。海賊程度の練度と装備であれば今頃半数は撃滅していておかしくないんでヤンスが……大きく問題は無いとはいえ作戦を変更しヤスか、キチガイの旦那』

 敵海賊艦隊は被害を受けた左翼に戦力を終結させ、戦闘艦隊・躁の攻撃をしのごうとしている。

「いや、作戦に変更はない。第二段階、戦闘艦隊・鬱への攻撃の指示を出せ」

『了解でヤンス』

 HAT-CHIが指示を出すと、発狂頭巾7世号艦首はゆっくりと「弐」の字が描かれたビームフラッグを掲げはじめ、メインマスト煙突から七色に光る発狂物質狼煙を放出し始めた。全艦隊に作戦第二段階の開始を示す号令である。

膠着し始めた戦場、発狂艦隊左翼に陣取る戦闘艦隊・鬱が動き始める。先陣を務めるは一隻の小型強襲揚陸艦『サンライズ』だった。

《突撃ですって?我々1艦におとり専門になれとおっしゃるのですか!》

 小型強襲揚陸艦の艦長である白目の無い男から悲鳴じみた通信が入るが、キャプテン発狂頭巾もHAT-CHIも目をそらして取り合わない。

《ええ、わかりました。わかりましたよ。敵の包囲網を突破してご覧に入れればよろしいのでしょう? 各員スタンバっておけ!》

 何も言っていないのに、キレ気味な白目の無い男は勝手に通信を切り、突撃を開始する。小型強襲揚陸艦『サンライズ』の搭乗員達は「自分たちは軍の練習生やたまたま乗り込んだ民間人であるのに、軍隊に組み込まれ使われている。たまに宇宙の声が聞こえたりする」という妄想を共有している狂人集団である。たちまちネクラな少年を載せた試作機動兵器を出撃させ、約3分後に約12機ほどの敵を撃墜したというログが発狂長屋7世号に流れてきた。

 この戦果ログの直後、他の戦闘艦隊・鬱からも交戦報告が入ってくる。マッドサイエンティストが指揮する搭乗員が全員サメの軟骨魚類型宇宙駆逐艦群『アサイ・ラム』や契約によって魔法少女になったと主張する搭乗員達が操る愉快型超弩級魔法戦艦『マジカル☆ジェノサイダー』、艦体も搭乗員も艦長も肉塊やキチン質で出来ている有機重巡洋艦『皮膚の兄弟団』などである。

 右翼の戦闘艦隊・躁が戦闘狂やウォーモンガーや野蛮人で構成されているとすれば、左翼の戦闘艦隊・鬱は病的で陰鬱で神経質な連中で構成されている。艦隊全体を脳に見立て、直感を司る右脳に戦闘艦隊・躁を、論理を司る左脳に戦闘艦隊・鬱を配置し、より効率的な戦闘を行っている事は賢明な読者の諸君は既に見抜かれている事であろう。

戦闘艦隊・躁と戦闘艦隊・鬱の挟み撃ちにあった宇宙海賊は今まで以上のスピードで、溶けるように壊滅していった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「このままいけばすぐ第三段階へ移行できようか……」

HAT-CHIが用意した生姜湯をすすりながら、艦長タタミ升席上のキャプテン発狂頭巾はモニターを確認する。

「しかし宇宙海賊がここまで抵抗するとは……のう、ハチ。本当に連中はただの宇宙海賊なのであろうか」

『只今検証中でヤンス』

 キャプテン発狂頭巾にとってHAT-CHIは親友であり、最も信頼できる副官であり、有能な参謀でもある。かつて第三新江戸府で生活していた頃、まだ人間であったハチと若き日のキャプテン発狂頭巾は共に悪と戦い、いつの日か共に宇宙を征しようと約していた仲であった。将軍御下命によりキャプテン発狂頭巾が発狂艦隊提督に命じられたとき、ハチは宇宙での戦いに自らの能力では大きな不足があることを知っていた。共に星々の海を翔るため、ハチは宇宙一の科学者である平賀源内に頼み込み、親から貰った生身の身体を捨て、脳以外を機械の身体に置き換え、さらに精神を強化させるために江戸に眠る発狂神マサカド様の魂をも融合し、HAT-CHIとなった(その時の手術ミスでヤンス口調になってしまったが)。太陽系幕府内でも、キャプテン発狂頭巾の規格外の狂気を真正面から認識できるのはHAT-CHIだけである。全ては、いつの日か、共に見た夢の実現のためである。

 そのHAT-CHIが、突如、感情表示量子発光ダイオードをイエローからレッドに変更し、緊急アラートを発した。

『惑星アルヘイム地表から高エネルギーを確認!』

「なんだと?」

 カメラがとらえた映像には、惑星アルヘイム地表が一瞬光り、さらにもう一度激しい閃光を宇宙に放った。

『地表からの攻撃により、2隻が撃沈。戦闘艦隊・躁所属のキルニューク核爆竹(かくばくちく)、戦闘艦隊・鬱所属のヘルファック張々梅(ぱりぱりうめ)、戦死を確認。攻撃種別不明。火砲やエネルギー兵器では無いようでヤンス』

「ほう……であるならば」

 キャプテン発狂頭巾はその報告を聞いて、急に眼を輝かせた。

「対衛星軌道居合であるな!」

『居合道の確率……88.8%でヤンス』

ぶるぶると、艦長タタミ升席が揺れる。キャプテン発狂頭巾は武者震いをしていた。どうやら義務的に対処するだけのただの海賊ではなく、あの惑星には猛者がいるとなれば、居ても立っても居られない。口から泡を吐きつつ、キャプテン発狂頭巾はHAT-CHIに連絡を命じた。

「一旦、躁鬱双方の戦闘艦隊を下げさせよ。このままでは狙い撃ちにされようぞ。少々予定は狂ったが、敵陣に隙は出来た。これより作戦の第三段階に移行する。HAT-CHI、ワシにかわって指揮を頼むぞ」

『今でヤンスか?危険でヤンス。まだ敵残存艦が残っているでヤンス』

「構わん。それでこそ面白いというものよ」

 キャプテン発狂頭巾の瞳に、そして心に、深くから湧き出る狂気が感じられた。効率ばかりを追い求めてはいずれ狂気は枯れてしまう。しかし、キャプテン発狂頭巾は時にマトモな提督であれば絶対にしないであろう狂った選択を行う事で狂気を補充することができるのだ。これが、並みの狂人とキャプテン発狂頭巾との間の絶対的な差である。

「遷移補助装置を起動いたせ」

 狂力学において『遷移』とは、狂力学第ニ法則における狂気の流れの応用であり、狂力学実用化の極致でもある。狂人は時に「思い込み」をする。普通の狂人であれば「思い込み」は現実的には何の影響も及ぼさない。しかしもしもその狂人の「思い込み」が非常に強い事だったらどうだろうか?その時は対象は「思い込み」の発する狂気の影響を受ける。例えば「急激な酷い恐怖」によって心不全を起こすようなことは現実にもある。

 これがもし桁違いなほど強い「思い込み」であればどうなるであろうか。それは「狂気の物質化」である。狂人が虚空に向かって「そこに物がある」と強く思い込めば実際にそこに物が発生し、「自分がそこにいる」と強く思い込めば実際にそこに自分の分身が現れる事になる。『遷移』とは正にその事を指す。健常人ですら一念は岩をも通す。ましてや狂人の一念はあらゆる物理法則を(一時的とはいえ)無視してしまう。

