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小説 続ける女〜session1


「ロイヤルミルクティーでございます。」



麹町の中津川邸の応接室に芳醇や紅茶の香りが流れた。




年始の慌ただしさが過ぎ、ようやくいつもの静けさが中津川邸に戻ってきた週末のことだった。




中津川家の執事のオバラは、ご自慢のロイヤルミルクティーを差し出しながら慎重に来客を盗み見る。




年齢は若いが、濃紺のブランドスーツをきちんと着こなし、短髪を奇麗に七三にわけ誠実そうな男性がひとり。




いかにも育ちの良さそうな青年だ。




幾分、頬がこけて顔色が悪いのが気になるが、一重の細い切れ長の目、鼻梁はすっきり通り、瓜実顔、目をひく派手さはないものの美男の範疇に充分入るだろう。



特筆すべきはその礼儀の正しさであり、他人に厳しいオバラの目を通してもなかなかの好青年である。




「ふーん。財務省ねぇ。。エリートなんだ。」


特徴的な甲高い声。

来客の礼儀正しさとは真逆の無遠慮で横暴な態度。



長い足を組み、豪華な革張りのソファに身を埋めるように座っている若い女。


この広大な屋敷の主である中津川家のひとり娘である、



中津川玲子。



歳は23歳。


ショートカットの金髪。

驚くほど小さい顔に長い睫毛に濡れたような黒い瞳。
肉感的な唇からのぞく艶やかな白い歯。

小柄だが抜群のプロポーションをシックなシャネルの黒のワンピースで包んでいる。

長い足が艶かしく組み替えられる。


若い男には刺激的な姿勢だ。





男の差し出した名刺を顔の前で仰ぐようにして眺め、それをポイッと机の上で放り投げた。


おおよそ客に対する態度ではない。




「お嬢様!古川さまのご紹介の方ですよ。失礼ではありませんか。」




思わずオバラは注意した。


まぁ、この手の注意は全く意味を為さないことをオバラは長年の経験で知っているが、一応、たてまえというものがある。




「うるさいわね!アンタは用が済んだらあっちに行きなさい!」



玲子の癇癪が破裂した。



オバラは首をすくめて、ロイヤルミルクティーを運んだ銀の盆を抱えて、そそくさと応接室を後にする。


まったく、どうしたらあんな常識知らずの娘が育つのだろう。


オバラは溜息をつく。



当主である中津川礼央那は政財界に広い顔をもち、人柄も高潔で寛大であり、礼央那を慕う人間は著名人にも多い。


人を地位や名誉や財で差別せず、全ての人に対して平等にふるまう礼央那はオバラにとって尊敬という言葉ではとてもいい尽くせないほどの存在だ。


その礼央那の妻である中津川かおるも、夫と同じく気品溢れ、全ての人を優しく包み込むような菩薩のような女性である。



その完璧な夫婦から、なぜあのような傲慢で荒っぽい娘が生まれるのか、まことに不思議である。



そのルックスは両親の血を受け継ぎ、いや、それ以上の気品と美しさに満ちあふれているが、性格、人間性においてはまさに対極といっていいほどの乱暴さだ。優しさとか慈愛とか謙虚とか、そんなものは中津川玲子には皆無である。






生まれもっての「わがまま」。






それが中津川玲子なのである。





それもこれも、政府の非公式の外交顧問として世界中を夫婦で飛び回る礼央那、かおる夫妻が、玲子の教育を他人任せにしたからだと思っている。



そしてその教育の一端を執事であるオバラも担っており、その点の自省の気持ちも常にあるのだが。。




玲子はもはやオバラの手に負えるような娘ではなくなっていた。



むしろ、オバラにとって今や「天敵」ともいえる存在である。



玲子の無鉄砲な行動と無配慮な言動で何度もオバラは寿命の縮む思いをしている。


現在、当主である礼央那と妻のかおるは中東に仕事に出かけており、留守中の責任は全て執事であるオバラにある。オバラにとっては、できるだけ玲子におとなしくしてもらわないとその全責任を自分が負わなければならないのだ。




まったくもって。。

危険極まりない日々なのである。




玲子を訪ねてくる訪問客にオバラが神経を尖らすのもそのような背景があった。




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