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小説 魔界綺談 安成慚愧〜九十一


「わしが隆房に殺されることは運命であったのかもしれぬ・・。」


義隆は呟いた。


炎が一段と強くなっていた。


義隆の額から汗が流れ落ちる。


右手には脇差しが握られていた。その脇差しは弟、弘興を殺めたものであった。弟と父を殺した義隆には頼りになる肉親はいない。地上で自分の力になる者を全て消してしまったのは義隆自身である。


もはや義隆がすがるものは陶興房と元服し名を隆房と改めた五郎以外いなかった。


ただ。


家中一の実力者となった興房は義隆の器量に惚れ込んだ。義隆は胸中の葛藤を隠し堂々と大内家の当主として振る舞った。剛毅でいて聡明。義隆の父、義興が認めた将としての器が日に日に増していくようであった。


興房は義隆によく仕えた。


興房の補佐の元、義隆は中国の覇王への道を歩んでいく。五郎、いや隆房もまたその将としての才能を遺憾なく発揮した。隆房の勇猛さは近隣諸国に響き渡り、隆房の旗印を見ただけで降伏する敵も少なくなかった。


大内家は「領土拡大」という目的のために一丸となった。


当主の義隆は若く、老練な陶興房が補佐につき、その配下には冷泉興豊のような忠義厚い男が控え、侍大将には若い陶隆房、冷泉隆豊という義隆直属の若い力が育つ。まさに理想の軍団が形成された。


この間。


義隆と興房は強い絆で結ばれた。


義隆は父殺し、興房は主殺し。


共通の業を持っていたこともあるが、それよりも「野望」という目的がふたりをつなげていたといえよう。


興房の息子隆房も、義隆の寵童ではなく立派な武将として育った。興房にとって「自分の正義」が認められた瞬間であったともいえよう。


そういう幸福感の中、興房は死んだ。


幸福・・なはずであった・・


享年65歳であった。




死の床についた興房は、見舞いに来た義隆に不思議な話をした。


隆房をはじめ、側の者を全て下げ、義隆とふたりきりになった興房は死の影が出ている頬を歪め義隆にこう言った。


「・・・殿・・死に際してひとこと申し上げておきまする・・大殿を手にかけたこと・・この興房一生の重荷でござった・・あの時はああするより仕方がなかった・・・しかし・・それは我が肩にのしかかり、夜な夜な大殿が我が枕元に立ち・・それは地獄でござった・・死に際した今・・大殿への責めはすべてわしが受けましょう・・殿には京の都に大内の旗を樹てるそのことのみをお考え遊ばせ・・」


興房は痩せ衰えた手で義隆の手を握った。


その弱々しい力を義隆はどう捉えていいかわからずいたずらに目を瞬かせた。


興房はぜぇぜぇと息を吐いた。


その瞳は宙に躍り、おそらくもう半分は黄泉に旅立っているのであろう。


「我が息子・・隆房のことでござります・・。」


興房はその言葉とともに義隆の手を握る力をこめた。恐るべき力であった。身体に残る生命力をすべて手のひらに集めたような力であった。


興房にとって隆房は希望そのものであった。


義隆にとっても隆房にとっては腹心中の腹心である。おそらく、隆房の行く末を義隆に託すものであろう。義隆はそう解釈して興房の言葉を待った。


興房の瞳が義隆を捉えた。


その瞳に炎が宿った。


ぞっとするような。


恐怖に満ちた瞳であった。





「・・・隆房は・・鬼でござる・・あの者には血と力しか信じるものはござらぬ・・決して心を許してはなりませぬ・・あの者は鬼でご・・ざる・・血と力のためには・・・親も・・主も・・あやつには・・大殿の件は・・このわしも・・また・・お側には・・冷泉・・隆豊を置きなされ・・隆房を信用しては・・なりませぬ・・。」





あまりに意外な言葉に義隆はどう反応していいかもわからずただただ息を呑んだ。


いや。


言葉の意味が理解できなかったといえよう。


隆房が鬼・・


次の瞬間。


興房は声にならぬ声をあげた。


そして。


寝具を跳ね上げ立ち上がった。


「大殿!・・・お許しくださいませ!!こ・・この・・興房もまた・・大殿と同じく我が子に・・大殿・・・おおお・・と・・・の。」


興房が口から夥しく血を吐き、そのまま



どうっと




仰向けに倒れた。




大内義隆を補佐した忠臣陶興房の最期であった。

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