 冒頭で世紀末モヒカン号の狂気炉に巨大ゴボウが突き刺さったことを覚えておられるであろうか。あれはまさにキャプテン発狂頭巾が「世紀末モヒカン号の狂気炉にゴボウが突き刺さっている」という強い「思い込み」によって、狂気によって妄想上の巨大ゴボウを物質化した攻撃である。ある程度条件は限られてくるが、10光年ぐらいであれば、遷移補助装置の助けを受けたキャプテン発狂頭巾は狂気の物質化を行える狂人硬度を持っているのだ。

 (現在は戦火の煙があちこちで上がっているが)森と湖と草原が広がる緑豊かな惑星エルヘイム上の街道に、七色発光ホログラムが現れ、それが徐々に人型に収束していく。やがてそれはキャプテンマークのついた頭巾を被り、ブラスター馬上筒二丁と二本の刀、それに投擲用ゴボウなど各種武装を装備した発狂頭巾へと物質化していった。これは狂気の遷移によって分身を「そこにいる」と思い込んだ場所に発生させる発狂の応用の一つである。

『成功でヤンス。狂気レーダーによってキャプテン発狂頭巾の惑星エルヘイム場への遷移を確認したでヤンス。狂気遷移同調率89.4%、やや低いものの、同調率は安定しているでヤンス。引き続きサポート、発狂バイタルのチェック及び艦隊への指揮を続けるでヤンス』

 超高性能発狂サポートドロイドであるHAT-CHIは、キャプテン発狂頭巾の代理を行いイマジナリ乗組員や旗下の艦隊への指揮のみならず、遷移中は全神経を分身体に集中させるため、タタミ升席で白目を剥き痙攣し涎を垂らす無防備なキャプテン発狂頭巾(本体)の保護と惑星アルヘイム地表へ遷移したキャプテン発狂頭巾(分身)のサポートを並列処理できる。正にキャプテン発狂頭巾の頼れる相棒だ。

「HAT-CHI、助かるぞ。こちらはあちこちから煙が上がっているが、よくわからぬ。手元の携帯狂気レーダーの反応も少々悪い。そちらの索敵網には何か映ってはおらぬか?」

 手足を動かし、遷移状態の安定を確認しながらキャプテン発狂頭巾が問うと、HAT-CHIはすぐに回答を寄越した。

『街道を10基米(キロメートル)ほど北上した竹林地帯にエルフの砦がありヤス。そこにバンブーエルフを中心とするレジスタンス部隊が抵抗を続けている模様でヤンス。敵効果部隊の主力と交戦中のようでヤンス』

「なるほど。ではそのエルフ達の援護に向かわねばならんな。先ほどの対軌道衛星抜刀術を仕掛けてきた者がおるやもしれぬ」

 わざわざ提督であるキャプテン発狂頭巾がこの惑星エルヘイムに降り立った理由は惑星住民たるエルフの保護のためである。敵降下部隊を撃滅するだけならば狂人艦隊を派遣すればそれで済むが、今回の作戦では『徴収1分』のお触れが出ている。海賊に攻撃を受けて損害を受けた貧しいエルフの民にとって、全財産の一分を奪われるのはあまりに慈悲が無い。いや、荒っぽい発狂艦隊にさせれば余計に被害を拡大させるかもしれぬ。

 キャプテン発狂頭巾はそのために惑星に降り立ったのであり、逆にいえばたったそれだけの理由で危険を冒して惑星に降り立った。歴代の発狂頭巾は常に市民の為に狂刃を振るう狂人である。その矜持はこの時空のキャプテン発狂頭巾と言えども、寸分たりとも変わりはない。

『ちょっと待ってほしいでヤンス。現在座標に何者かが向かっておりヤス』

「ほう、文(データ)をこちらに送れ」

 0.5秒後に中空に投影されたARディスプレイはキャプテン発狂頭巾に周辺図を映し出す。現地住民を示す緑の点がいくつか、敵性集団を示すマーカーが数個、こちらに向かっている。

『どうやら追われている現地住民エルフのようでヤンスね』

 敵性マーカーの色は通常のオレンジ色ではなく、赤であった。すなわち「狂気」を持つ敵である。

「なるほど、それは面白い。準備運動がてら、少し動くとしよう」

 平原の地平線、遙か街道の先をキャプテン発狂頭巾が白目で眺めると、いくつかの必死に走る馬車がこちらに向かっており、その背後にバイクのようなものに乗った武装集団がいる。

「ヒャッハー!!! エルフ狩りだぁ~!!! 今夜はエルフ鍋だぜぇ~!!!」

 武装集団は白い装甲甲冑に白の面頬付インペリアル・ガレアを装備し、頭上には目立つ真っ赤なモヒカンを付けていた。アサルトブラスターで武装しており、馬車を撃ってエルフ狩りを楽しむかのように追い回している。

「あれは……クローン与太者ではないか」

『そうでヤンス。形式はKYT-33型でヤンスね』

「また新型が出たのか」

 クローン与太者トルーパー、それは銀河に悪名を轟かすクローン狂人兵である。宇宙大将軍暗殺を成し遂げた伝説級与太者の細胞から作られたクローン兵士でありながら、装甲服とサイバネ技術で強化されており、僅かとはいえ狂気すら帯びるため、普通の兵力では苦戦するであろう狂人兵士だ。生産設備は大規模なプラントになるため、海賊風情には手が出ない代物だ。また太陽系幕府ではクローン与太者トルーパーの生産を法で厳しく禁じている。(生産した者はオリオン腕引き回しの上、鈴ヶ森刑場で磔獄門)

 キャプテン発狂頭巾の横を馬車が駆け抜ける。馬上で、ビキニアーマー(惑星エルヘイムではエルフ女性の一般的な服装である)を着た若いエルフの女性が叫ぶように声をかける。

「あ、アンタ。早く逃げないと。すぐに馬車に乗りな」

「心配御無用でござる。それより、少し離れておれ」

 エルフ女性は怪訝に思いながらも、馬車をもう一度加速させる。すぐさま、キャプテン発狂頭巾の前にバイクに乗ったクローン与太者トルーパー達がやってきて、周囲を取り囲む。全部で10体ほどだ。キャプテン発狂頭巾はぴくりとも動かず、ただ虚空を睨んでいる。

「ヒャッハー、狂人かテメー。さっさとどきやがれ。どかねえとぶっ殺す。大人しくどくのならエルフ虐殺行為の後で…」

 チャキ、チャキ、チャキと一糸乱れぬ動きで、アサルトブラスターをキャプテン発狂頭巾に向け、照準を頭巾に合わせる。高い練度が想像できる。その準備動作は、僅か60分の1秒(1フレーム)、そして60分の3秒後(3フレーム)にアサルトブラスターの銃口から一斉に熱光線が発射された。認知から発射まで国民的格闘ゲームにおけるしゃがみ小パンチぐらいの発生速度と考えていただければ、その隙の無い、良く訓練された殺意がわかるであろう。

「ぶっ殺してやんぜぇ!!!」

 危うし、キャプテン発狂頭巾!

 だが熱線は確かにキャプテン発狂頭巾の頭を打ち抜いているにも関わらず、前に駆け出す。すなわち、熱線の中を突っ走り始めたのだ。これにはクローン与太者トルーパーも困惑を隠せなかった。そしてその困惑すら、その1/60秒(1フレーム)後には消えてなくなった。発狂頭巾の抜刀が、全てのクローン与太者達の首を撥ねたからである!

