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小説 魔界綺談 安成慚愧〜八十九


義興は弘興の死に衝撃を受けた。


もちろんその死が弘興の自害などではなく、義隆の手によるものだとも確信した。


義興は義隆に期待していた。それは義隆の資質の中に天下を見据える器があると感じていたからである。器とは勇猛さだけではなく、人臣を統べる寛容さも備わっていることである。義隆には王道を歩んでほしい。それが父としての義興の願いであった。


そしてそのためには弟である弘興の力も不可欠である。弘興の穏やかで優しい資質は大将としては物足りなくても兄を支える副将としては最適であった。


義興は兄弟が共に力を合わせて大内家を繁栄させ、その力を天下に向ける。そういう夢を持っていた。


だからこそ兄には義興の義の一字を弟には義興の興の一字を与えたのである。


肉親同士が殺しあう血塗られた大内家の宿命を義隆、弘興のふたりの息子に託そうとしたのである。


しかし、その夢は無残にも破られた。こともあろうに、兄が弟に手をかける。義興の前に大内家の宿命が立ちはだかったのだ。義興の衝撃と落胆、そして怒りは想像を絶するものであった。


義興は、自身も壮絶な家督争いを乗り越えてきた男である。すぐに義隆の背後に陶興房がいることを確信した。興房は義興にとっても有能で忠実な家臣である。家中でもその信頼は厚い。息子の五郎は義隆が唯一心を許す小姓でもある。


このままいけば大内家の中での陶一族の存在は過大なものになるであろう。


義興は、将来の禍根を断つため、興房の誅殺を決意した。


その役目を命じられたのが、冷泉隆豊の父である冷泉興豊である。興豊は、義興の命に反対した。陶興房は家中でも抜群の軍功がある。その興房を失うことは、大内家の損失であり、下手をすれば陶一族全体が大内家を裏切るかもしれぬ。それは尼子、毛利といった敵を喜ばすだけでなんの得にもならない。そしてなんといっても興豊と興房は親友でもあった。


義に厚いのが冷泉家の特長であろう。それは父興房から息子隆豊に受け継がれることになる。


とにもかくにも、興豊の必死の説得で、義興は興房誅殺を思いとどまった。


ところが。


そのことが陶興房自身に伝わってしまったのである。誰が興房に伝えたのか。


それはわからぬ。


興房は行動した。


それは主君義興を葬ることである。



続く

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