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ドラマティック

高校に入学して1週間、僕は入る部活を迷っていた。中学ではソフトテニスをやっていたが、高校がやや自宅から遠いこともあり朝練のある部活は選べないと判断。もとより、経験したことのあるコンテンツよりは、一切知らない世界に飛び込んで、趣味を増やしたかった。そこで僕は適当なクラスメイト(と言えどこの時点では席が近い程度の仲でしかない)数人の部活見学に同席して様々な部活を見て回ろうと思い立つ。その手始めに訪れたのが演劇部である。

そこで体験入部のメニューだったエチュード、すなわち即興劇が楽しくて仕方無かった。息をするように嘘をつく僕にとって、劇という後ろめたさの無い嘘は新鮮だったのだ。これだ、と思った。喋ることが好きで嘘が得意(当時の自己評価)な僕に、演劇はうってつけだろう。ほとばしった衝動のままに、他の部活を見に行く計画など頭から蹴り飛ばし、僕は入部届に演劇部と書き殴った。

さてこの当時、先輩方は2世代併せて男子4名に女子7名、部長・副部長・2年リーダーの3役職は女子で埋まっていた。一緒に向かったクラスメイトは、女子優勢な演劇部の雰囲気は厳しい、と言って早々に他の部活を見に行ったものだから、てっきり僕だけが新入部員かと思っていた。

しかしもう一人、既に入部届を出した同級生が居たのである。ストイックでクール、後に副部長を務めたアオ(仮名)だ。この時はただ興味を惹かれただけの初心者だったという。

共に演劇初心者である僕とアオが入部を決めたことで、他の同級生にとっては大きく入部のハードルが下がったようで、最終的には僕の代は6月上旬までに男子7名と女子2名が入部した。

5月の始め頃に入部したミズホ(仮名)は明るく器量が良かった。ときにちょっと抜けた所を見せて場を和やかにするような賢さとユーモアを持ち合わせていて、ボケもツッコミもこなす。

僕は比較的遅めの入部にも関わらず、先輩と良好な関係を築くミズホを好ましく思っていた。人間関係の立ち回りが上手いというのは、それだけで学生にとっては強力な武器だと知っていたからである。

一方で、僕の後を追うようにして入部してきたクラスメイトには正直ウンザリとした。コイツらは他に見た部活に女子が全く居なかったからと、言ってしまえば下心で来やがったのである。そもそも女子とろくに喋れないからと他の部活を見に行った割に、やっぱり男子だけの部は悲しいだとか抜かし、演劇自体にはさしたる興味も無いのに入部を決めたというしょうもなさである。

案の定、基礎練習すらマトモにこなせず、先輩との会話もままならない。結果としてクラスメイトの意見は僕が取りまとめ先輩に伝えるし、先輩からの指示は僕がかいつまんで伝えるという体たらくに成り下がった。いちいち僕を介在させればなんだかんだやっていける、と学ばれたことにも腹が立った。

7月の半ばのある日、そのうちの1人に、アオとミズホならどっちが好みかと訊かれた。お前はどっちともロクに喋りもしないのにそれを訊いてどうするんだ。苛立ちも隠せず、なんでそんなことを訊くのかと逆に問うたら、驚いたことに彼はミズホよりはアオかなー、等とふざけた事を言った。もしその場に法律が無ければ、僕は彼を迷い無く殴り飛ばしただろう。

お前よりよほど真面目に真摯に丁寧に演劇に向き合っている2人だと。僕も2人に恥じない努力をこの部活に注ぎたいと思っていると。拳に込められない怒りをそんな風になんとか言葉にして、彼の心をへし折ってやろうと必死になった。こんな奴があの子たちと結ばれて良いハズが無い。お前があの子たちの横に並んで良い訳が無い。本気でそう感じた。

僕はもう取り返しのつかない感情を生み、持ってしまっていたのだ。ひょんなことから入った演劇部で、僕はここから2年もの間、この病んだ愛を拗らせ続けることになる。

気が向いたら続きを書くのかもしれない。

以上。2023年9月20日、23時11分。

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