 熱線にあたりながらも熱線の影響を防ぐでも受けるでもかわすでもなく、「当たっていなかった」事にする発狂流剣術奥義・シュレーディンガー・ネコチャンの構え、そして抜刀からの剣閃を量子レベルで拡散させることにより広範囲を切り裂く発狂流剣術秘伝・二重スリット実剣である。

 だが、まだキャプテン発狂頭巾の攻撃は止まらない。愛刀・ブラックホール潮汐力鍛造刀を地面に刺し、即座に懐からブラスター馬上筒を二丁取り出し、乱射を開始する。 BLAM!BLAM!BLAM! 重金属原子一つ一つに狂気を込めた弾丸は13mmの銃口から発狂メガ粒子の矢となってクローン与太者トルーパーの眉間・心臓を1ミクロンの狂いもなく撃ち抜き続けた。ブラスター馬上筒から空薬莢をまとめて排出すると同時に、全てのクローン与太者は爆発四散した。

 周囲に平穏が戻る。発狂頭巾は終始無言であった。この程度の雑魚には、狂気も絶叫も必要ない。ただ始末するのみである。そしてその瞳は、地面に咲き惑星エルヘイムの風にたなびくアンドロメダタンポポ(侵略的特定指定惑星外来種)の花を見つめていた。

 短いイクサが終わり、精神が再び静かな狂気に満たされると、キャプテン発狂頭巾は刀を納め、馬上筒を仕舞い、その場で静かに手を合わせた。敵対する狂人と言えど、死ねば死後の世界である発狂地獄に逝く発狂亡者であり、将来の同胞(はらから)である。発にして狂だが、卑にあらず。

「わ、凄いね。お兄さん!あの与太者達を一掃するなんて」

「危ないところをありがとうございます。助かりました」

「ポテサラだべゆ?」

 馬車から降りてきたエルフ達が駆けよる。辺境のエルフには、自分達を助けに来る『御上』の存在はあまりにも縁遠いものだった。

「降りかかる火の粉を払ったまでのこと。礼を言う必要は無い。それよりもオヌシ達は何処に行く?」

「アタシたちはバンブーエルフ砦に避難するんだよ。バンブーエルフは私達と違って強いからね」

 馬車の御者をしている若く活発そうなエルフが後ろを振り向き、答える。バンブーエルフは東南アジアや極東で見られたエルフの一支族である。金髪銀髪や赤毛や青毛が多いエルフには珍しい美しい黒髪をしており、竹を食い、竹を加工して道具とし、白黒熊を友とし、そして最も勇敢なエルフ戦士の一族として、かつての時代は著名な存在であった。現在でも太陽系幕府外人部隊などには多く所属しているという。

「なるほど、それならばわしもこれから向かうところであった」

「ああ、じゃあ馬車に乗っていきなよ」

 キャプテン発狂頭巾は小さく頭を下げる。

「ありがたい。お言葉に甘えさせてもらおう」

 馬車の中に乗ると、その中には雑多な避難中のエルフ達が身を寄せ合っていた。その中でもひときわ小柄なものが、一生懸命抱えたボールの中で、ふかしたジャガイモをマッシュしていた。じゃがいもを主食とするポテサラエルフというエルフの一支族である。彼女はキャプテン発狂頭巾に気が付くと、にこりと笑い、出来立てのポテトサラダが入った腕と木の匙を差し出し、少し言葉足らずな声をかけてきた。

「おにいさん、ポテサラだべゆ?」

「そいつは美味そうだ。頂こう」

 受け取ったポテトサラダはしっかりとした味付けで美味く、僅かに胡椒が効いていた。馬車のエルフ達が持っているエルフ民芸品の匂いはどこか懐かしく、板の上を照らす二重太陽の光は暖かく、頬を撫でるエルヘイムの秋風は心地よい。決して贅はない、しかし穏やかな空間である。僅かな馬車に揺られる間、キャプテン発狂頭巾は宇宙では得難い日常を味わうことになった。

 小一時間ほど馬車に揺られただろうか。やがて馬車は広大な竹林の間の込みを進み始めた。この辺りはバンブーエルフの領域なのであろう。キャプテン発狂頭巾は通信印籠を取り出し、HAT-CHIを呼び出す。キャプテン発狂頭巾の網膜に、瞬時にHAT-CHIのホログラムと周辺図などデータが投影される。

「HAT-CHIよ、今現地民と共にバンブーエルフ砦に向かっている。向こうの塩梅はどうか」

『戦闘はほぼ終わってヤスね。反応は敵性反応がいくつかまだ残ってヤス。ただ、通信状況が悪いのか、発狂反応の段位(レベル)まではわからないでヤスね』

 HAT-CHIの言った「発狂反応の段位がわからない」とは文字通り発狂反応を測定することが何らかの理由で不可能という事を示す。文字通り天候などによって測定ができないのか、あるいは測定対象そのものが測定不可能なものであるのか、どちらかであろう。空には綺麗な秋空が広がっている。

「承知した。引き続き艦隊の指揮を頼むぞ。それと通信は切るな。何かあったらすぐに知らせよ」

『了解でヤンス』

「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……楽しみじゃのう」

「アイエッ!!!死体だらけ!!!処刑場!!!」

 キャプテン発狂頭巾がニヤリと笑うと同時に、突如馬車が止まり、御者エルフの小さな悲鳴が聞こえた。そろそろつくだろうが、それにしては早い。それに、周囲から濃厚な物の焼けた匂いと臓腑及び血の匂いがする。外を覗くと、そこはまるで地獄のような光景だった。

 串刺し串刺し串刺し。開けた場所に、無数の竹杭が建てられ、そこに串刺しにされたクローン与太者トルーパー達の骸が晒されていた。その光景は正にこの世の地獄、それはかつて東欧にて異教徒と戦い続けた歴史的狂人『極刑王』(カズィクル・ベイ)を思い浮かべるような光景だった。

 ひょこりと、キャプテン発狂頭巾の袴の裾の当たりから先ほどのポテサラエルフが顔を出す。

「安心するゆ。あれはバンブーエルフ女騎士の仕業ゆ。奴らは普通のエルフと違い、血を恐れないゆ」

「バンブーエルフ女騎士?」

「エルフの中でも強いバンブーエルフから選ばれた強い女騎士ゆ。普段は気のいい奴らゆが、ひとたびイクサになれば竹を武器にどこまでも戦い続ける狂人女戦士(アマゾネス)ゆ。あとで敵の死体を貰いたいゆ。ハムにすゆ」

「なるほど。辺境のエルフ惑星にもそのような狂人(くらうど)がおったとは……宇宙は広いものだ」

 キャプテン発狂頭巾は説明を聞きながら、その瞳は臨戦態勢の猛禽のように妖しく光り、優雅に空を飛ぶコンドルをぼんやり眺めていた。

「HAT-CHIよ、敵性反応はどのあたりか?」

『砦内部でヤンス。周囲には生物はいなさそうでヤンス』

「承知した」

 そう通信から情報を聞き出すと、すたりとキャプテン発狂頭巾は馬車から飛び降り、一人バンブーエルフ砦へと足を向ける。見事な巨大改心オーク像が飾られデーモン瓦が吹かれた古風なバンブー山門には、あちこちにパンジステイクや竹RPG-7の使用跡があり、炎がくすぶり、そして血にまみれていた。ぐちゃり、ぐちゃりとクローン与太者トルーパーの血と臓腑の上を進むと、階段沿いには傷つき倒れたバンブーエルフ騎士たちの死体もあった。最後まで雄々しく戦ったのだろう。キャプテン発狂頭巾は静かに足を止めると、また手を合わせ、一足先に発狂地獄へと旅立った狂人(ともがら)達を想いながら、黙祷した。

