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小説 人蟲・新説四谷怪談〜四


雪が降っていた。



江戸の町に雪が降るのはいつぶりであろうか。




雪は夜の闇を薄っすらと白く照らしていた。




夜半から降り出した雪は瞬く間に一面を白く染め上げていく。





その白い大地に転々と続く赤い点。





田宮伊右衛門は、右手に血の滴る大刀を下げていた。




その大刀の切っ先から落ちる真っ赤な血の雫が白い地面を彩っていく。




伊右衛門の大刀はふたりの人間の血を吸っていた。



吉良家家臣伊東忠兵衛と、その妹お梅。



伊右衛門が斬り殺した二人の名である。



「岩…。まもなく参る。」

伊右衛門は呟いた。



長身で痩せた身体を前に屈めるように雪道を歩いていく。




彫りの深い顔立ちと色素の薄い茶色の瞳。




眉間に刻まれた皺が伊右衛門の苦悩を物語っていた。








雪と夜の闇。








白と黒の相反した世界は、その矛盾そのままに田宮伊右衛門の背中を包み込んでいた。





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