 背後からとたたたと走る音が聴こえる。見れば先ほどのポテサラエルフが付いてきている。

「なぜついてきた?」

 キャプテン発狂頭巾は彼女を止めようと、一言声をかけるが、ポテサラエルフは血塗れの階段をものともしなかった。

「ハムにすゆ」

 彼女のその言葉を聞くと、一人の狂人は無言で階段を登り始める。止めても無駄だとわかったからだ。そのあとを、小走りでポテサラエルフは追いかける。やがて、砦の曲輪部分であり、見事なシシオドシがある竹庭園へと入る。そこにも、多くのバンブーエルフ騎士の死体と、その二乗はあるかという数のクローン与太者トルーパーのバラバラ死体が転がっていた。見事なワビサビを誇る竹庭園がツキジめいた地獄になり、風情も台無しである。

「地獄は承知の上とはいえ、無惨なことだ」

「あっ、あのバンブーエルフ、まだ息があるゆ!!!」

 目ざとく、足元の小さなポテサラエルフは一人の倒れたバンブーエルフ女騎士に駆け寄る。胴体部に一撃、かなり深い。軽いながらも強靭な防御力を誇るバンブービキニアーマーの装甲を鋭く斬り裂いている。相手はかなりの使い手であるに違いない。キャプテン発狂頭巾は、静かに彼女の下にしゃがみ、脈をとり、声をかける。

「飲め」

 懐から瓢箪を取り出したキャプテン発狂頭巾は、倒れたバンブーエルフ騎士の顎を持ち、むりやり瓢箪の中の薬液を喉に注いでやる。この薬液は、高濃度混合モルヒネと医療用ナノマシンが配合されており、例え胴体が切断されていたとしても直後であれば生命活動を続けられるほどの強力なものだ。たちまち、「かはっ!!!痛っ!!!」と声を上げて、女騎士は目を覚ました。

「助太刀に参ったものだ。しゃべるな。無理をするな。それと何があったのか今すぐ言え」

 キャプテン発狂頭巾の瞳は、既に周囲に漂う発狂瘴気を受け、発狂気味であった。

「て、敵、来襲。我等、応戦……防衛、被破。敵大将黒騎士、想像絶強。我等、鎧触一蹴。隊長女騎士、今一騎打……」

 バンブーエルフ女エルフは東方エルフ語で訴える。

「謎の黒騎士か……いったいどのような狂人であろう?」

「わからんゆ」

 倒れたエルフ女騎士をゆっくり寝かせ、どうしたものかと考えていると、背後の道場施設の扉が轟音と共に爆発し、内部からデラックス・バンブー・ビキニアーマー(高貴な戦士にのみ着用を許される)を着用したバンブーエルフ女騎士が転がってきた。しかしそのまま、ウケミを取り、バク転して着地する。満身創痍で、息が上がってはいるが、よく訓練された体術には一部の隙も無く、その胸は豊満であった。

「隊長女騎士!無事!」

「あれがお前の隊長か。なかなかの腕前のようだな……しかし」

「奥からなんか来るゆ!!!」

 がちゃり、ドス、ドス、がちゃり、ドス、ドス……先ほどまでエルフ女騎士隊長が戦っていたであろうエルフ道場の内部の煙が晴れ、そこからは漆黒の大鎧を纏った怪人と付き従う瞳の紅い与太者トルーパー数人がゆったり歩いてきた。

 すぐさまキャプテン発狂頭巾はHAT-CHIに通信で連絡する。

「敵大将首を発見した。情報を送信する故、至急解析をせい。あとこれからは全力を出さねばならぬ。生体首実検(バイタル・チェック)を頼むぞ」

『了解でヤンス。どうやら奴さん、暗黒狂気の使い手のようでありヤスね……軌道上から情報を得られなかったのは狂気で隠蔽してたせいでヤンスね』

 様子をうかがうキャプテン発狂頭巾も、背後に隠れるポテサラエルフも、先ほど手当てをした女騎士(雑魚)も無視して、黒騎士とその一団は、吹き飛ばした女騎士(隊長)に刀を向けた。トドメを刺すようである。彼女は刃こぼれした竹斬り鉈を投げ捨て、ミスリル強化タケミツを構え、叫んだ。

「我、絶対、黒騎士刀、敗北無!」

 女騎士隊長は剣を構えるが、黒騎士は一切動揺せず、僅かに踏み出し、攻撃に入った。重装備とは思えぬ黒騎士の、疾風という言葉すら生ぬるい速度と極めて重い薙ぎ払いで、タケミツは弾かれてしまう。同時に、黒騎士は大上段に構え、二撃目の準備動作を終える!

「黒騎士刀、勝利無……」

 ナムサン!バンブーエルフ女騎士隊長は、エルフが死を覚悟した時にするという断末魔の表情、阿兵顔(あへがお)を晒す。このまま、バンブーエルフ女騎士隊長は一刀両断されてしまうのか!?黒騎士の刀は無慈悲にも彼女の額めがけて撃ちおろそうとされていた。

 ガキィィィィィィン!!!!

「儂を無視してくれるとは、随分と酔狂ではないか。黒騎士」

 それは瞬時に、黒騎士よりも、光よりも速く駆けつけ、ブラックホール潮汐力鍛造刀で黒騎士の刀を受け止めたキャプテン発狂頭巾である!!!

「醜(シュー)……哮(コー)……咆(ホー)……哮(コー)……」

 思わぬ乱入者が入り込み、ようやく黒漆五枚胴具足装甲に身を包んだ黒騎士は呼吸音のような声を出し、そして暗黒面頬の奥から見せる瞳を深紅に光らせた。

 じわり、と刀を向けた二人はゆったりと構えながら、間合いを詰める。発狂者の間にはバチバチと視線がぶつかり、それは小さな紫色のスパークによって視認すらできたほど強烈な狂気のぶつかり合いだった。

「哮(コー)……咆(ホー)……」

「なんという狂気。わざわざ惑星に降下した甲斐があるというものよ」

 ゆらりと空気がゆらぐ。ぐらりと空間が歪む。

「注意、客人!」

「静かにしてるゆ。お前も手当てするゆ。大人しくしないとハムにすゆ」

『旦那、狂気計測器の結果を報告しヤス。敵黒騎士の狂気力、3000…万!?で、ヤンス。凄い狂気力でヤンス』

 バンブーエルフ女騎士隊長はいつの間に、ポテサラエルフによって回収され、手当てをされていた。しかしエルフ達の声もHAT-CHIのサポート音声も、もはや刀を構えるキャプテン発狂頭巾には届いていなかった。一瞬でも狂気を切らせば、負ける。そのような緊張感がその地に満ちていた。

「醜(しゅー)……哮(こー)!!!」

 先に仕掛けてきたは黒騎士、瞬時に踏み込み、大上段から刀をキャプテン発狂頭巾めがけて斬る。恐るべきパワー、スピード、そしてパワーで袈裟懸けに怨敵の胴体を斬り裂こうと振りぬいた。キャプテン発狂頭巾はエクソシストめいたブリッジ動作で背後に大きく身体をそらし、体制を戻すとともに切り上げで反撃をしかける。が、それを邪魔する者がいた!

「む?」

「オーダー!!!」

 先ほど黒騎士に付き従っていた瞳の紅い赤目与太者トルーパーが、ストライカーめいてその隙を潰すべく、凄まじいパワー、スピード、そしてパワーでもって刀で斬りかかる!それを些かも慌てることなく、キャプテン発狂頭巾は再度弾き、バックステップで距離を取り、白目で睨んだ。

「狂人同士の立ち合いに手下を使うとは無粋な奴め」

「咆(ほー)……哮(こー)……」

「オーダー!!!」

 刀を再び構えながら、キャプテン発狂頭巾は僅かに疑問を浮かべた。ただのクローン与太者トルーパーにしては太刀筋が強すぎる。それに刃には確かに狂気が込められていた。それもクローンとは思えぬほど、強力な狂気が。

「こやつ……いったい……」

「醜(しゅー)……哮(こー)……」

『旦那、聴こえやすか?先ほどの攻撃の解析が終わりやした!ありゃあ危険でヤンス』

「ええい、どうした。HAT-CHIよ」

 頭巾内蔵型ヘッドセットからHAT-CHIのアラームが入り、戦闘中のキャプテン発狂頭巾は忌々しそうに返答する。

『あっしの思考回路にインストールされた仮想神格が告げているでヤンス!あれは失われた伝説上の狂人殺法、発狂マサカド様影分身の術でヤンス!』

「何、マサカド様だと……」

 マサカド様は旧関八州の民の間で深く信仰されていた伝説上の狂人である。過酷な支配を行うミカドに叛逆した伝説上の英雄として知られているが、その伝説の一つに七人の影武者伝説という者がある。戦場に一度出たマサカド様は、狂気で操る漏斗(ふぁんねる)のように周囲の影武者7騎を操り、一心同体の連携でもって鬼神のような活躍を見せたという。

「バカな。あの赤目与太者トルーパーどもは黒騎士めが発狂マサカド様影分身の術で操っていたとでもいうつもりか!?」

「哮(こー)……咆(ほー)……」

「オーダー!!!」

 狂気で相手を操るというのは生半可なものではない。キャプテン発狂頭巾も艦隊指揮において同様の術を使うが、これは発狂長屋7世号の各種機器とHAT-CHIのサポート、そして落ち着いた状態で提督タタミ升席に座しているからこそできる代物である。刻一刻と変わる狂人同士の立ち合いにおいて、補助なしで臨機応変にこれを行えるのは正にマサカド様級の狂人としか言いようがない。

「醜(しゅー)!」「ギョワーーーーー!!!」ガキン!

 黒騎士の刃をキャプテン発狂頭巾が弾く!

「オーダー!!!」「ギョワーーーーー!!!」ガキン!

 その隙を狙った追随する赤目与太者トルーパーの刃を発狂頭巾が弾く!

「哮(こー)!」「ギョワーーーーー!!!」ガキン!

 さらにその隙に黒騎士が刀を叩き込み、発狂頭巾が弾く!

「オーダー!!!」「ギョワーーーーー!!!」ガキン!

 そこを赤目与太者トルーパーが斬りつけ、発狂頭巾が弾く!

「咆(ほー)!」「ギョワーーーーー!!!」ガキン!

 その隙を逃さぬ黒騎士の突きを、発狂頭巾が裁く!

「オーダー!!!」「ギョワーーーーー!!!」ガキン!

 赤目与太者トルーパーは補うかのように加勢し、発狂頭巾が返す!

「ええい、狂人どもめ!!!」

 バックステップからのバク転で発狂頭巾は大きく距離を取る。頭巾内蔵ヘッドセットからはHAT-CHIのアラートが鳴り響く。

『旦那の活力、狂気ともに低下。危険領域突入でヤンス。本体に覚醒エキスを投入するでヤンス』

 このままではジリー・プアー(徐々に不利)だ。発狂頭巾はさらにバク宙で距離を取りながら、瞬時に納刀し、二丁のブラスター馬上筒を抜き打ちし、乱射した。BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!BLAM!

 弾丸は黒騎士の黒漆五枚胴具足装甲は抜けぬが、赤目与太者トルーパーなら如何に強化されていようと関節部を狙えば貫通できるやもしれぬ。

「哮(こー)……咆(ほー)!!!」

「「「「オーダー!!!」」」」

 黒騎士は一喝し、その声と同時に赤目与太者トルーパーは構えを取る。これぞ伝説上の狂人殺法、発狂マサカド様鉄身の術である。かの偉大なる狂人マサカド様は全身これ全て鉄の塊の如き硬度をもって戦に臨み、カミカゼの加護を得た朝廷方の狂人タワラトータの一撃を受けるまでこれ無敵だったという。これではいかに精密な狙いのブラスター馬上筒といえども、弾丸では撃ち抜けぬ!

 やはり剣は銃より強しの格言通りなのか。近接キャラクターに銃で挑むのは無謀なのか。

「狂うておるのは……」

 だが、そこに弾丸よりも疾く駆け、弾丸すらも追い抜く一つの狂気があった!!!ブラスター馬上筒発射後、即座に銃を捨てて、突進したキャプテン発狂頭巾である!!!「銃弾が無ければ剣で戦えばいいじゃない」と、かの発狂フランス大王妃マリー=アントワネットも述べている。今まさに、発狂頭巾はおのれそのものを狂気の刃として斬り裂こうとしていた。

「貴様か俺か!」

(カァア~ッ!)いつもの音

 弾丸よりも速く懐に飛び込んだキャプテン発狂頭巾の発生0フレーム発狂居合(暗転ガード不可)が決まった。いかに銃弾をも弾く鉄身であろうとブラックホール潮汐力鍛造刀の強烈な一閃は防げない。

「うオギャーッ!!」「グワーッ!」「グワギャーッ!!」「グワーッ!」「ギャヘーッ!!」「グワーッ!」「ウンダバーッ!!」「グワーッ!」

 次々と赤目与太者トルーパーを一刀両断する発狂頭巾、そしてそのまま発狂ゲージ使用キャンセルを使用して隙を消し、黒騎士の頭上めがけて大上段からの発狂両断を繰り出す。発狂頭巾の白目が七色に輝く!

「ギョワーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

ガキィィィン!!!!

 綺麗に兜割りが決まった。キャプテン発狂頭巾の一撃は、ほぼ完璧といってもいい。だが、黒騎士は両断されなかった。刀は、僅かに兜に食い込んで、それ以上どれだけ力を入れても動かなくなった。

「面妖な……」

「醜(しゅー)……ムッハハハハハ!」

「なにがおかしい」

「腕を上げたな、吉貝狂之介交吉(まじきち)よ」

「!?」

 キャプテン発狂頭巾は僅かに動揺する。黒騎士の発言した姓名はHAT-CHIを除けば誰にも明かしていない本名である。その隙を黒騎士は見逃さなかった。発狂頭巾は再びバックステップで距離を取ろうとする。

「だが、まだまだだ。まだ狂い足りぬ……」

 そのバックステップは行えなかった。行う事が出来なかったのだ。何故なら、黒騎士は滾らせた狂気でもって-14/60秒(マイナス-14フレーム。国民的格闘ゲームで波動拳の攻撃判定が出る辺りからコマンド入力まで時間を遡って攻撃する)で発狂白刃取りを行い、発狂頭巾のブラックホール潮汐力鍛造刀を掴み、そして粉砕した。同時に黒騎士の仮面が割れる。その下には……

「私がお前の父親だ」

 よく似た、少し老いた初老の狂人、先代発狂艦隊提督にしてキャプテン発狂頭巾吉貝狂之介の父、吉貝発狂斎であった。

「バカな。父上は銀河中央でMIAとなったはず。惑わすな、化生め!」

「一度しか言わぬ。我と共に来い。共に銀河を統べようぞ」

「断る、この狂人め」

「ならばこれまでだ。死ねい」

 言うや言わずやの瞬間、黒騎士の右手に凄まじい赤黒の電撃が発生し、キャプテン発狂頭巾を襲い、束縛する!

「グワーッ!?!?!?」

「我が狂気は発狂地獄に通ずる狂気、故に決して抜け出せぬ。奈落の底に落ちよ。さらばだ、愚息よ」

 黒騎士がグッと、腕を握るとキャプテン発狂頭巾を包み痛めつける電撃はさらなる瘴気へと変わり、やがて黒い狂気渦巻くエネルギー球へと変わった。キャプテン発狂頭巾の意識が徐々に遠のいていく……

「死ぬなゆー!」

物陰から見ていたポテサラエルフは、漆黒の闇の底へと吸い込まれていったキャプテン発狂頭巾を見て、叫んだ。

 ピピー ピピー キャバーン! キャバーン!

 発狂長屋七世号の艦橋では緊急アラートが流れていた。計器には『狂気投射体:未確認』の決断的ショドーが表示され、イマジナリ乗組員達の存在は徐々に希薄化されていき、キャプテン発狂頭巾(本体)は白目を剥いて痙攣し、口から暗黒物質を垂れ流している。

『緊急事態(エマージェンシー)でヤンス!緊急事態(エマージェンシー)でヤンス!キャプテン発狂頭巾の旦那、至急応答してください!』

 物理発狂頭巾のバイタルを管理するHAT-CHIは通信を送るが、キャプテン発狂頭巾からの返答は一向になかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

狂狂

黒黒黒

狂狂狂狂

黒黒黒黒黒

狂狂狂狂狂狂黒黒黒黒黒黒

狂黒狂黒狂黒狂黒狂黒狂黒狂黒

黒狂黒狂黒狂黒狂黒狂黒狂黒狂黒狂

 がばり、とキャプテン発狂頭巾は起きる。そこはどこかわからぬ。ただ暗く、臭く、熱く、煩く、堅い。深く深く、どこかから落ちてきた感覚だけがある。ただどこから落ちてきたのかわからぬ。

 周囲を見回してみると、襤褸を着た雑多な狂人達が呻きながら涎を垂らしたり、頭を床に叩きつけたり、奇声をあげたりしている。足元は砂利のようになっており、よく見ればそれは砕かれた人骨であった。遠くに赤く輝く、川のようなものが見える。空気がゆらりと揺らいでいるところを見ると、あれは溶岩のようであろうか。ここは溶岩の河の河原なのだろうか。

 その川の向こう岸はさらに奇妙にして冒涜的な光景が広がっていた。燃える野、そびえる針の山が見え、離れていても多重に聞こえるうめき声が耳に届いた。空を見上げれば、赤黒い雲が広がり、時々稲光が光っている。

 最も奇妙な点として、10丈はあろうかという大男が虚空に浮かび、堅く瞳を閉じ、静かにザゼンを組んでいるのである。その全身は赤黒い炎に包まれ、まるで何かに責めさいなまれているようであった。

「これはまるで……地獄ではないか」

「あたりだぜこの発狂野郎!うおおおーーーぶっ殺してやんぜぇええええ!!!」

 突如響き渡るサンシタ・ボイスに対し発狂頭巾が振り向くと、ボロボロのファンク宇宙服を着たデスマッド無法松が棍棒を片手に、こちらに向かって突進してくるではないか。キャプテン発狂頭巾は迷わず構え、そしてデスマッド無法松の粉砕ミンチ棘棍棒を紙一重でかわすと同時に480度カウンター右コークスクリューを鼻っ柱に叩き込んでやった。

「ざぐれろぇ!」

 鼻の骨を折り、松に髑髏をモチーフにした鼻ピアスをへしゃげさせ、奇妙な声を出しながら吹っ飛び、細かい骨片で埋められた床に頭から突っ込んでいった。

「なぜ貴様がいる。貴様は《入れ替わりの単艦決闘》で殺したはずだが」

 デスマッド無法松はモガモガと言いながら地面から頭を掘り起こし、怪訝な顔のキャプテン発狂頭巾に答えた。

「はっ、まだわかんねえのか。こここそ、狂人が死後冥罰に苛まれるという発狂地獄なんだよ!」

「なんだと……その割にはお前は罰を受けておらぬようだが……」

「わーかってねえな。しょうがねえ、知らねえ顔じゃねえから、特・別・に、発狂地獄のルールを教えてやるよ!感謝しやがアバーッ!!!」

 特に理由なくデスマッド無法松の頬にキャプテン発狂頭巾の強烈な左コークスクリューが入った後に、彼が説明するには、ここは「健常人とは異なる死後の世界であり、狂人が死後に冥罰を受ける発狂地獄」であるが、その地獄は溶岩三途川の向こう岸に渡ってからであり、渡るかどうかは任意だという。渡ることを希望するのであれば、溶岩のほとりの『受付』と書かれたカウンターに必要事項を書いて提出し、虎柄ビキニの鬼娘たちに服をはぎ取られ、溶岩船に乗せられて向こう岸に送られる。

 無論、永遠に渡らないという事も許されるのだ。当然渡る者は誰もおらず、ほとんどの狂人は狂人賽の河原で意味なく過ごしたり、石塔を築いては別の狂人に潰されたりなど無為に過ごしている。

 発狂地獄は全て「発狂閻魔」なる者が支配しているというが、発狂閻魔がお裁きをしているどころかその姿を見たことすら無いという。空中で座禅をしている謎の大男については誰もわからないらしい。

「ふむ、なるほど。そういう事であったか。礼を言うぞ、デスマッド無法松」

「へ、へへっ、いいってことよアバーッ!!!」

 キャプテン発狂頭巾はデスマッド無法松のテンプルに張り手チョップを喰らわせながら、ふと考えた。そうか、自分は死んだのか。死んだのならば仕方がない。さて、これからどうするか。思えばただただ一陣の風の如く、駆け抜けてきた狂人生だった。この場でのんびり昼寝でもするもよし、あの溶岩三途川を渡って責め苦の中で溶けた銅風呂と洒落込むのもよし。

そう考えていた頃だった。

『旦那、しっかり。しっかりしてくだせえでヤンス!』

『起きるゆ!戻ってくるゆ!』

 どこかから懐かしい声が聞こえる。ああ、そうだった。銀河の果てで、戦い狂っていたと思い出した。

 その瞬間、キャプテン発狂頭巾の瞳がカッと見開き、青白い光を放ちだした。

「こうしてはおれぬ。カァー!!!」

 そう思い立った発狂頭巾は、地面を蹴り、空中にジャンプを試みる。その脚力は驚異的なものであり、3丈(約10m弱)もの高さを跳躍した。あの、虚空で座禅を組む大男に向かって。

 だが、全く高さが足りぬ。大男は、およそ1町(約110m)の高度に浮いている。足りぬ。そしてキャプテン発狂頭巾は地面に落ちる。

「なーにやってんだお前グワーッ!」

「俺は、帰らねばならぬ」

 その動作に疑問を抱いたデスマッド無法松の鳩尾に強烈な掌底を叩き込みながら、力強い声でキャプテン発狂頭巾は答えた。

「無理だって。そもそもあの大男目指すのはいいけど、あいつが出口かどうかわからねえじゃねえグワーッ!」

「それでも、俺はやらねばならぬ」

 もう一度、虚空に向かって、大男に向かって、発狂頭巾が飛翔する。今度は5丈の高さまで加速を続けたが、やがて失速し、地に落ち始めた。やはりとどかぬ。

 もう一度、再び天に向かう。さっきよりも3寸ほど高く跳べた。だが、落ちる。

 もう一度、発狂頭巾は全力で空へ跳ねる。だが、届かぬ。届かぬのだ。

『苦しいならやめるがよいぞ』

 落ちながらブラックホールみたいに深く怖くて魅力的な甘い吉貝発狂斎の幻聴(こえ)が聞こえた。

「なんでもないわ!」

 キャプテン発狂頭巾は虚空に叫んだ。父、発狂斎の口癖を真似て、キャプテン発狂頭巾はただ叫ぶ。

 足は、僅かに違う感触のものに着地する。それは足元に立つデスマッド無法松の肩であった。

「何をしている?」

「狂人の気まぐれよ」

 デスマッド無法松の肩からならば、デスマッド無法松の身長だけ、跳躍は有利になる。

「恩に着る、デスマッド無法松」

「俺が勝手にやってることだ。『提督』に礼を言われる筋合いはねえ!」

再び、キャプテン発狂頭巾は空へ駆ける。だが当然のことながら、まだ届かぬ。着地すると、そこは先ほどよりも少し高い足場であった。

「お、お前は!?」

「核の力を舐めるなよ、デスマッドの野郎だけにいいツラはさせねえ!」

 そこには全身に無数の爆薬(☢マーク付き)を括り付けている見知った怪人がいた。

「アーイイ、スゴクイイ……ハルカニイイ……モット……アカチャン……」

 そこにはタオルケット地のボディースーツ(大事な部分だけ隠れていない)を着たスキンヘッドの豊満な身体を持つ、見知った女戦士がいた。

 それは先の艦隊戦で戦死した発狂艦隊のキルニューク核爆竹(かくばくちく)とヘルファック張々梅(ぱりぱりうめ)であった。デスマッド無法松と三人で、組体操のように組み合わさって足場になろうとしていた。

 それだけではない。発狂頭巾の狂気と三人の狂人亡者の酔狂に当てられたのか、発狂辺獄ともいえるこの場所でただ無為に過ごしていた狂人達が続々と集まって、次々に組み合わさっていく。それは狂気が生んだ『逆・蜘蛛の糸』、虚空へと延びる狂人金字塔(ピラミッド)であった!

「おぬし達の狂気、決して無駄にはせぬ……この吉貝狂之介、決して忘れぬ!!!」

 ついに虚空の半分まで積み上がった高さから、キャプテン発狂頭巾は宙に飛ぶ!不思議な事に、狂人達の気まぐれな協力を受けてから、発狂頭巾の跳躍力は二次関数的に上昇していた。ぐんぐんと空を貫き、天を穿つ狂気の槍となって、地獄の空を飛んだ。

(……あとわずか……ここでいける!!!)

 丁度、あのザゼンをする大男の高さが飛ぶ限界であった。コヤツを斬って、俺はあの銀河に戻る!やらねばならぬことがある。待ってる奴があそこにはいる。

 あの大男を介してどうやって元の宇宙に戻るのか。構うものか。ならば一撃にて押し通るのみ。

 腰に差物であるブラックホール潮汐力鍛造刀は無い。構うものか。ならばこの発狂手刀にて一閃つかまつるのみ。

 果たして手刀でこの大男を裂くことができるのか。大男の反撃が来るのではないか。構うものか。例え刃潰える蟷螂の鎌とて狂気の一撃を喰らわせるのみ。

 空中で狂人18条拳法を構え、キャプテン発狂頭巾は心中に読む者すらいない辞世のポエムを詠み、手刀を大男の脇腹めがけて仕掛ける。

 い ざ ま い る

 後 は 野 と な れ 山 と な れ

 狂 気 の 先 に 儂 は 征 く の み

 その瞬間、キャプテン発狂頭巾は空中でピタリと止まった。動きもせねば、落下もせぬ。遠くに揺らぐ溶岩三途川の怒涛も、彼岸の揺らぎも、狂人達の声も聞こえぬ。まるで自分以外の時間が完全に止まったかのようであった。

 ぐらり、と周囲が振動し、悟る。それは大いなる怒りと悲しみを携えた狂気の目覚めだと。目の前の大男はゆっくり瞳を開き、眼光を発光させ、右手だけをゆるりを目の前に突き出し、堅く握った。

 しかし今にも襲い掛かりそうなキャプテン発狂頭巾を叩き落とすでもなく、語りかけた。

『我、発狂地獄を統べるべく命を受けた罪人にして管理者であり裁くもの、発狂閻魔(はっきょうえんま)なり!』

 発狂閻魔の声は、恐ろしく、しかし深い悲しみを感じさ、穏やかさと激しさを持つ不思議な声であった。

『遠き世の狂人よ。答えよ、死の先にある発狂地獄こそ狂人の安寧である。しかるに、なぜ貴様は悲しみ多き世に戻る。なぜ貴様は滅びしか待たぬ地へ戻る』

 しかしキャプテン発狂頭巾は怖気ず、狂気を滾らせたまま、静かに答える。

「知れたこと。俺が斬らねばならぬ悪(やつ)がいる。俺が守護(まも)らねばならぬ民(やつ)がいる。俺を待っている朋(やつ)がいる。それだけのことよ」

 じっと、キャプテン発狂頭巾の胡乱な眼光が発狂閻魔を捉える。発狂閻魔のいかつい眼光がキャプテン発狂頭巾を捉える。

『問おう。お前にとって狂気とはなんぞや?』

「自由なるものにして、健常人には開けぬ明日を切り開くもの也!」

 しばしの静寂があった。どれだけの時間がながれたかとんとわからぬ。。静寂の堰を切ったのは、発狂閻魔であった。

『この狂人め。だが、今のお前の独りよがりの狂気を帯びた手刀では我は斬れぬ』

「なにぃ?!」

『狂気を信じよ。狂気と共にあれ。狂気とひとつになれ。狂気は我らと共に』

 その瞬間、キャプテン発狂頭巾の右手、今にも手刀を繰り出そうとしていた掌が淡く光り輝き始めた。

『まだだ。おのれの狂気だけではその程度。皆の狂気を背負え』

「ぬおおおおお!!!!!」

 見ればキャプテン発狂頭巾のまわりに、光の球体が浮かんでいる。それらは、遙か下、逆・蜘蛛の糸の下にいる狂人亡者たちから発狂頭巾の掌に集まってくる。それは熱く、激しい『力』だった。『理の力』を捻じ曲げる『狂の力』そのものだった。

 やがてそれは少しづつ、剣のように形成されていった。キャプテン発狂頭巾は迷わずそれを掴む!瞬時にその光は、ライトなセーバー状に狂気そのものを刃にした刀となった。

『それこそ、新たなる力。狂気に踊らされるでも制するでもなく、狂気と共に生きる者だけが持つ真の狂気よ』

「これが狂気……発狂閻魔、貴公はいったい……」

 その質問に発狂閻魔は答えなかった。代わりに、周囲の時がゆっくり動き始めた。

『さあこい、キャプテン発狂頭巾よ』

 タイミングは一度しかない。発狂頭巾は手に入れたばかりの七色の光を放つ狂気刀を振り抜く!

「宇宙も世界も狂うておる。しかし儂こそが最狂なり!」

(カァア~ッ!)いつもの音

「ギョワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 全力の一閃は残像を残して発狂閻魔の腹を斬り裂き、その刀疵の向こうには宇宙が広がっていた。そのまま、勢いで空間に飛び込むと、徐々にキャプテン発狂頭巾の意識は遠ざかっていった。

『見事也、キャプテン発狂頭巾!』

「発狂閻魔、見事な狂気指導、痛み入る。さぞかし名のある狂人とお見受けした」

 カラカラと、豪快な笑い声が脳内に響く。

『ただの狂人よ。遠い昔、かつて自由に野山を駆け、自由を求めるために帝に狂気の刃を向け、そして狂気の果てに討たれ、死後に冥罰として狂人地獄の管理を命じられた、ただの狂人よ』

「なっ……狂人閻魔……貴公は……まさか伝説の狂人マサカド公……っ!!」

『カカカ、いずれまた会おう。キャプテン発狂頭巾、吉貝狂之進交吉よ!狂気の導きのあらんことを!!!』

 カラカラという笑い声と共に、驚愕したキャプテン発狂頭巾の意識はまたもや薄れていった。

 バンブーエルフ砦ではキャプテン発狂頭巾が暗黒狂気の底に飲まれて、僅かな刻が経っていた。

 黒騎士の面が外れ刀を構える吉貝発狂斎とミスリル製ポテトマッシャーを構えたポテサラエルフの童女が対峙している。

「舐めるなゆ!せめて一太刀、マッシュしてやるゆ!」

「愚かな……しかしその勇敢さは見事。せめて苦しまず安らかに殺し……なに?!」

 何かの気配に気が付いた発狂斎は背後を振り向くと、いつのまにか暗黒狂気の球体に白いひびが無数に入っている。

「そうか、戻ってきたか!!!わしを楽しませてくれるのう、せがれよ!」

 パリィィィィィン!!!!と暗黒狂気球体が割れ、中から狂気刀を滾らせたキャプテン発狂頭巾が飛び出してきた。

「キャプテン発狂頭巾?!生きてたのかゆ?!心配させやがってゆ!ハムにすゆぞ!」

 バンブーエルフの少女は驚愕の声を出す。

「ああ、発狂地獄の果てより舞い戻った。儂の狂気は地獄でもちと手に余るとみえる」

 そして静かに発狂斎に向けて、七色に輝くゲーミング狂気刀を向けた。

「発狂斎、貴様の悪しき狂気も今日この時までと心得よ!」

「小賢しい。狂気刀程度が貴様の専売特許と思わぬことだ」

 発狂斎は刀を投げ捨て、赤黒い狂気の電撃を掌に発生させると、こぶしを握り、こちらも赤と黒に輝く禍々しい狂気刀を発生させた。

「参るぞ、狂之進……いや、キャプテン発狂頭巾!狂うておるのは……」

(発狂斎にカメラアップ)

「父上……いや、発狂斎!ここで貴様の狂気を砕く!狂うておるのは……」

(キャプテン発狂頭巾にカメラアップ)

「「貴様か、儂か!!!!!」」

(例の音)

 キャプテン発狂頭巾の凄まじい一撃が、発狂斎の恐るべき剣戟が、激突する!

バチィィィィィ!!!!!

 激しいスパークが発生し、周囲にとてつもない衝撃が放出される。ポテサラエルフの少女は竹にしがみついて飛ばされないように、それでも目を背けないように二人の決着を見守っていた。

 一進一退。だが、突如、発狂斎の狂気剣が禍々しい輝きを増し、刃が鋭さを増す!このままでは惜し負けることは必至、ジリー・プアー(徐々に不利)だ。勝利を確信した発狂斎は、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

「首を貰ったぞキャプテン発狂頭巾。まだまだ狂気が甘」

「ギョエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 刹那の瞬間、キャプテン発狂頭巾は鍔迫り合いをしていた狂気剣を『外した』。当然のことながら発狂斎の狂気剣は首を切断する。だが同時に、キャプテン発狂頭巾の狂気剣も発狂斎の胴体を深々と斬り裂いた。

「グワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

 首だけになったキャプテン発狂頭巾はニヤリと笑い、発狂斎は一瞬驚き、二~三歩ほど後ろずさるものの、完全に斬れた首と深手とはいえまだ生きている自身の身体を見て、再び叫んだ。

「見事也。だが、この勝負、貰ったぞ!」

 宙に浮かぶ首に向かって発狂斎は勝利を宣言するが、その宣言にこたえる者がいた。宙に浮かぶ発狂頭巾の首である。

「発狂斎、それはどうかな。首を断たせて、肉を切るというコトワザを知らぬのか?」

 おおみよ。キャプテン発狂頭巾の首は悠々と宙に浮き、生き生きとしゃべる。これぞ狂人殺法秘奥中の秘奥、発狂マサカド様飛び首の術である。

 かつて帝の軍勢に敗死したのち、京の都に首を晒されてもその首だけ関東に飛んでかえったというマサカド様伝説の一つであり、マサカド様以外には誰も使えなかった狂人の技である。これは怪力乱神の御業に非ず。狂人としての極致に至り、「自分の首が切れているが、本当は首がまだ繋がってる」と思い込むことによってのみ繰り出せるという現実の否定に他ならない。狂力学的にも飛躍した論理を実行する……すなわち狂人地獄より戻ったキャプテン発狂頭巾は『狂力学第ニ法則の否定』を成し遂げたのであった。

 すかさず元の胴体に首が戻ったキャプテン発狂頭巾は、今度こそ裂帛の狂気と共に、狂気刀をもう一度、発狂斎にめがけて振り下ろした。縦方向に一刀両断である。

「ギョエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

「グワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

 長く続いた戦いはここに終わった。キャプテン発狂頭巾は静かに残心を取り、背後に振り返った。幾ばくかの父の思い出が、狂人の心にもあったのだ。

「さらば、父上。いずれ狂人地獄にて」

「ムッハハハハ、面白かった。面白かったぞキャプテン発狂頭巾!!!想像よりは楽しめたわい!!!だが、今日はもう興が覚めた!!!命拾いしたな!!!」

 両断された発狂斎は笑っていた。そう、発狂斎も発狂マサカド様飛び首の術を応用し、胴体の切断を無かったことにしていたのだ。しかし、もはや狂気剣を構えることなく、静かにその身体は崩壊していった。

「なるほど。発狂斎もこの惑星に、分身体を投射していたというわけか」

「今頃気が付いたか、戯け。わしの本体は銀河の中心は死狂星、銀河大狂帝国で狂人の軍団80億と共に待っておる。決着はそこでつけてやろう!!!ムッハハハハハ………」

「狂人の軍団80億……大狂帝国……いずれ全て斬り捨ててやろう。首を洗って待っておけ」

 長い長い戦いが終わった。ふと気が付けば、夕暮れの陽ざしがバンブーエルフ砦を茜色に染めていた。心地よい森の香りを含んだ夕風が血と狂気の匂いを流し、刹那の清涼を感じさせた。戦いが終わったとみて、ようやくポテサラエルフがぺたぺたと駆け寄ってくる。

 それでもキャプテン発狂頭巾は、惑星エルヘイムの夕日が沈むまで、塵となって消えた発狂斎を睨みんでいた。

10

惑星エルヘイム上空、発狂長屋七世号の艦橋。

『へえ、そんな事があったんでヤンスね。それにマサカド様にお会いするとは……俄かには信じがたいでヤンス。それより、身体は大丈夫でヤンスか?分身体とはいえ、傷(ダメージ)を受ければ、90%以上、本体にもフィードバックするんでヤンスよ。気を付けて欲しいでヤンス。全く、治療するこっちの身にもなって欲しいでヤンス!』

「HAT-CHIよ。そう怒るでない」

キャプテン発狂頭巾はいつものようにHAT-CHIに説教を受けていたが、知らぬ顔だ。

「それにしても、連中は大丈夫そうか」

『大丈夫そうでヤンスね。まあなんとかなるでヤンス』

艦橋の先には、巨大な樹と竹林を含む森が浮かんでいる。エルフ達の中からも、有志で発狂艦隊への参加を望むものがいたのだ。宇宙船は無かったが、世界樹と森にエルフ言語魔法をかけたら何とか恒星間航行が出来る水準に仕上がったという。勿論、バンブースピアで武装した屈強なバンブーエルフの生き残り達も陸戦隊として載っている。あのポテサラエルフもだ。

「心強い味方が出来た。さて、銀河大狂帝国をこのままのさばらせておく訳にはいかぬ。準備は出来ておるか?」

『勿論でヤンス。大岡シリウス守さまの許可もいただいたでヤンス!』

「うむ、では銀河の中心に向けて、出発としよう。待っておれ、発狂斎!」

『了解でヤンス!』

 キャプテン発狂頭巾と発狂艦隊の戦いはまだまだ続く……

※映画村のアトラクション「スター発狂頭巾ウォーズ」はリーマンショックの余波によって資金難になったことから廃止されました。